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決闘当日。天気は晴れ。雨雲の無い澄み切った晴れ空だ。
雨天だからといって中止にはならないが、予想外のことが起きやすいので天気は良いに越したことはない。
「さーて! いよいよ始まります今日の決闘! 対戦カードは二年A組とB組。 同学年ということで実力は伯仲しているからどちらが勝つかは予想ができない。開始時間は午後一時、つまり十五分後なので、両チームはそれまでに準備を整えておいてねー」
校舎に設置されたスピーカーから陽気なアナウンスが流れて広いグラウンドに響き渡る。
「作戦はちゃんと頭に入ってる?」
委員長の声に集中するために閉じていた目を開く。
「ああ、もちろんだ。大将の囮が中央で敵を引き付けている間に回り込んで敵本陣を叩けばいいんだよな」
「その通りよ。こちらは兵力を分散することになるから中央が持ちこたえている間に決着をつけないと物量差で押し込まれるわ。迅速な行動がこの戦いにおけるもっとも重要な点だわ」
「もちろん間に合わせてみせるさ」
「あら、遅刻の常習魔が言うセリフとは思えないけど」
「これからは遅刻をしないって誓ったからな」
俺の言葉に委員長はいつもの仏頂面を少しだけ崩して笑った……ような気がした。
「別動隊は私とあなたを含めて七名。いずれも運動部に所属しているから個人の身体能力は高いけど厳しい戦いになるのは覚悟しておいて」
七人か。心許ないな。
でも三十人クラスで言えば二割ほどだ。これ以上減らしてしまえば中央が危ういことになるか。
「でも運動部をこちらに抜いて大丈夫なのか? ある程度は持ちこたえてくれないとダメなんだろ?」
「その点は抜かりないわ。運動部以外は使い物にならないってことはないの。適材適所。正面から戦うのが苦手でも罠を張る方が得意な人間だっているものよ」
委員長を信じよう。俺が考えるべきことは人の心配ではない。自分がいかに早く敵本陣にたどり着けるかだ。
「試合開始まで残り十秒。九、八、七……一、ゼロ!」
一時のチャイムと同時に、グラウンドに設置してある巨大スクリーンに映し出された両軍が動き出した。
決闘は学校きってのイベントなので近隣の住民は暇さえあれば観戦にくる。
巨大スクリーンはそんな彼らのため用意されたもので、かなり高い場所にあるから本陣や主力からも離れた位置にある俺たちでも確認することができるのだ。
画面上に映ってている自軍から一騎の人馬が飛び出していく。
今回のような小規模な決闘において貸し出される馬はそれぞれ一頭ずつ。大抵は討たれてはマズイ大将が使うことになっているが、
馬と共に颯爽とグラウンドを駆ける派手な甲冑の人物は敵陣ギリギリまで接近し、これでもかと挑発してから本陣へと戻っていったのだ。
「おのれ! ふざけやがってあいつが大将だ! 打ち取れー!」
小ばかにされたと思って激情に駆られた敵軍は、甲冑の男の後を追うようにして前進を開始した。
一方で俺たちの軍はというと、偽大将をすみやかに受け入れると共に、先ほどの大胆不敵な行動から一転してジリジリと後退していく。
時間を稼ぐことが目的とはいえ、あまりに消極的な行動に俺は首をかしげる。
これでは敵が疑いを持ってしまうのでは?
だがその心配は杞憂に終わる。
あと少しで両軍が激突するといったところで、突出した敵の生徒の一人が転倒したのだ。
中継のカメラがズームをすると、透明で見えずらいがワイヤーのようなものが張ってあるのが見えた。
これは気づけないな。
勢いよく走っているところにこんなのがあったらそりゃ転ぶわ。
「もしかしてさっきの一騎掛けもこの工作を隠すための陽動?」
「ええそうよ。大将の不在を悟らせないためでもあるけどね」
罠の存在に思わず足が止まってしまった敵軍にむけて、俺たちの軍は後退から反転して一斉に攻めかかった。まさか攻撃してくるとは思っていなかった敵軍はとっさのことに防戦一方だ。
「いい具合に注目を浴びているわ。いまのうちに私たちは行くわよ」
「わかった」
戦場と名のつく学校は決闘をするために広大な敷地を保有している。ウチの学校でいえば東京ドーム十個ほど。ちょっとしたテーマパークが開けそうなほどだ。ハハッ。
まあそれだけの土地があればグラウンドももちろん通常のものより遥かに広い。
しかもただ広いだけではなく、小高い丘や雑木林などのバリエーションに富んだ地形を含んでいるのだ。
俺たちはその中から木の生い茂る道を選び、中継のカメラに映らないよう体勢を低くしながら進んでいく。
「これはきっついな」
思わず弱音が漏れてしまう。
「相手本陣までまだ半分程度よ? 」
「そうは言っても木々の間を潜り抜けながらハイハイで坂を上るって中々にハードだぜ」
「女子である私が頑張っているのに、男のあなたが根を上げるだなんてだらしないと思わない?」
「お前が異常なだけだ。ほら後ろを見ろよ。運動部の奴らですら腕がプルプルしてんじゃねーか」
「それじゃまるで私が体力バカのメスゴリラだと言っているみだいだ。心外ね」
そこまで言ってねーよ。
「不甲斐ない男子のために、いったんここで休憩を取りましょう」
「いいのか? 時間はあまりないんだろ?」
「計算上ではまだ向こうは持つはずよ。それにこんな状態で敵とやりあえないでしょ」
「それもそうか」
背中の荷物を地面におろし、その場でへたり込む。
他の奴らも同じだったようで座ったり寝転んだりしている。
「しっかり水分は補給しておきなさい。十分後に出発よ」
俺たちは荷物から水筒を取りだす。
蓋を開けると甘い香りがした。水ではないのか。
「特別に調合したスポーツドリンクよ。水分だけじゃなく体力を回復させようと思って作っておいたの」
俺が水筒の匂いをかいでることに気づいた委員長が説明してくれる。
事前にここまで準備をしてくれるだなんて協力を頼んで正解だった。
敵にすると厄介だが味方だと頼もしい。
ぐいっと水筒をあおるとひんやりとしたスポーツドリンクが体に染みわたる。
「どう? 一息ついた?」
「ああ、ありがとう。元気が出たよ。みんなも……ってあれ?」
そう言ってまわりの奴らへ振り返るが、みんな地面に横たわっている。
さっきまで少し騒がしいくらいだったのに一人も声を発していない。
近くにいた生徒に駆け寄ってその様子を窺ってみると、
「寝ている? 」
すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
他の奴らも口からよだれを垂らして居眠りをしていた。
中にはいびきをかきはじめるものまでいる。
「疲れているからってこんなところで眠るなよ。あと少しで敵本陣だっているのに。おい、起きろ」
肩を揺さぶってみるがまったく目覚める気配がない。
どんだけ熟睡してんだよ。のび太かおまえらは。
「起こそうとしても無駄よ。きっかり十分は眠り続けるように配合したから」
「……それはどういう意味だ? 」
「頭の回転がにぶいわね。私が彼らを眠らせたって言ってるのよ」
「なんのためにそんなことを……」
疲れを取るためだったらいいなー。
「たとえばもし、ここへ敵軍がやってきたらどうなるかしら? 戦えるのはあなただけ。多勢に無勢できっと負けるわね」
「裏切ったのかっ! いつから! 」
「最初から。あなたのことを嫌っている私が本当に協力すると思っていたの? 」
くっ……。
なんてことだ。始めの一歩から間違えていたのか俺は。むざむざと獅子身中の虫を抱え込んで、これじゃ戦う前から負けていたようなものだ。
いや待て。だとしたらこの状況は少しおかしい。
「そうだ。不自然だ。委員長が水筒に睡眠薬を入れていたことは分かったが、ならどうして俺のには入っていなかったんだ。もし俺のにも入っていたら眠ったまま負けていたはず。わざわざ起こしておく必要はない」
「あなたの絶望する顔が見たかったら、という理由ではだめ? 」
「それだって眠らせたあと目覚めた俺を見ればいいだけだ」
眼鏡に光が反射して表情の読めない委員長はため息をついたかと思うと、試合前の時は違い今度ははっきりと笑った。
「一応、ちゃんと頭は使っているのね。いいわ理由を教えてあげる」
ごくりと唾をのむ。
「言っておくけど裏切っていたことについて事実よ。B組の友人から頼まれていたことだし。なにより私はあなたと猿田のことが嫌いだったからちょうどいいとも思ってた。もっともそれは睡眠薬を使うなんて回りくどいことじゃなく、この先の分岐点で敵が待ち構えているほうへ誘導するっていう簡単なものだったのだけど」
「じゃあどうして」
「あなたがクラスのみんなの前で聞いてるこっちが恥ずかしいことを語っていたときにね」
やめて! 思い出せないで! つうか自分がやらせた癖にひどい言い草だ。
「不覚にもこの先のストーリーを見てみたくなったのよ」
あの演説は委員長にの心にも届いていたのか。
「だからといって友人との約束を破るわけにもいかない。そこであなたの覚悟を見てから判断しようと思った」
どこからか取りだした木刀を構えた委員長。
「私に勝てたのなら正しい道を教えるわ。もし負けた場合は……」
「場合は?」
俺も荷物から木剣を取りだす。
「ふふふ、その首を持っていくだけよ」
言葉と共に間合いを詰めてきた!
ちっ、はやい。
剣を横に構えて委員長の打ち下ろしを耐える。
ちゃんと防いだはずなのに両手が痺れ、衝撃は体を貫いていく。
こいつただもんじゃねーな。
「もしかして武芸を修めていたりする? 」
「言ってなかったかしら。うちは剣の道場を開いているのよ」
まじかっ!
どおりで異常な体力していると思ったんだ。
学級委員はインドア派という思い込みを逆手にとられたわけだ。……いや、こっちが勝手に勘違いしてただけだが。
謎は解けたが問題は解決していない。
鋭い打ち込みと華麗な足さばきに防戦一方で反撃の糸口を見つけることができない。
細い体して何て剛腕なんだ。本当はゴリラの血を引いているんじゃ。
「……なにか失礼なこと考えていない?」
こいつ、心を読めるのか。
「顔に書いてあるのよっ!」
「ぐはっ」
鍔迫り合いから無防備になっていた腹に蹴りを叩きこまれる。
息が詰まるってのはこういうことを言うんだな。身をもって体感したぜ。
乱れた呼吸を整えて追撃に備えるが、予想に反して委員長はその場を動いていなかった。
「?」
「大切なことを忘れていない? 決闘が始まる前にも言ったけど、この戦いは時間との勝負。私に夢中になるのは構わないけどその分勝機が失われていっているのよ」
「っ!?」
そうだった。
数で負けている中央が耐えている間に別動隊である俺たちが勝負を決めないといけないのに。
俺は攻撃を防いでいるだけでまったく攻めてすらいない。
実力者である委員長に対して闇雲に攻撃するのは愚策だが、防戦の果てに勝利を得たとしても決闘に負けては意味がない。
ここは覚悟を決めるときだ。
「良い目になったわね」
そう言って委員長は踏み込んできた。
三歩だ。たったそれだけで俺は彼女の剣の間合いに入ってしまう。
おそらくは上段からの振り下ろし。突きや横なぎはない。思い返せば彼女はそれ以外の攻撃方法をとっていない。もし変幻自在に攻撃されていたら経験の浅い俺ではあっという間に翻弄され地面を舐めていたはずだ。
これは手加減されていたんだろうな。
残り一歩。
これまでの俺だったらその場で防御姿勢をとって当たればマジで死にそうな剛剣を防いでたんだろうがそれじゃダメなんだ。
俺は委員長に踏み込みに合わせて一歩踏み出す。
間合いを潰された委員長はそれでも木刀を振ってくる。
恐怖心から手に持った木剣で防ぎたくなるが意思の力で抑え込み代わりに左腕を頭上に掲げる。
グキっ!
「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛」
焼けたような痛みが脳天を焦がす。
不安定な状態からの打ち込みなので威力は相当落ちているはずなのに、受けた左腕のダメージは深刻だ。よくて罅入り、悪くて骨折。
勝負をほっぽり出して地面をのたうち回りたいが、ここが勝負の分かれ目。
痛みで勝手に目から出てくる涙を流しながら委員長の体にぶち当たる。
そして押し倒すような形で彼女の首元に木剣を突き付けた。
「私の負けね」
その言葉に握っていた木剣が手から落ち、俺は安堵のため息をつく。
勝った。勝てた。勝利だ。
少しずつだがその実感が体に浸透していく。
「いよs「いつまで私の上に跨っているの? この状況を彼らはどう思うのかしら」……え?」
勝利の雄たけびをあげようとした瞬間に不意打ちのごとく差しこまれた彼女の言葉に背後を振り返ると、やけに剣呑な目つきの仲間たちがそこにいた。
「あ、あれ? 眠っていたんじゃ?」
委員長は腕につけていた時計を見て、
「ちょうど十分よ。時間ピッタリね」
そういえば、そんなこと言ってたなーと思わず澄み切った空を見上げる俺だった。