17.to the north
リリィ・ストーンは一九四〇年、エイブラハム・ローリングと結婚し、翌年二人の間にボビィが生まれた。
家を持ち、ポニーを飼い、五年間は幸せだった。
一九四五年、一度除隊したエイブラハムはまた戦場へ行かなければならなくなった。国の劣勢は徴兵を掲げ、若者たちを敵地へ送り込んだ。
ある日幼いボビィが指差す、テレビの向こう。報じられたのは、
《エルドランド兵が数名、捕虜として…》
その後、敗戦。特殊部隊の救出作戦も失敗、捕虜となったエイブラハムは還らぬ人となった。
リリィは彼の死を信じなかったが、ある朝彼女のもとに一人の男が訪ねてきた。それはハイランズ医師だ。
「捕らえられた者たちは天然痘に侵され、私がワクチンを注射し、エイブラハムは一命を取り留めた。酷い環境だった。数日、彼を看た後、特殊部隊が来た。そう、確かに彼は救出されたが……丘の上、ヘストン・ヒルで敵の銃弾に倒れた……」
リリィは泣き崩れる。
《先生、彼女に伝えてくれ》……エイブラハムの言葉を胸にハイランズはしばらく待ち、言った。
「……私が訪ねたのは、あなたに彼の伝言を。『もし、俺が死んでも俺はお前のそばにいる。いつも、永遠に愛している』と」
リリィが病いに伏し、絶望を彷徨っていた時、レオ・フットプライドがそこに立っていた。優しく手を差し伸べた彼にリリィの心は揺らいだ。
不安と寂しさに耐えられなかった。
暮らしが行き詰まり、希望を見失った時、リリィはフットプライドからの求婚を受け入れた。
式を挙げ、豪邸に移り住んだ。
初めは平穏だったが、フットプライドは決してボビィを愛さなかった。
キャンピングカーはアナザーサイドの街を離れ、ハイウェイ5を北上していた。
「ノースフォレストへ。Dr.ハイランズという人のところへ……」
リリィは簡潔にこの事情を話した。
「夫、フットプライドから逃げている」のだと。
ジョーはリリィが再婚していたことは風の便りで知っていた。相手がどんな男なのか、何をしているのか、気になってはいたが調べることはしなかった。ただ幸せでいてくれたらいいと胸におさめていた。
〝ネヴァレンド州警察署長 レオ・フットプライド〟。
ジョーはラジオで聞いたことがあった。
《私が就任してから犯罪検挙率が上がった。秩序ある都市づくり、州の治安を強固に!》
と、熱く語っていた。
《市民の信頼を得るために自ら動き、家族を守り……》
「ジョーさん」
ハンドルを握る手に力が入っている。
「……ジョーさん、あの……」
ジョーはハッと力を緩めた。
「え? あ、……な、何だ?」
後部座席のリリィはじっとジョーの背中を見つめている。
「何故、ここまで親切にしてくださるんです?」
少し間を置き、ジョーは答えた。
「言っておくが、何も裏はない。今はあまり他人を信用できないかもしれないが……」
「そんな」
「俺もいつかノースフォレストへ行くつもりだった。友人に会いに」
それが同じDr.ハイランズであることは今は言わない。以前彼がアナザーサイドからそこへ越したことはビフから聞いていた。
手厚い治療と看護でこうして今生きていられる――ビフ同様命の恩人ハイランズに会いたいのは俺も同じ――後でビフにその住所を聞かなければ……ジョーは胸の内で呟いた。そしてリリィに言った。
「これも何かの縁だ。協力させてくれ」
彼女の膝の上でボビィは静かに眠っている。呼吸も楽に、穏やかに寝息をたてている。
すっかり安心しているように見える。
守られている。それはリリィも感じていた。




