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第三王子の胸の内3

 

 僕は眼下に広がる光景が信じられなかった。

 竜化した兄様達が、互いを傷つけ合っている。


 早朝、僕は二度と目を開かなくなった父上に会った。竜族にしては年若いのに病を患っていた父上だが、まさかこんなに早く別れが来るなんて誰が予想しただろう。


「どうして急に?」


 青白い顔で動かない父上を見るが、涙は出ない。末っ子の僕をとても可愛がってくれて、僕の中で悲しいという気持ちが湧く。それなのに竜族の身体は簡単に悲しみを表現しない。


「………灰苑様、陛下は病ではなく毒によりお亡くなりになられたのです」

「何だって?」


 傍に控えた医師の言葉に驚いた。


 毒?父上が兄様の慶事を前にして命を断つはずがない。誰かが飲ませたというのか?


「先程、兄上を捕らえた」


 背後に立つ黒苑兄ちゃんを僕は振り返らなかった。自分の恐怖を悟られたらいけないと咄嗟に思ったんだ。


「………兄様を?」

「父上に毒を盛った嫌疑だ」

「そんな、まさか」

「これから取り調べる」


 国王の逝去と第一王子の投獄の今、黒苑兄ちゃんに国の全権が委ねられる。僕のできることは限られる。


 悲しみの表情を作り自室に戻るふりをして、兄様の部屋に入り込んだ。

 戦の時に愛用したという武器は、朝の鍛練以外に使用されなくなった為、通常は保管されている。寝台の頭側の木枠は一見すると何もないようになっている。手探りで小さな出っ張りを見つけて引くと小さな引出しになっていて兄様の武器の変化した飾りが案の定あった。

 決して触れるなと言われたそれを手に、僕がローゼの部屋に向かうと侍女が部屋の外で途方に暮れたように立っていた。


「どうしたの?」

「それが………黒苑様がローゼリア様の部屋に入られて、その、心配で」

「…………そう」


 ああ、やっぱり。こんな非常時に直接関係ないローゼに会うのは、何か理由があるからだ。

 信じたくないけれど、黒苑兄ちゃんが父上を殺した。恐らくは紫苑兄様を貶める為に。

 兄ちゃんがローゼを抱き締めていたところを見ていなければ考えもしなかったことだ。


 僕は部屋から出て来たローゼに武器を託した。彼女がそれをどうしようが僕には任せるしかなかった。


 ただ、紫苑兄様がローゼとこのまま引き離されるなんて嫌だと思った。それにローゼを僕では守れない。

 彼女を命に代えても守れるのは、あれほどの深い想いを抱えた兄様しかいない。

 だからだ。


 手渡されたそれが何か分からなくて、怪訝な顔をしたのは一瞬。ローゼは僕と目を合わせて、きゅっと唇を噛んだ。

 この状況に納得できない、そんな目をしているのを見て、僕は彼女に託して正解だと思った。


 けれど、兄様達が争うのを目にするのは想像以上に辛かった。武器を渡したのだから想定していたけれど、満身創痍の竜型の紫苑兄様に爪を立てる黒苑兄ちゃんを見た時、僕は恐ろしかった。


 いつも一緒にいた兄ちゃんなのに、僕は知らなかったんだ。彼の深淵の闇。母様が察して嫌っていた「何を考えているか分からないような得体の知れない心」の意味を。


 これが番に向ける熱情だというのだろうか。


 双子が一人の者を番として感じる話は聞いたことがある。それが稀でお伽噺のように曖昧で確信の無い話だったから、考えもしなかった。黒苑兄ちゃんが、ローゼをそんな目で見ていたなんて。


「やめて!」


 茫然としていた僕の耳にローゼの叫びが聴こえた。紫苑兄様を庇うように立つ彼女は泣いていた。強気な彼女の涙を初めて見た時、僕の身体は自然に動くことができた。


 黒苑兄ちゃんを必死に上から押さえ付けた。


「ゴアア!(早く逃げて)」


(すまない)と小さく鳴き、ローゼを口にくわえて走り去る紫苑兄ちゃんを目の端で見届けた。


「ゴガアア!(灰苑!お前まで兄上の味方をするか!)」


 暴れる竜に掴まるようにして押さえていたけれど限界がきた。身体が浮いたと思ったら、地面に叩き付けられた。


「………ギュルル(………ごめん)」


 黒い竜に首を押さえ付けられて息を詰まらせる。酸欠で意識が朦朧となる。

 もう兄弟じゃいられなくなる。そのことが悲しくて苦しかった。

 だけど、二人を逃がせられて良かった。


 僕がなぜここまでするのか。

 分かりかけていたけれど、認めてしまうのは怖かった。まだ僕は未熟な竜だから、どうしていいか迷いそうだったから。





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