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さてここで戦場学園について語っておきたいと思う。
戦場学園とはこの街、戦場市の由来ともなってるほど歴史のある学校であり、俺の通っている戦場高校も含め小中高、あとは分校なども合わせると数十はあるほどのマンモス校だ。
その教育理念はシンプルで、勝つことである。
昨今の受験戦争などを思えばごく当たり前ともいえるのだが、この学園の他に類を見ない特徴として、その理念は恋愛にまで及ぶのだ。
好きな相手は決闘に勝って奪い取れ。
それだけ聞くと人間を物扱いしているように聞こえるのだが、語弊が無いよう言っておくと当然、相手と自分双方の同意が必要になる。
だから好きでもない相手の物に無理やりなることはないしNTRこともない。
そこを勘違いした他所の街の奴らがネットで非難してくるのには困りものである。
分かりやすく言えば学校公認のカップルになるための通過儀礼とでもいえばいいか。
良い男なら好きな相手を手に入れる為の覚悟を示せ、良い女はそこまでして欲しがれる器量を見せろ。こんなところだ。ごくたまに男女逆の場合もある。その時は例を見ない程盛り上がりテレビ中継されるほどの大イベントになるのだが。
この独特な風習は歴史をたどれば江戸時代にまで行きつく。
徳川軍の勝利で長かった争いの世は終わり平和な時代へと進んでいくのだが、その平和に馴染めない闘争が遺伝子レベルにまで染みついた武士たちの間には闘志がくすぶりつづけていた。
それを放置していればいずれ戦国の世に戻ってしまうことは目に見えていた。国家安泰に腐心する徳川幕府は一つの代替手段を思いついた。それが疑似戦争。国を取り合う代わりに、金、刀、はたまた娘など、互いに大切なものを賭けて戦う国家公認ギャンブル。武士たちは熱狂しやがて大きな事件へと繋がっていくのだが。
そこから先は近代史の授業になってしまうので割愛しておく。
グローバルリゼーションや男女平等が叫ばれる現代社会に真っ向からケンカを売っているとしか思えない疑似戦争は、形を変え名前を変えて今なお存続しつづけ数百年の歴史を持つもはや伝統文化といってもいいくらいの地位を持った。
とはいえ、それが残っているのはこの戦場学園だけであり悪しき風習として事あるごとに諸外国や他所の街から廃止しろと言われている現状だ。戦場っ子の俺たちとしてはこの伝統がなくなることは困るのだが。ユネスコへの無形文化遺産登録へ国が動いているというニュースがやってたが果たしてどうなることやら。
翌日、俺と木下が提出した決闘申請は即日受理され、日取りは一週間後ということになった。その間はのんびり待っていればいいわけではなく、決闘に向けての準備期間となる。
基本的にはクラス対クラスの対抗戦ということになるのだが、気心の知れたクラスメートが味方だからといって油断してはいけない。決闘とは基本的に攻め手が不利だからだ。
この戦いは相手を手に入れる覚悟を見せる為のものであり、もし相手に相応しくないと思われたら、背中合わせに戦っていた仲間に謀反を起こされる可能性があるのだ。それだけじゃなく、気に入らないからとか、面倒だからとか、リア充憎しとかといった理由で裏切られることだってある。
だから自分の味方でいてくれるようにクラスのみんなとの結束を高める重要な期間なのだ。
昼休み、受付からもらった資料に目を通しながら廊下を歩く。
さて、なにから手を付けようか。まずはクラスのとりまとめ役である委員長と話をつけてから……。
「おーい、義久。ぼーっとしてどうしたんだ? さては木下と喧嘩したんだな。はっは、ざまーみろ」
「うるせーぞサル。俺たち絶交してたんじゃなかったのか」
「そうだっけ? それで何を見てたんだ? ちょっと貸してみろよ」
「あ、おい」
俺が呆れている隙に、手に持っていた決闘のマニュアルをサルに奪い取られてしまった。
「ほうほう、決闘ねえ…………ん? 決闘? え!? お前が!」
「声がデケーよ馬鹿!」
腹に一発ぶち込んでから藁半紙に書かれたマニュアルを取り返す。
ったくこいつは油断も隙も無い。こいつ自身は隙だらけだが。
「そんなとこまで進展してたのか! どうして俺に相談してくれないんだ!」
「いやなんでお前に相談しなきゃいけないんだよ」
「へっへっへ、こう見えてもこの猿田。工作活動にはちょっとした自信がありますぜ」
なんということだ。こんな身近なところにうってつけの人材がいたとは!
「お前にそんな特技があるなんて知らなかったな。で、一体どんなことができるんだ?」
「粘土で現代オブジェなどを」
「それは図画工作だ!」
「ぐはっ!」
もう一発ぶちこんでおく。ボディーが隙だらけだ。
レバー、レバー、レバー。
「ふっ、良いパンチだ。腕を上げたな……」
「一瞬でもお前に期待した俺が馬鹿だった」
「み、見捨てないでー。なんでもやりますから」
亡者のように俺の足に両腕をしがみつかせ懇願してくるサル。
うっとうしい。もう片方の足で踏みつけてやろうか。
「じゃあ、委員長がどこにいるか探してくれ。あいつ昼休みになるといなくなるからさ。見つけたら教室に戻ってくるように伝えて欲しい」
だが協力したいというならあまり無下にはできない。遺憾なことながらこいつも戦力の一部ではあるのだ。微力も微力。百パーセント中で言えば小数点以下だけど無いよりはマシである。
「あいあいさー」
元気よく返事をするとあっという間に走り去ってしまった。
あ、おい廊下を走るなっての。教師にでも見つかったら。
「猿田! またお前か! ちょっとこっちにこい!」
「あ、先生。いま極秘の任務中でして。アデュー」
「待てやごらあああ」
言わんこっちゃない。
ぐう。
サルとのやりとりで無駄なエネルギーを使ったせいで腹が減ってしまった。
腹が空いては戦は出来ぬというしな。購買によってパンでも買うか。
遅めの昼飯を食べたあと教室へ戻ってくると、
「人を呼びつけておいて待たせるだなんてさすがは遅刻の常習魔ね」
不機嫌そうな顔の我が天敵ことA組のクラス委員長、福本かな恵が俺を待っていた。
「もしかしてサルからの伝言を聞いて?」
「そう。正直、彼の頭の悪い話を聞くつもりはなかったのだけど内容が内容だしね。脱線したり飛んだりする会話を辛抱強くつづけた自分の忍耐力をほめてあげたいわ」
期待してはいなかったがちゃんと目的を果たしていたとは。
「ところでサルは? 」
「教員室じゃないかしら。私の目のまえで連れていかれたし。それでそんな話をするために私を呼んだのかしら?」
「いや違う。決闘することになったから委員長に力を貸して欲しいんだ」
「何故私が西辺くんに協力しなくてはいけないのかしら。私にとってあなたは嫌いなランキングのトップテンに入る相手なのだけど」
なんなんだそのランキングは。
「ちなみにサルは? 」
「彼の順位は不動の一位。うっとうしい、うるさい、うざいの三Uだし」
そんな奴からの頼みを聞いてくれたのは本人ではないけど奇跡かもしれないな。
「クラス委員の務めとして一応聞きましたが、私にとってメリットのある話ではないわ。用件が終わったのなら自分の席に戻っていいかしら。期末テストに向けての勉強がしたいの」
断られることは想定済みというか、決闘ではよくあることだ。
ここから賄賂や接待、弱みを握っていうことを聞かせたりして仲間を増やしていかなければならい。
しかし、この真面目な委員長相手にそれらが通じるとは思わないし、なにより俺には金がない。
とれる手段はひとつだけ。
「お願いします! 何でも言うことを聞くので手を貸してください!」
誠意を見せることである。つまりは土下座だ。
両足を畳んで手の形は三つ指。額は地面へぴったりと。
我ながら完璧な所作だと思う。
これでダメなら別の方法を考えなければならないが。
「……」
「……」
しばらく沈黙がつづく。
イエスともノーとも答えが返ってこないので顔を上げられない。
靴音がしないから目の前にいることはたしかなのだが。
「いいわ。協力してあげる。でも条件があるわ」
「それはいったい?」
「金輪際、遅刻をして私の手を煩わせないこと。あなたが遅刻することによってクラス委員の私の評価まで下がるのよ」
「わかった。絶対に遅刻はしない」
この程度であれば許容範囲内だ。それで手助けしてくれるのなら安い物。
……学校帰りに目覚まし時計四つ買って帰るか。
「それともう一つ」
委員長のメガネがキラリと光る。あ、なんか嫌な感じがするぞ。
「そうね、時間をとってあげるからクラスのみんなの前でお相手との馴れ初めやらどう思っているかを赤裸々に語ってもらいましょうか」
「……」
なんて恐ろしいことを言う女なんだこいつは。
花も恥じらう多感な時期の青少年に心のトラウマを作れと言うのか。
鬼だ! 悪魔だ! やはり眼鏡をかけてる奴は陰険だ!
「どうしたの? あなたの覚悟はその程度なの?」
「……くっ。やらせていただきます」
「ふふふ、じゃあ放課後を楽しみにしているわ」
それはじごくのじかんでした。
円形状に机が並べられ、逃げ場のない視線の包囲網の中、
ひやかされ、からかわれ、クスクス笑われ。
どこかの遠くの山奥でひっそりと貝になりたいとそう思うほどだった。
とくにサルの野郎。俺が反撃できないのをいいことに今までの鬱憤を晴らすかの如く茶々を入れやがって。決闘が終わったら絶対ぶっ殺してやる。
だが一生分の恥をかいた甲斐あってクラスのみんなは協力を約束してくれた。
俺が主演を務めるリアル恋愛ドラマを聞かされたことで、彼らはこの先の展開に興味を抱いていたのだ。感情移入をしてくれたと言ってもいい。
委員長はこれを予期してあんなことを提案したのだろうか? いやただ俺を辱めたかっただけの気がする。
こうして俺は戦いの準備を整えた。
あとは細かな戦術や部隊編成を委員長と協議をしながら決闘の日を待つだけだ。