23.spirit in the night
《ようやくドクと直接話ができた。お前たちが来る頃には何とか帰り着くはずだと……》
カフェレストRamonaのオーナーでありサンダース・ファミリーの相談役ビフはそう言った。
受話器を置き、ジョーは車に戻った。
三日目の夜、そこはキャンプ場。
ボビィはぐっすり夢の中、ずっと手を握っていたリリィもそろそろ目をこすり始めた。そこへジョーが車内に入ってくる。彼はそっと声をかけた。
「寝たら?」
「え、ええ……でも」
「心配で眠れないか?」
「いえ……あなたこそ今夜は中で寝られた方が」
「いいよ。言ったろ? 俺は外が慣れてる」
そう頷いてジョーはまた降りてゆく。
「鍵。中からちゃんと掛けとくんだぞ」
シートにもたれ、リリィはジョーのことをしばらく考えた。
今夜は月明かりが美しい。
昼のように森を照らす。
夜の精を感じながら、ジョーは積み置かれた丸太に腰掛け、静かに辺りを見渡した。彼にとって、今は夢のようだった。
――リリィ。こんな形だが、一緒に過ごせるなんて……。
目を閉じると胸が熱くなる。
あの時の彼女の声、呼吸が今にも聞こえてくる。
……それは高校卒業前のダンスパーティーでのことだった。
有り金はたいて手に入れた白のタキシード。
ジョー=〝ジョセフ〟はやっとその舞台に立った。鼻をこすり、照れ臭そうにリリィのところへ。
「……あの… …お、踊っていただけませんか?」
リリィは振り向いた。鮮やかな、桃色のチャイナドレス姿で。
「いいわよ」
初めて、手を握った。
「隣りのクラスの人よね? お名前は確か」
彼は顔を赤らめ、声を絞り出した。
「ジョセフ・ハーディング です、よろしく」
「ジョセフ。そう、ジョセフね」
リリィはこわばった顔のジョセフを優しくリードした。夢のようなひと時。ジョセフは言った。
「俺、グレイヴスへ行くんです」
そこは戦場。リリィは言葉を詰まらせる。
「……そうなの、あなたも入隊するの……」
知っていた。彼女の恋人エイブラハムもそこへ行く。
「踊ってくれてありがとう。本当に、いい思い出になった」
静止する二人。ジョセフはもう一度、心から言った。
「ありがとう」
「無事を祈ってるわ」
「うん。あ、最後に一枚、写真を」
それも精いっぱいの勇気だった。
「笑って、リリィ」
彼女は応えた。精いっぱいの笑顔で。
「ありがとう。それじゃあ……」
「じゃあ……」
二人が離れるのを夜の精が見つめていた。
月明かりの美しい夜だった。
ジョーは目を開け、月を見つめた。
――俺はエイブラハムを救えなかった。君の愛する男を、救えなかったんだ。すまない。本当にすまない……。
ジョーはスッと立ち上がり、車の前に立った。
鍵は掛かっていなかった。二人の寝息が耳に届いた。
毛布に包まるボビィと横たわっている彼女の寝姿を見つめる。近づくジョーの手がゆっくり伸びる。伸びた手はそっと綿毛布を掴み、優しく彼女の肩まで。
――リリィ。君は、俺が守る……。




