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12.影山の葛藤

 影山の学校生活は同じことの繰り返しだ。

 昇降口で友達同士話し合う姿を見ても気にせずに通り抜け、そしてぼっちの影山を気遣ってか必ず挨拶をしてくれる先生。かなり顔を合わせているが、人見知りの影山は軽い会釈とボソボソした声で挨拶をすると会話もせずに素早く教室に向かう。

 教室に着くと、そそくさとロッカーに荷物しまうと席につく。そんな影山を飽きることなく、面白おかしくネタにする女子生徒達。


「影山、昇降口から教室に到着するまで1分45秒だった」

「あーほしい! 新記録ならずっ」


 あはははは、暇を持て余す二人の笑い声が影山の耳に入る。話題に乗っかれば、一瞬でいじられキャラに昇格できるのだが、残念ながら影山にはそんな度胸はない。

 ぼんやりと流れる雲を見つめながら、いつも通りの日常を噛みしめる。コニコニ動画の太陽だと饒舌に話せるように頑張ってはいるが、根はコミュ障で根暗。人と会話するより目立たない影のほうが性に合っている。

 影山の細い瞳が雲を映すと、スマホのバイブが振動した。制服のポケットからスマホを取り出すとシュウと表示される。


「昨日はお疲れ。色々あって伝えるの忘れたけど、オフ会参加しない? 何事も経験だし、いい社会勉強になるよ」


 オフ会、その文字に顔を顰める。ふと思い出すのはオフパコ事件のことだ。

 シュウとケントが開催したオフ会で、ケントという男が裏でファンと淫らな行為を行ったという事実。オフ会に参加したら印象が悪いのではないか。そんなことを考えてしまう。

 影山はメールを打つ。


「申し訳ないです。流石にオフ会までは考えていません。シュウさんと一緒にいるだけで刺激的で楽しいので、僕はこのままの現状を維持したいです」


 メールを送信する。

 東京の自宅でそんなメールを不機嫌そうに見つめるシュウ。口を尖らせ、不満そうに愚痴をこぼす。


「ケント聞いてくれ。オフ会参加しないってメールがきたんだけど?」


 デスクでゲーム実況の編集をしているケントは、椅子に絡みつくように抱きつくシュウを鬱陶しく感じる。


「はあ? 俺は今、お前の動画を編集中。明日の5時に動画投稿出来なかったらどうするの?」


 コニコニ動画では、午前5時に動画を投稿すれば再生数が増えるとの見方があった。野心に燃える投稿者は、わざわざ4時50分に目覚ましをセットし、眠い瞼を擦りながら動画をアップロードするのが一般的だった。

 再生数、マイリスト、コメント数の合計点でランキング入りする為、わざと弄ってもらえる挨拶やコメントを残すのがポイントだ。

 シュウは言う。


「はいはい、ご苦労さん。ケントが編集するようになってから、週に3日の投稿が1日から2日になったから感謝してるよ」

「お前がもっと真面目に実況すれば、毎日投稿できるけど? もうストックねぇよ」

「あはは。ごめんごめん。オフ会する場所探してるからさ」


 シュウは苦笑する。

 ほぼ毎日投稿になってから、けっこうな収益が入るようになった。ケントの給料もかなり良い金額なので、愚痴はこぼすが真面目にやってくれる。寧ろ雇い主のシュウより口うるさいくらいだ。

 ケントは言う。


「ゲーム実況がいつ収益化しなくなるか分からないし、出来るだけ多く投稿しないと」

「わかってるって。でもさ、俺も男。下半身が訛り気味だと良い実況が出来ないし?」

「なら風俗行け。金はいくらでもあるだろ? 高級店に行けば、シュウ好みの可愛い子は沢山いるだろ」 

「はあ? いつお前はいい子ちゃんになったわけ?」


 オフ会で好みの子とオフパコ楽しんだ仲じゃん? そんな言葉を吐き捨てる。

 ケントは気だるそうに言った。


「俺さ、動画編集が好きみたいで今充実してんだわ。女と乳繰り合いしなくても満たされるし?」

「つまんない男になったな」


 シュウは素っ気なく言えば、ケントは警告する。


「シュウ、そろそろファンと繋がることはやめろ。俺の二の舞になるぞ?」

「大丈夫大丈夫。俺はそんなヘマしないし」 


 ヘラヘラと笑う姿に苛立ちをみせるケント。だが、シュウの長所は何事もフッ軽なところだ。行動力があり、どんな人でも簡単に打ち解けることができる。周りを巻き込む力があり、その行動力を実現できる強さがある。

 そんなシュウにも大きな欠点があった。自分を過信しすぎているのだ。ケントは危惧する。自分はシュウがいたから今のような生活が出来る。だが、シュウまで動画投稿が出来なくなれば今後はない。

 ケントは言う。


「風俗はいいぞ。オフパコなんて失うものが多すぎる」

「愛がないだろ? 俺は愛のある繋がりをしたいの」

「……お前に愛はあるのか?」

「ベッドの上では愛してるよ?」

「そうじゃないだろ!」


 ケントは懸念する。このままだとオフパコ疑惑が事実とバレるまで秒読みだと。

 一度味わった経験は忘れることは出来ない。触れ合う肌、高まる鼓動、求めようと縋る甘い瞳、それはまるで媚薬を使用したかのように我を忘れてしまう。一度混じり合った想いは冷めることを知らない。一夜だけの繋がり、全てが刺激的で脳を狂わせる。

 ケントはハマる理由を知っていた。


「繋がるだけが愛じゃないだろ?」

「俺は繋がるときが愛を感じるんだよ」


 シュウは元々こんな男ではなかった。誰にでも優しく、お洒落が大好きな至って健全な男だった。だが、ナオミという女が全てを狂わせた。

 シュウは彼女の為に全てを捧げた。時間、愛情、労力、周りからみれば羨ましい彼氏だった。その日のうちにお互い専用の携帯を揃え、彼女が要望したメルアドに変更、そして連絡もマメでサプライズは忘れない。顔だって悪くなかった。だが、元カノはいとも簡単に捨てた。携帯の充電が切れ、日課の電話が出来なかった些細な理由でだ。お別れの言葉は愛が足りない。

 ケントは未だに元カノを忘れられないシュウにげんなりする。


「ナオミのこと、忘れることできねぇの?」

「……ナオミは関係ねぇし」

「女々しいんだわ。過去の女でメソメソすんの。メアド変更しなかったのも、そういうことだろ?」


 ケントは言う。あんなクソ女はさっさと忘れて次の恋を探せと。

 腐女子が見れば興奮するセリフだが、あいにくシュウとケントはそんな仲ではない。


「ちげーし。好きなら他のファンと繋がらねぇよ」

「マジでやめた方がいいぞ。俺はたまたま警察沙汰にならなかったが、下手したら今頃刑務所にいたかも知れない」

「うるさいな、俺はケントみたいにアホじゃないから大丈夫だ」


 ケントは大きなため息をつく。


「シュウ、オフ会はもうやめろ。お前が逮捕されたら俺はどうすればいい」

「大丈夫。ゴムはちゃんとつけてる。俺は気持ちよさを求めて外だしする屑じゃねぇから」

「いや、マジでやめろよ……」


 実はケント、知らずに未成年と関係を持ってしまい後悔していた。オフ会では成人済みと言いながら、関係を持った後に17歳だと主張してきたのだ。

 だが、それは彼女の企みで本当は成人していた。未成年と偽りケントが炎上する姿を楽しみたかったからだ。


「流石に俺は未成年に手を出すロリコンじゃないから安心しろ」

「……安心できねぇよ。俺達のファンは殆ど学生だ。しかもそういった奴らが頭のネジがぶっ飛んでることが多い」


 実際、成人済みと偽って繋がりを求めようとする人物は多くいた。流石に見た目だけで未成年かは分からない。メイクと服装を変えれば一瞬で女は化けるからだ。

 シュウは言う。


「へいへい。成人済みで可愛い処女の子を狙いますよ」

「そうしてくれ。でもそんな奴は少くねぇよ」

「だから太陽くんをオフ会に誘うの」

 

 女子高生が多い太陽をオフ会に誘えば、今は青臭くても年齢を重ねればいい頃合いの年齢になる。

 シュウはツイツイターの画面を表示するとツイートする。


「今月は○月×日にオフ会を開催する予定です。もしかしたら、あの人も来ちゃうかも……?」


 そんな呟きをするとファンは反応する。


「もしかして太陽くんですか?」

「最近生配信した相手?」

「何となく把握しました」


 大人はずる賢く知恵がある。わざと誤解させ、嘘を本当のように見せる。

 ケントは反応する。


「太陽って男は参加する気ないんだろ?」

「大丈夫。だって名前は言ってないだろ? 嘘にならない」


 逃げ道をつくる、これが悪い大人だ。

 影山は通知が鳴り響くツイツイターに困惑する。


「太陽さん、オフ会するんですか!?」

「絶対に参加します!」

「太陽くんと同じ空気を吸えるなんて幸せです」

「俺、パンツ新品にします」

「太陽くんがオフ会に参加するなら申し込みたいです♡」


 誤解したコメントの数に困惑する影山。愛しのムーンのコメントもあった。彼女のコメントは影山の心を惑わせる。

 机にうなだれる影山。本音を漏すと下心はある。

 ーー可愛いムーンと友達になりたい

 ーー上手くいけば彼氏に……

 思わず首を振る。ダメだ、ファンに手を出すなんて屑がやることだ。そう葛藤するが、伸びる手はムーンのアイコンだ。画面をタップするとムーンの可愛い顔が表示される。ああ、可愛い。好きだ。そんな言葉が脳内を駆け巡る。

 火照った顔を誤魔化すように影山はうなだれた。


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