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第三王子の胸の内

 

 僕が卵から孵った時には、紫苑兄様は既に片想いをしていた。


 勿論、雛の僕にそんなことは分からなかったから、そういう気持ちがあるんだってことを知ったのは8才ぐらいの時だったかな。


 殻を破った時から僕を見守って、何かと気を配ってくれる兄様達。片親しか血が繋がっていないし、歳だって100才以上離れていたけれど、それを感じることがないぐらい僕達は兄弟でいられた………と思っていた。


「放せ!行かねばならないんだ!」


 ある日、騎士達に捕まってもがく紫苑兄様を見た。


「兄様、どうしたの?」


 どこかへ行こうとしていたらしい。いつも穏やかで冷静なヒトが身も世も無く狼狽えている。


「どうやら番が、また熱を出したようじゃのう」


 その頃はまだ城にいた母様が、扇子で自らを扇ぎながら事も無げに言う。


「ツガイ?」

「おや、まだ知らなんだか」


 番って何だろう?

 母様は、簡単に言えば『大切な者』のことだと教えてくれた。番の身体的な苦しみや危機を兄様は本能的に感じ取るのだという。


「まあ感じ方は弱いようだから、また熱を出したのじゃろう。人の子は我々より弱いからのう」

「放せ!放せえ、ローゼが!」

「煩いぞ。ふん、好きにさせてやれ。赤明には妾から言っておく」


 鬱陶しそうに母様が扇子を振ると、騎士達が渋々拘束を解いた。素早く立ち上がった兄様は脇目も振らず竜になって飛んで行ってしまった。


 兄様の番は人間。竜族同士じゃないことは珍しいことだそうだ。

 どんな人だろう。まだ小さくて城の周りと離宮ぐらいしか外に出たことがない僕は、遠い人間の国にいる女の子に興味津々だった。


「ねえ兄様、恋ってなあに?」

「ぶは!」


 時々窓の外を遠く眺めては、物憂げに溜め息を付く兄様。番の女の子のことを思っているんだと分かっていた僕は聞いてみることにした。


「母様が言ってたよ。兄様は重い恋の病に掛かっているんだって。あとロリコンかもって、何それ」

「あ、あのババア!子供に何教えて………ゴホゴホ」


 教育上悪いと思っているらしい。兄様は『ババア』という怖いワードを僕の前では使わないようにしているけれど、思わず口に出すぐらいには動揺している。


「兄様は竜族なのに病気なの?」

「そうかもしれない」


 兄様は、また溜め息をついて髪をくしゃりと掻いた。


「…………辛いんだ。それに離れていて淋しい」

「会いたいの?」

「会いたい、凄く会いたい」

「会ったら、病気治るの?」

「どうだろう………多分一生治る気がしない」


 僕が子供だからか、兄様は正直な気持ちを打ち明けてくれたんじゃないだろうか。黒苑兄ちゃんと兄様は見た感じ仲が良さそうだったけれど、僕に接するより距離があった気がする。似た者同士で苦手だと、どちらかが言っていた記憶がある………あまりに小さい時でぼんやりだけど。


「ロリコンじゃないからな。たまたま番が幼かっただけだ」


 *********************


 そうして僕が10才になった頃、彼女が白銀国に迎えられることになった。

 兄様の喜びようと言ったら、スキップでもするんじゃないかと思った。


「に、兄様」

「はあローゼ………ローゼが俺の元に、ローゼローゼ」

「兄様はローゼが番だから好きなの?」

「………え?」


 虚を突かれたらしく、兄様は「ローゼ」連呼を止めた。


「兄様は、ローゼが番じゃなくても好きになっていた?」


 僕は机に両肘をついて顔を乗っけて、向かい側に座っている兄様を上目遣いで見た。


「番じゃなくても…………?」


 兄様は顎に手を添えて真剣な表情で考え始めた。

 余計なこと言ったかな。あまりに浮かれていたから意地悪しちゃったかも。


 僕が、切り分けた林檎をフォークで刺して一個分食べ終えるまで兄様はずっと考えて動かなかった。


「……………灰苑、お前には俺がどう見える?」

「え、どうって?」


 兄様は怖いぐらい真剣な顔で、ズイッと顔を寄せてきた。


「俺はローゼをちゃんと好きなのだろうか?この胸の痛みは勘違いなのか?ローゼのことばかり考えてしまって父上の政務の補佐も儘ならないのは、ただの俺の怠慢か?すんごい会いたいとか、もうすぐ会えるなんて空に向かって歓喜の雄叫びを上げたいとか思うのは、俺がおかしいだけなのか?」


「ごめん分からない。僕まだ子供だから」


 そんなに好きなのは分かったよ。最初は番だから好きだったかもしれないけれど兄様の様子を見てたら、番であることは、きっかけに過ぎなかったんじゃないだろうか。


 分からないと答えたけれど、彼女のことを好きな気持ちは本物だと僕は感じた。だって兄様、見ていてイタイほどローゼのことばかり想ってる。会いたいんだったら10年前に連れ去ってれば良かったのに、彼女の意思を尊重して見守っていたのは、ちゃんと好きだからだろうに。「頑張り屋なんだ」と自分のことのように彼女を自慢していたのは、番以上の存在だからだ。


「試してみる」


 懸命に考えて、兄様は何か決心したようだ。


 数日後、僕と黒苑兄ちゃんは彼女を出迎えた。あんなに楽しみにしていたのに、なぜか兄様は直ぐに会おうとせずに仕事に掛かりっきりだった。

 竜族の騎士達に付き添われて入城したローゼリアは、艶やかな黒髪を背に垂らし、温かみのある茶色の瞳の小柄で美人な少女だった。緊張していたようだけれど、僕達に挨拶し手作り菓子をプレゼントしてくれる細やかさがあった。


 竜族の王族に迎えられることになったから、さぞ喜んでいるかと思ったけれど彼女には戸惑いが大きかったみたいだ。僕達に媚びずに欲張らずに、ちゃんと自分を持っている彼女に僕は直ぐに好感を持った。


「あの子が兄様の番」


 部屋に案内される彼女を見送り、僕は嬉しかったんだと思う。彼女が義姉になる。会う前は不安だったけれど、彼女なら仲良くできそうだ。


「ローゼ、良いヒトそうだね」

「…………ああ」


 隣にいる黒苑兄ちゃんに話しかけて、ふと気付いた。彼の握った拳から血が滴っていた。


「兄ちゃん、血が」


 爪が皮膚に食い込み血が出るほどに強く握り締めていたみたいだ。


「ああ、大丈夫だ。気にしなくていい」


 ローゼの後ろ姿を見たまま、兄ちゃんは言った。

 あの時、兄ちゃんはどんな気持ちで彼女を見ていたんだろう。


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