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急展開ですか? 梅田様♡

 その後、俺は引き続き困っている人々に救いの手を差し伸べ続けた。

 街を東へ西へ……北へ南へ……アイリーンに言われるがまま、俺は走り回った。

 アイリーンが言うには、どうやら困っている人々に救いの手を差し伸べ、感謝される事で(ラブ)が手に入るらしい。そして、その(ラブ)を手に入れた俺が温かい気持ちになると、俺の中で(ラブ)が蓄積されるという。

 それにしても、これだけ(ラブ)集めているのに、まだお世話料に達しないとは……。どんだけ、俺に(ラブ)が足りないんだと自嘲した。

 走り回って疲れた俺は、とりあえず近くの公園で休憩。噴水の前のベンチに腰を掛ける。隣には、アイリーンがちょこんと座った。

 俺は両指を絡めて真上に腕を伸ばし、「ふぅ……」と短く息を吐き出して両指をパッと離して腕を下げた。顔は仰いだままで、背もたれに身を委ねる。


「今日は良い天気だなー」


 雲一つない快晴の青空……楽しげに飛び交う小鳥達……金に輝く太陽……頬を時折撫でてゆく涼しい風が心地良かった。

 心も身体も大分休まったので、そろそろ行こうかと俺は腰を持ち上げた。


「ハル!?」


 前方から聞き覚えのある女の声が掛かり、俺は腰をストンと落として目を丸くした。


「ナツミ!?」


 俺の目の前に立って居たのは、俺の幼馴染みで同じクラスの女子。今日は見慣れたセーラー服姿ではなく、純白のレースのワンピース姿だった。そのせいで一瞬誰だが分からなかったが、サラサラの黒のショートヘアと整った顔立ちに見事なまでの平らな胸元で、彼女が俺のよく知るナツミだと言う事に気が付く事が出来た。

 俺が引き込もり生活を送り始めて以来、一度も顔を合わせた事はなかった。

 お互いに久しぶりすぎて、しかもこんな所で偶然にも出逢い、次に口に出す言葉が見つからないぐらいに俺もナツミも驚いていた。

 ナツミは口よりもまず足を動かし、俺の隣へ。腰を下ろそうとすると、そこに居たアイリーンはフワッと身体を浮かせてどき、俺の隣はナツミに入れ替わった。

 ナツミは俺の方へ顔を向けた。


「……久しぶり。まさか、こんな所でハルと逢えると思ってもみなかったよ」

「俺も……」


 俺の顔は真っ直ぐ前を向いたまま。ナツミの顔はまだ俺の方を向いている。横目に映るその顔は嬉しそうだ。俺だってナツミに逢えて嬉しいが、なかなかそれを素直に表情や態度で表せない。

 俺が素っ気ないせいか、少しナツミの眉が下がった。


「ところでさ、どうしてハルがこんな所に居るの? てっきり家から出ないと思ってたのに」

「それは俺、今日(ラブ)……」

「…………らぶ?」


 おっと、いけねー! (ラブ)を集めに町へ出ただなんて、口が裂けても言えない。

 俺は平静を装って、テキトーな言葉を並べた。


「ラブラドールレトリーバーへの挨拶がてら、散歩してたんだよ」


 ……………………。


 言い切った後、すぐに俺は自分の吐いた言葉が変な事に気が付いたが、もう遅かった。とっくにナツミの耳から脳まで伝達されてしまった。


「へえ~そうなんだ。偉いねぇ」


 何故かナツミはガチで感心していた。そうだった。コイツ、頭が悪かったんだ。学校でもテストの点数が低くて、よく補習を受けていた。

 今日はそのおかげで、俺は救われた。

 俺は会話が自然な流れになるよう、ナツミに同じ質問をした。


「お前こそ、何してるんだよ?」

「友達とね、駅前に新しく出来たカフェに行ってたの。今はその帰りー」

「あーカフェなんて出来たんだ」

「メニューも沢山あってねーアップルパイがとっても美味しかったよ」

「ふぅん」


 ここで会話は途切れた…………と思われたが、まだナツミの視線を感じる。まだ何か言いたい事でもあるのか?


「何だよ?」

「何か他には?」

「他に?」


 そうか。返事があまりに素っ気なかったから、もっと会話を広げてあげれば良かったのか。


「あ……そのアップルパイってさーいくらぐらいしたんだ?」

「え? 450円ぐらい」

「まあ、そんなもんか」

「うん。そんなもん。……じゃなくて、他に! 私を見て思う事はないの?」


 俺はナツミの方へ顔を向け、視線を徐々に下へ下げていった。


「胸が小さ……」

「余計なお世話だよっ!」


 声を張り上げながら、ナツミは俺の顔面を手提げ鞄で叩いた。

 おっとりしている様に見えて、昔から結構乱暴だ。力がないから可愛いものだが――――俺は視線を真上にやり、一瞬だけハートの天使を視界に入れた――――うん。乱暴+怪力は厄介だ。

 ナツミは頬を膨らませて、まだ俺の方をじっと見ている。

 俺は何を言えば正解なのか分からない。女の心理は、どんな難問よりも難しいと思う。東大生でも解らないんじゃないか?

 俺が暫く口を閉ざしていると、痺れを切らしたナツミが答えを言い始めた。


「ほら、今日の私の格好。このワンピース、すごく可愛いと思わない?」


 あーそれか。確かにいつもと格好が違うなーとは思ったが、わざわざそれを口にするのが正解だったとは。正直、その答えに何か意味でもあるのか? やはり、女の心理というのは男には到底理解出来ないものだ。

 正解が分かった以上、何か一言でも言ってあげないとマズイ。大抵の女子はこれだけでものすごい機嫌を悪くする。

 俺はテキトーに言葉を選ぶ。


「可愛いと思うよ。すごいお前らしい」

「でしょー?」

「でも、お前ってそんなシャレた服持ってたっけ?」

「えへへー実はねぇ」


 ナツミは両手で口を覆っているが、そのニヤケた顔は隠しきれていない。


「お母さんに買ってもらったんだ!」

「へえ。ナツミの母さんに、ねー」


 俺には少し意外だった。

 ナツミの母さんと言えば、サバサバしていて人に厳しく、実の娘ですらも甘やかす事はしない。確かナツミの誕生日は三ヶ月先だ。誕生日でもないのに何かを買ってあげるなんて、まず有り得ないと思った。……ナツミの奴、何かしたのか?


「まさか……母親の弱みを握って、それで……」


 俺はゴクリと息を飲んだ。

 すると、ナツミは吹き出して笑った。


「違う違う!」

「じゃあ何で?」

「今回の数学のテストの点数がものすごく良かったんだ!」

「何点だったんだよ?」


 俺はあまり期待をしていなかった。


「聞いて驚かないでよー?」

「驚かねーよ」

「何と! 93点でしたー!」

「マジかよ!?」


 俺は思いっきり驚いてしまった。とにかく、一旦開ききった口を元に戻して、冷静さを取り戻した。

 ナツミが93点……しかも、一番苦手な数学で? 今まで最高でも50点だったのに。それこそ、ナツミの奴、何かしたのか?


「まさか……先生の弱みを握って、それで……」

「だから違うって! もー何でさっきから私が弱みを握ってると思い込むのー?」

「だって、それ以外に思いつかねーし」

「ハルのばかっ。今回のテスト、私すっごく勉強したんだもん。それに、最近転校して来たコトちゃんがすごく頭が良くって教え方も上手くてね」


 どうやら、そのコトちゃんとやらがナツミに勉強を教えたらしく、今回の高得点に繋がったらしい。


「あ、そのコトちゃん。ハーフなんだよ~。肌が白くて鼻が高くて。目元もお人形さんみたいにパッチリしてるの。足も長いし、スタイルも良いし。頭良いし、優しいし……女の私でも惚れちゃいそう」

「ほぉー……」


 話の内容事体はそれほど面白くはないが、笑顔で話すナツミが本当に楽しそうで……。俺も楽しかった。笑っている俺の横顔を見て、ナツミは笑みを消して真剣な表情を浮かべた。


「ねえ、ハル。学校……来ないの?」


 俺も真剣な表情を浮かべ、少し俯いた。


「ああ……。行くつもりはない」


 すると、ナツミは俺の手を掴んだ。


「学校は楽しいんだよ? 部屋で独りずっと閉じ込っているよりも、何倍も楽しい! ……って私は思う。だからね、ハルも学校に来た方が……ううん。来てほしい。私の勝手な我が儘だけど、ハルには学校に来てほしいんだ」


 ナツミは淋しそうな顔で俺の手を離し、ゆっくりと腰を上げた。

 俺は何を言ったら良いのか分からず、歩いて行くナツミの背中を見つめていた。

 ナツミは立ち止まり、振り返った。


「私……待ってるから」


 そして、ナツミはそのまま歩き去った。





 家に戻った俺はベッドに寝転び、ナツミの最後に言った言葉について真剣に考えていた。


「待ってる……か」

「行ったらいいじゃないですか、学校」


 俺の視界をアイリーンが覆った。顔、近い。

 俺は顔を横へ逸らした。


「何だよ……他人事みたいに」

「他人事です♡」

「このヤロッ!」


 俺は満面の笑みの天使に腹が立って、アイリーンを手で叩き飛ばした。

 アイリーンは床へ落下し、尻餅をついた。


「いった~い! 女の子に乱暴はよくないですよぉ?」

「うるさい! こっちが真剣に悩んでる時にふざけてるそっちが悪いだろ」

「…………悩む事ないじゃないですか」


 アイリーンはスカートを軽く伸ばしながら立ち上がり、にっこりと笑った。


「そんなに難しい問題じゃないハズです」

「あ……うん」


 その時のアイリーンの笑顔は愛に満ち溢れていて、とても悪い気はしなかった。





「よし……」


 俺はずっと身に纏っていなかった制服と使わなくなった通学用鞄を見つめ、その夜決心をした。

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