14.影山純太の焦り
影山はトイレの個室に籠もり、昼食も食べずにツイツイターをいじる。電気を消した薄暗いトイレからは、液晶画面で照らされた影山の顔がホラー映画さながらの不気味さを醸しだしていた。
いち早く訂正しようと躍起になる影山だが、そんな行為は絶対にシュウは許さない。己の野望の為に一人でも多く可愛い子が来てほしい、そんな浅はかな思いがあった。
影山は誤解を訂正してほしいとメールを送信したが、シュウは素っ気ない返事をする。
「放置で大丈夫。キミのファンが勝手に誤解してるだけでしょ?」
そんな内容に苛立ちを隠せない影山。色々して貰っている手前、反論が出来ない。今後グッズ販売をし、コニコニ動画のことを詳しく伝授してもらうことを考えると仲違いは避けたい。
自ら否定し、喚起ツイートしようとしたが既に遅し。真っ先にシュウが一手を打つツイートをしていた。
「オフ会のゲストはシークレットなので、相手に迷惑をかけるのはやめてください」
シークレット、その発言のせいで何度否定しようが全て水の泡だ。思わず唇を噛みしめる影山。怒りがふつふつと込みあげる。
そのころオフ会に行くと勘違いさせた張本人のシュウは、影山のメールに楽しそうに反応していた。
「先手必勝しないとな? 太陽くんが参加しないとバレたら減るからね」
そんな様子を苦々しく見つめるケント。
「実際、申し込みは増えてるのか?」
「上々かな? かなり多いってわけじゃないけど、新規の子は確実に増えてる」
「まさか未成年はいないよな?」
「成人済みを装った、あやしい奴ならいるな」
シュウはノートパソコンから申し込みフォーム一覧を見せる。そこにはニックネームと参加の意気込みと書かれた内容にこう記されていた。
ニックネーム 美園花恋
参加の意気込み
こんにちは。私は太陽くんが大好きな成人済みの女性です。
みなさんとお会いして楽しい時間を過ごしたいです。
テーブルに置かれたノートパソコンを二人で覗き込む。
「きっとオフ会に参加するの初めてなんだろうな? オフ会で本名を書く人は少ない。初心者かアホかのどちらかだ」
そんな言葉に反応するケント。
「成人済みかも知れないだろ?」
「バカだなぁ、成人した女性がわざわざ成人済みと最初に書くわけないだろ? こんな自己顕示欲丸出しの文章、お花畑の学生しかいねぇーよ」
「勿論、外すんだろ?」
恐る恐る尋ねるケント。
シュウは馬鹿にしたように喉を鳴らす。
「くくくっ、外すわけねぇだろ? もし繋がりがバレても、成人済みと偽ったこの女の方に批判が殺到するんだせ? こんなオイシイ話はねぇわ」
「正気か? 学生ってだけでも論外なのに流石にやべぇぞ」
「大丈夫だ。流石に青臭い年齢なら手だしはしない」
にやけた口元を隠すように人差し指と親指を上唇につけ、早く顔をみたいと言わんばかりの表情をする。
未成年は保護者同行と記述し、事前に成人済みかを確認してからオフ会参加を促している。もし、関係が流出しても世間の目は彼女に向かう。悪いのは成人済みと偽った彼女、そんな筋書きだ。
あまりの気色悪さにケントは口元が引きつる。
「お、おい。マジでやめろよ? 俺が言える立場じゃないけどさ……」
シュウに雇われている手前、あまり強く伝えることができない。
「ホントつまんない男になったな? 女って処女ほど唆るのに」
「頭大丈夫か? 病院行け」
「今更遅い」
シュウは淡々と返すと、ケントは思いついたように笑顔で言った。
「シュウは容姿がいいから高みを目指せ。お前は有名だし、芸能人やモデルもイケるだろ?」
シュウの容姿は、イケメンと持て囃されている有名芸能人にすら劣らないほど洗練されていた。
180cm超えの身長、女性すら羨む小顔、卵のように美しい輪郭、シュっとした鼻筋、そして手入れされた眉と髪。美容関連に強いので、素肌は生まれたての赤ちゃんのようにツルすべ肌だ。
ケントはシュウを絶賛すれば、何故か本人は不満そうに口を尖らせる。
「確かにイケメンで優男な俺だけど、あいにく芸能人やモデルに興味ないんだよなぁ」
元カノと色々あったシュウは、心の奥底に女性に対するコンプレックスがあった。プライドが高く、真っ直ぐと意見をぶつけそうな女性は何となく苦手だった。処女に拘る理由は他の男と経験がないので、勝手に自分の全てを受け入れてくれると勘違いしてることが大きな理由だった。だが、本人は無自覚だ。
シュウは面白おかしく言葉を放つ。
「俺より若くて可愛い女なら誰でもいい」
ケントはあまりにも馬鹿げた発言にドン引きする。口角は下がり、眉間に皺がよる。
昔は気さくでカリスマ性がある姿に惹かれてついてきた。シュウは誰にでも優しくて思い遣りがある偉人のような存在だったが、今は猿にも勝る精力の持ち主になってしまった。寧ろ猿より、シュウのようにの方が通用する世の中が訪れるかも知れない。
ケントは言う。
「お前の顔がブサイクだったらな……」
そうすれば今のような乱れた生活にならなかったのに。ケントはそんな言葉を吐き捨て、ため息をつく。
そんな発言にシュウは面白おかしく食いつく。
「えっ、俺がモテるの辛い?」
したり顔で少しずつケントの顔に近づくシュウ。ケントはそんなシュウを叩き、あしらう。
「腐女子サービスはもういい。昔はよく生配信でアピールしてたよな?」
「そうそう。凄え腐女子が喜ぶの。あの何とも言えない盛り上がりは楽しかったなぁ」
しみじみと当時を振り返る。
配信中に意味もなくケントの手を握り「スベスベしてる」と腐女子にアピール。ケントは応えるように「シュウの方が綺麗」と、わざとらしく言い返した。
その後、調子にのりすぎた二人は批判が殺到し、純粋なファンが一斉にチャンネル登録を解除するという騒動があった。
今思えばあの頃が一番楽しかったかもしれない。ケントは小さく息をつく。
「シュウ、ごめん。俺がしっかりしてれば今頃腐女子を釣って楽しめたのに」
「別にいいって。次は太陽くんを犠牲にするから」
急に影山の背筋が寒くなる。思わず個室トイレで周りを見渡す。
影山は否定ツイートをすることを諦め、仕方なく便座から立ち上がる。
教室に戻る気力がない影山は、一階の外通路にある自販機に足を運ぶ。しょぼしょぼしながら自販機に硬貨を入れると、美園花恋のご機嫌そうな歌声が聞こえてくる。周りには誰もいないと思っているのか、恥ずかしげもなく歌う姿。
影山は緑茶のボタンに手を伸ばすと、少しずつ鮮明に聞こえる歌声に衝撃が走る。それは自分が替え歌で投稿したトケルだったからだ。
自販機に来ると察した影山は、素早く自販機の横に隠れる。
「ふふーん、ふふふん」
美園花恋は替え歌を歌いながら、りんごジュースのボタンに手を伸ばす。
影山は息を殺しながら状況を伺う。
「太陽くんに会うの楽しみだなぁ」
ぽつりと呟いた言葉。影山の心臓がどよめく。
ーー美園さんがオフ会に参加する!?
頭が真っ白になる。あまりにも衝撃的な発言に、先ほどの悩みは一瞬で吹っ飛んでしまった。
美園花恋が自販機から離れると、影山は慌てて物陰から出る。
「……やばいことになったぞ」




