空はこんなにも青いのに、
あなたに書いてほしい物語。https://shindanmaker.com/801664より。
「空はこんなに青いのに」で始まり、「それが少しくすぐったかった」で終わる物語を書いて欲しいです。
公園でであった少女と、私の物語。
空はこんなに青いのに、どうして顔を上げないの。
語尾に疑問が僅かに滲んだ独り言に引かれて、顔を上げる。生まれて初めて外に出たの、といわれても納得してしまいそうな陶器のようになめらかでシミ一つない白い肌を惜しみなく晒したノースリーブのワンピースを着た少女が隣にいた。絹のような髪は色素が薄いのか茶髪で、こちらを見る瞳に青い空が反射しているのを幻視した。
「…………………………」
一つ瞬きをして現実を見る。伏せた顔を急に上げたことによるめまいと直射日光によって眩んだ視界が補正され、なんてことはないただの色白の少女が隣にいた。柔らかな髪と大きな黒目はたしかに将来有望かもしれない。そんなことを考えていると、目が合ったことに少女が喜び微笑んできた。どうしたものか。私は、子供があまり得意ではない。そもそも、人とかかわるのが下手なのかもしれない。
「直射日光だけが目当てなの?」
緑地公園のベンチでうなだれていた私の隣に、少女が両手をついて迫る。からまれているのは私のほうだが、世間はどう判断するのだろうか。誘拐犯だと思われるかもしれない。幼女誘拐のテロップと共に流れる冴えない証明写真の私を映像を想像して、鳥肌が立つ。熱中症になるほうが早いはずの気温なのに寒気がした。
「顔色が悪いわ、大丈夫?」
少女が自分の肩掛けかばんから水筒とタオルを取り出す。どれも年齢不相応な無地で無機質な見た目をしていた。差し出されたタオルを反射で受け取ってしまい、処理に困る。汗を、拭いてもいいのだろうか。洗って返すには連絡先を聞かなくてはいけないのではないか。また、ニュースの妄想が脳裏をよぎる。その間に水筒のコップに液体を注ぎ終えた少女が、私を見てまた微笑む。
「汗を拭いて、水分を取ったら日陰に行きましょ」
また、反射で受け取ってしまったコップを覗き込む。透明な水に反射して青空が波打っていた。ままよ、とコップに口をつけ勢いよく流し込む。冷えた水は喉を冷やし、思考を晴らした。受け取ったタオルを少女の頭にかぶせるように乗せて、自分のハンカチを取り出す。口角を上げる。微笑み返したつもりだが、上手く言っただろうか。犯罪者だと思われても仕方がない。
「ね、あなた名前は?」
「……鳴海、です」
年下相手に、何故敬語を使っているのだろう。そもそも何を素直に名乗っているのだ。本来なら、あなたの名前はと聞き返すのが礼儀かもしれないが、はたしてそれは少女相手でも通用するのか。
なるみ、とオウム返しに呟く少女は幼い印象を受けた。どういう漢字を書くのと聞かれたときにどう答えるべきか逡巡し、名前はおろか年も知らないことに気付く。海という漢字はいくつで習ったのだろう。
「まさきー」
遠くから声変わり前の少年とも、ハスキーな女性ともとれる中性的な呼び声が聞こえた。声のしたほうを見ると、人影が見える。今の状況を思い出す。両親に心の中で前科がつくことを謝ろうかとすら思った。
少女がどう答えても、私が挙動不審なら十二分に怪しいのだ。
意味もなく両手が宙を掻きだした私を見て目を見開いて驚き、すぐに面白そうに笑いながら見ていた少女も、二度三度自分の名前を呼ばれ、その声が徐々に近づいてくると、観念したようにため息を吐いた。
「お迎えきちゃった」
大人びた苦笑いを浮かべ、少女が立ち上がる。めまいとは無縁なまっすぐとした姿勢を見上げる。不意にぬるい温度が視界を覆った。反射的にのけぞり、後ろ手をつく。ひやりとした冷たい芝が心地よく手のひらに突き刺さる。ずるりと視界を覆っていた温かさが剥がれる。視界の端に少女のタオルが見えた。
何故と思う前に、少女が目の前にいないことに気付き、左右に目を走らせる。タオルが視界に移る反対側で白い布が翻った。
「またね」
手を振るついでに上を指差し、少女が光のほうへ駆けていく。少女に気付いた人影が頭を下げるところを確認し、頭を下げ返そうとして半分頭に引っかかっていたタオルが完全にずり落ちた。空を見て、と少女の声の幻聴が言う。私はおじぎもせず、少女も見送らず、そのまま芝生に倒れこんだ。上げた手に掴んだままのタオルは空のように青く、しかし目に痛くはない。
そのまま、しっかりと肺に酸素を取り込んで、ゆっくり目を開いた。
「空って、こんなに青いのかー」
間抜けな声がしんとした中に響く。恥ずかしくて、青空色のタオルで目元を隠す。
真夏の強い太陽の光が、木漏れ日となって柔らかく頬に降り注ぐ。それが少しくすぐったかった。