9.camping car
あれから車は動かなくなった。
後輪が完全に車体に食い込み、セルも回らない。
リリィは八つ当たりでオーバーフェンダーをひと蹴り。
そして通りへ出て救助を求めた。
電話もない夜の田舎道。人里離れた寂しい山中。
五台の車が通過したが、止まってはくれなかった。
痺れを切らしたボビィは立ち上がり、森の奥へ入って行った。
「この先は確か湖だよ。誰かいるかもしれないよ」
草木を掻き分け掻き分け、ボビィは前へ進んだ。
蛙やコオロギの鳴き声が喧しく、ヤブ蚊が顔を狙って飛んでくる。立ち止まったかと思うと、ボビィはまた勢いよく前へ進んだ。
「ボビィー、そんなに奥へ行っちゃダメよ! 迷ってしまうわ」
「大丈夫だよママ。……ほら、匂いがするんだ。ねぇ、お魚が焼けるいい匂いがするよ」
「……あ、本当……ま、待って!」
「誰かいるんだ!」
そう言って笑顔を見せるボビィの後をリリィは追った。
湖まで辿り着いたボビィ。そこには一台のキャンピングカーが。車の横にはテントが張り出され、そこで魚が炙られていた。
人影が見える。大きな男の影が吊り下げられたランプの炎に揺れていた。どうやら向こうも気づき、こちらを見ている。
ボビィは恐る恐る近づき、勇気を出して声をかけてみた。
「こ、こんばんはー!」
首を傾げ、ボビィは灯りの下、その主の顔を見た。そして目を見開く。
「おじさん!」
そこにいたのは店で出会った、人形を救い出してくれたあのおじさんだった。
「また会ったね! おじさん!」
――な、何だってんだ? ……ジョーは驚き、固まった。手にしていた拳銃を隠し、少年の顔をランプの灯りで確かめた。
「おじさん何してるの? こんな所で。……あ、そっか、お魚焼いてんだね」
「坊やこそ何でここにいるんだ? こんな時間に」
「ふふん……坊やじゃないよボビィだよ。ボ・ビ・ィ。……あのね、車がね、壊れちゃったんだ」
「何だって?」
ジョーは一時間程前、遠くでクラクションが鳴り響き、大きな音がするのを聞いていた。
「ママが運転してた車……事故しちゃって」
「まさか……リ……マ、ママは、それで、ママはどうした? 何処にいる? 怪我は、おい、まさか」
(リリィは?!)と名前を呼ぶところだった……ジョーは動揺を隠せない。
「大丈夫。……ほら、今来るよ」
ごそごそと茂みの中から疲れた顔のリリィが現れる。
「ボビィ! いるの?」
「ママー、こっちこっち。ねぇ! 感動だよ。またあのおじさんがここに!」
ジョーは平静を装い、ちらりと彼女を見た。リリィは目を丸くした。
「おじさん、お魚焦げちゃうよ!」
ボビィが気を利かせてそれをひっくり返す。ジョーは嬉しそうなボビィの頭を撫で、優しくいたわって言った。
「怪我がなくてよかった」
その言葉と眼差しを不思議そうに見つめるリリィ。
彼女は救われる思いで頬に手を当てた……。




