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委員長の言葉で誤解を解いてくれた運動部の連中とは分かれて俺はひとり森の道を進んでいく。
運動部の奴らは敵が待ち構えている方の道を行った。
これは敵の作戦を利用した陽動だ。
あえて罠にかかったふりをして敵を足止めしている間に俺が敵本陣を襲撃する裏の裏をついた作戦。
もっとも俺がいないことに気づかれるとすぐに相手は引き返すだろうが、ちゃんと手は打ってある。
俺たちが長い道のりを背負ってきた重たい荷物の中には変身道具が入れられていたのだ。俺に扮するのは委員長。メイクやカツラ、あと俺ではよく分からない道具を使ってパッと見は俺そっくりに変装したことには驚いた。
あれならすぐにはバレないはずだ。
「イテテ。あいつら本気で殴りやがって」
右手で痛む頬をさする。
思い人を迎えに行く際中に他の女に跨っている男がいたなら俺でもいっぱつぶん殴るけどさ。
そうしてしばらく進んでいると、
「一人でノコノコやってくるとは、こいつは飛んで火にいる夏の虫」
「誰だ!」
「おいおい、俺のことを忘れちまったのか?」
「まさかお前は!」
前方の木の影から男が姿を現す。
「てめえサル! 持ち場を離れてこんなとこで何やってるんだ!」
「何をと聞くか義久よ。それはキサマを倒すためだ!」
「裏切ったのか」
「そうだ。ここを通りたくば俺を倒してからにしてもらおう。リア充死すべし慈悲はなし」
「……」
「驚きで言葉がでないか? いいぞ、その顔が見たかった」
「……いや、なんていうかさ。はっちゃけてるとこ言いづらいんだけどよ」
「?」
「裏切りの下りはもうやってんだよな。一話前に。しかも初期の仲間で信頼していた委員長という驚きの展開。そんでまあ熱い戦いなんかもやっちゃてるし」
「……なん……だと!?」
「だからすべて劣化の二番煎じすぎて見るに堪えない」
「嘘だといってよマーニー」
「誰がマーニーだ」
「このためだけに親友という重要なポジションなのに影を薄くして伏線を張っていたのに。あんまりだよ……こんなのってないよ」
無駄にそんなもの張っていたのか。やるなら順張りにしろとあれほど。
「親友との熱いバトルを期待していたとこ悪いが、全部省略させてもらうから」
「いいいいいやああああああ」
ばっさりカット。
裏切った友を倒し先を行くと木々が拓け、小高い丘が姿を見せた。
その頂には柵で覆われ、幟がたっている。
敵本陣だ。
ついにここまできた。
慎重にあたりを見渡すが敵の姿はない。
中央の部隊と委員長の部隊が頑張ってくれているようだ。
だが万が一ってのがある。
体勢を低くしてゆっくりと丘を登りはじめる。
「待っててくれ。りりか」
中腹に差し掛かったとき、全身を嫌な予感が駆け巡り体を丸めるようにして身をすくめた。
ザクっという音は頭のすぐ上からした。
恐る恐る確認してみると頭のあった場所に木剣が刺さっていた。
殺す気か! 直撃してたら頭パーンだぞ!
いったいどこからと後ろを振り返ると丘の下にギャルっぽい女と変装を解いて元の姿に戻っている委員長が。
あそこから投げてきたのか!?
ギャルは近くにいた兵士から剣を受け取ると大きく振りかぶり。
って、まずいまずいまずい。
見入っている場合じゃない。
急いで頂上を目指す。
地面に突き刺さる音はすぐ背後から聞こえた。狙いは驚くほど正確。たぶん三投目は避けられない。
体の中の気力と体力を全部使って丘を走る。走る。走る。
頂上に滑り込むのと剣が体をかすめるのはほぼ同時だった。あっぶねー。
天幕の張られた簡易なテントのような作りの陣の中に木下りりかはいた。
「待たせたかな?」
「ううん、私もいまきたところだよ」
まるで場違いな会話に俺たちは笑う。
ひとしきり笑ったあとに俺は彼女に告げる。
「りりか、君を射止めにきたよ」
「はい。私のハートを捧げます」
そう言って彼女はラッピングされた箱を俺に差し出してくる。
リボンを解いて蓋を開けると、そこにはハート型のチョコレートが入っていた。
「これは」
「季節外れのバレンタインチョコだよ」
「もしかしてあの本って」
「うん。お菓子の本。義久くんに食べてもらいたくて」
「ありがとう。頂くよ」
こうして俺の決闘は終わったのだった。
さーて、ホワイトデーのお返しを何にするか考えなきゃな!