赤い糸
自身のバンド「you're not here.」の楽曲「赤い糸」の小説版。
https://youtu.be/qlv05brVuLg
「もう暖と一緒にはいられないの。」
デートだと思い心を躍らせながら待ち合わせ場所に着いた僕に、ミユは突然こう切り出した。
おかしい。
今日は僕の20代最初の日だし、さらに土曜日。そのせいか街は賑わっている。
さらにデートにはうってつけのいい天気で、明日も休みであることを祝福するかのように綺麗な日暮れで、
それでいて彼女にとっても20代最初の日だ。
僕の頭の中は、いつもより少しいい服を着て、いつもより美味しいお店で夕飯を済ませ、暖かくなりつつあったこの季節を楽しむように散歩や買い物をして、二人で同じベッドで過ごし、あわよくばあんなことをしようとすら思っていた。
そう、端的にいうと特別な日になるはずだった。
聞き間違いかと思い、僕はおずおずとこう聞き返した。
「…え?今なんて…?」
ひどく悲しそうな顔で彼女はやはりこう言った。
「…もう、一緒にはいられないの。」
呆然とする僕に彼女はこう続けた。
「今日はそれだけ言いに来たの。ごめんね、それじゃ。」
本日二度目の別れの言葉が刺さった時点で、もう意識なんてものはとうに切れていたのかもしれない。
どうやって家まで帰ったのかすら覚えていない。
・・・未練がましいかもしれないが、彼女がそんなこと言うはずはなかった。
前日まで彼女は普通に僕のことを好きと言ってくれていたからだ。
ただの「好きだよ。」のたった5つの文字列ではあったけれど、好きでもない人にそんなことを送るだろうか。
ちょっとキツめの冗談だと思い、別れを切り出されるるわけがない理由を探して僕は現実逃避を図った。
僕と彼女は運命を感じさせられることばかりだった。
同じ誕生日だったことはもちろん、同じ趣味で、大学で出会ったその日にはすでに「この人と結婚するのかも」とすら思っていた。
それほどまでに彼女に出会えたことは衝撃的だったのだ。
考えれば考えるほど悲しくなって来て、僕はすぐに寝ることにした。
「一度寝て起きれば全部嘘だったことになるかもしれない。」そう思ってしまったから。
まさか自分がこんな気持ちに縋ることになろうとは、思いもしなかった。
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縋るような気持ちで見た夢は、不思議な夢だった。
暗い広い部屋に僕と女の子の二人しかいない。
さらにその子が声を発するまで僕は女の子と認識することすらできなかった。
ぼやけてしか見ることができないその女の子はこう切り出した。
「あなたは、運命を信じる?信じない?」
「君は誰?」
あまりに突拍子も無い質問にため息をつきながら聞き返した。
「私はそうね、カミサマとでも言っておこうかな。それで?あなたは運命を信じる?信じない?」
「君は今日の僕に追い打ちをかけるためにその質問をしてるの?」
「…あなたの出来事なんて知らないし、興味もない。」
むっとしたように彼女は僕に追い打ちをかけた。
「そりゃどーも…じゃあ聞く?」
僕はなんだか悲しくなって来て彼女に話してスッキリしようとした。
「聞かない。ヤキモチ妬きそうだもん」
「え?ヤキモチ?」
思わぬ単語が出て来て僕は面食らった。
「いいから、質問に答えて。あ・な・た・は・う・ん・め・い・を・し・ん・じ・る・の・?」
ついに怒り始めた。これはちょっと理不尽じゃないだろうか。
そう思いつつも僕は今日の出来事を思い出し、少し考えてからこう答えた。
「…信じ、たい。」
顔はよく見えないが声色から彼女が驚いていることは把握できた。
「意外、ね。もう信じないかと思ったのに。」
まるで今日の僕を知っているかのような口ぶりだった。
「ちょっと待って、君はやっぱり知ってるんじゃ……」
彼女は人差し指を僕の唇に当て言葉を遮ると、こう呟いた。
「あなたの、せいだよ。」
と。
彼女は嬉しそうに笑っているような気がした。
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目が覚めると、ひどい頭痛が僕を襲った。
今日は休みだからとぼんやりと夢のことを思い出していたが、
「せめて起き上がることくらいはしよう。」
そう呟き、立ち上がった。
コーヒーを部屋で入れてベランダの柵に腕と頭を乗せ、ぼーっとしながらコーヒーを飲もうとすると、一本の糸が目に入った。
それは所々に赤い、白い糸だった。もしくは所々に白い、赤い糸だった。