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第三王子の葛藤

 

 黒苑兄ちゃんは可哀想なヒトだ。兄ちゃんがローゼを求めれば求めるほど彼が一人になっていくのを僕は見ていた。

 でもだからと言って、兄ちゃんの味方はできなかった。


 ローゼは無自覚だが、紫苑兄様のことが好きだと思ったんだ。竜の兄様が傷付いた時、ローゼは逃げることもできたのに黒苑兄ちゃんの前に進み出て庇おうとしたんだから。


 それに黒苑兄ちゃんはローゼを得る為ならヒトを殺せる。そんな兄ちゃんといても、彼女は幸せになれない気がした。


「灰苑、そなた………」


 共に軟禁状態の身となった母様が、物思いに耽る僕を探るように見ている。


「母様、それ以上は言わないでよ」

「更に面倒事は避けたい。言わぬでおこうよ」


 母様はヒトの心を敏感に察知する。離宮に母様に会いに行った少し前と今では、違う心の有り様がきっと分かるのだろう。


 自然赤くなる顔を隠せば、ポンと頭に手が置かれた。


「随分と成長したのだのう」


 感心したように言われて、髪をくしゃくしゃと乱される。そこに僅かに滲む憐れみに、僕は知らないふりをした。


 母様は僕を生む為に父上と婚姻したようなものだった。元々異性に興味が無かった母様に、前妻を亡くした父上との縁談が持ち上がったのは、彼女が白銀国の王族の血筋で最も長く生きている力ある竜だったからだ。


 自分の子を持つことを望んではいた母様は、婚姻にあたり一人でも子を生んで王妃の義務を果たせば後は自由にさせてもらうことを条件にしていたそうだ。

 別居状態になったとはいえ、母様は父上を嫌っているようには見えなかった。二人は友人のような感覚だったのかもしれないけれど、情はあったと思う。



 ********************


 黒苑兄ちゃんは、アースレンに圧力を掛けて動かしてまでローゼを捕らえた。

 僕は人質にさせられたが、このまま彼女の足枷になる気なんてなかった。だから無理矢理式を挙げさせられる彼女が、兄ちゃんに歯向かった時は内心嬉しかった。無謀な行為ではあったけれど、僕達だって大人しくしていたわけじゃない。母様の根回しで潜んでいた味方は大勢いたし、何より紫苑兄様が黙っているわけがないと思ったから。


 でもローゼが紫苑兄様を信じて身を投げたことは驚いた。

 何がって、衝撃を受けた自分に驚いたんだ。もうローゼの心は絶対に兄様のものなんだと………分かったから。


 気を失ってしまったローゼに縋りつく兄様を、僕は複雑で不思議な気持ちで見守った。


「ローゼ…………ローゼ…………」


 自分が裸のままなのも気にする余裕は無いんだろうな。彼女の足にしがみいて名を呼ぶ兄様は怖がっていた。ローゼを失いかけたことが怖かったんだ。

 こんなに弱々しい姿を晒した兄様を、僕は羨ましかったのかもしれない。竜族であるにも関わらず、激しい感情のままに涙さえ浮かべることができるようになった兄様。

 彼女への想いによって、豊かに色づいた心が眩しくて綺麗だと思った。


 僕達は直ぐに別れることになったけれど、兄様とローゼには、黒苑兄ちゃんの手の届かない場所で幸せになって欲しいと思う傍ら、淋しさと悲しみが湧いて、僕は何とも言えない気持ちを持て余す。

 別れの抱擁に、手を下げたまま身を差し出した僕は、彼女の香りをそっと胸に取り込んだ。薔薇の香りは益々濃く香り、自分の体の奥底からせり上がる何かに耐えていたら兄様に引き離された。


 母様は公正なヒトだから、長子である兄様を王にすることを諦めていないようだったが、僕にはどうでも良かった。ただローゼが泣かなければいいと思っていた。


 それから母様と母様の昔の恋人と隠れて住んで数ヶ月は平穏に過ごした。

 雪のように降り積もる言い表せない何かを胸に抱えていたけれど、僕は忘れたように振る舞うことができた。子供で竜族の僕には難しくて複雑なものだったから、心の片隅に置き忘れたつもりでいないといけないと思っていた。


 僕の気持ちは、兄様達どちらにもなれないし及ばない。それぐらい知っていた。

 綺麗な想いのままで終わらせたかった。


 だけど母様を失った時、それをきっかけにして初めて僕の想いは黒く染まった。


 見ないつもりだったのに、『番』という存在を憎いと感じてしまった。ずっと妬ましかったのだと自覚した。


 僕は『兄様の番』が憎い。黒苑兄ちゃんが誰かを傷付けるのも厭わなくなるほどに求める『番』、決して手の届かない存在の『誰かの番』が。


 兄ちゃんを憎むと同時に、僕はローゼを憎んだ。

 彼女が誰の番でもなければ、僕は同じ位置にいた。どうして兄様の伴侶と決まっていたのか。

 番なんて、この世界からなくなればいい。


 羨ましいという気持ちに潜んでいた感情は、嫉妬だ。

 ローゼと心を通わせた兄様へのそれが、母様の死をきっかけにローゼへの憎しみへと変換される。


 それでも尚、僕の翼は彼女の元へと向いてしまった。


「灰苑様、しっかり!」


 気遣わしげに僕を見つめる彼女の茶色の目を見れない。巨大な竜の手の中に閉じ込められても、怯えもせずに信じきった顔で身を委ねる彼女を、自分がどんな表情で見ているかと思うと不安だった。


「ローゼ、母様が死んだよ」


 告げた時、僕は涙を流していることにようやく気付いた。

 彼女が悲しい顔をして俯く。


 僕はローゼに会って涙を知った。泣くって思っていたよりもずっと苦しいものだった。

 竜型の兄様に抱き寄せられたら、溢れて止まらなくなった。


 無力な僕は、母様も兄様達もローゼも助けられない。惨めで悔しくて悲しくて辛い。

 手を伸ばしても届かない自分の位置が歯痒い。


 僕は君が憎らしい。なぜ兄様の番として僕の前に現れたの?


 ねえローゼ、僕は決して伝えられない想いを、ずっと心に閉じ込めて生きていく。それぐらいは許されるかな。


 これは、幼かった僕の初恋の話。

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