第七話「エイス」
「ねえ、アンタに聞きたいことが事があるんだけどさ……」
二人で魔獣肉を堪能してしばらく経った後、私は気になっている事について思い切って尋ねてみることにした。
彼は焚火の明かりを頼りに武器の手入れをしていたが一旦その手を止め、切れ長の目をこちらに向けた。
「何だ」
「え、えっと……あ、武器!そう、アンタの使ってる武器がちょっと気になってね!」
その整った顔立ちに見られると少しドキッとしてしまう。そのせいで思っていた内容と別の事を尋ねてしまった。
前にも言ったがこの男、中身はアレだが顔立ちだけは相当良い為、たまに今の様に言葉が詰まってしまう時がある。
「ロックグリズリーを倒したときのあの爆発もアンタの武器でやったんでしょ?」
「ああ、アレのことか」
傭兵はそう言うとコートの懐から拳大の楕円体の塊を取り出した。焚火に照らされたそれは森林のような深緑色をしており、片方の頂点には鉄製の部品が取り付けられていた。
「コレを2個ほど奴の口に詰め込んだ」
「それって、確かグランドスコーピオンを倒すときも使ってたわよね?」
彼は無言で頷いた。
あの時は足止めに何個か使っていたが、一個でもかなりの威力だったはずだ。
「手榴弾という」
「シュリューダン?」
「手で投げて使う爆弾だ」
「へ~……それって勝手に爆発したりしないわよね?」
「それは無い。ピンが抜けない限りはな」
彼は鉄の部品部分を指さした。
その部分には鉄製の輪っかが取り付けられている。それが彼のいうピンというモノなのだろう。
(良かった……もし勝手に爆発するようなら気が気じゃなかった……)
まあこの男のことだ、いつ爆発すかもわからない武器を携帯するとも思えないし、そもそもそんなモノ攻撃手段として使えないだろう。
手榴弾をしまうと今度は傭兵が口を開く。
「それだけか」
「え?」
「聞きたいことはそれだけなのか」
「あ、えっと……そうだ!グリズリーに向かって撃ってた銀色のヤツ!あれは何なの?」
「それは……だな……」
そう言うと今度は懐から直角に折れ曲がった銀色の物体を取り出した。
「コレのことか」
「そう、それ!それは何ていうの?」
「これは拳銃という」
「ケンジュー?」
(異世界の武器は変な名前のモノが多いのね)
変な名前というよりも馴染みが無いといった方が適切だろうか。
「その武器ってグランドスコーピオンと戦った時も使ってたわよね?」
「そうだな。まあ、サソリにも熊にも対して効果が無かったがな。……やはり、魔獣相手には役不足か」
「?」
「何でもない」
そう言うと拳銃をまた懐に戻した。
「聞きたいこというのは武器のことだけか」
「あ、ええっと、それも聞きたかったんだけど、それだけでも無いっていうか……」
本来ならば最初に聞こうと思っていたが出鼻をくじかれた(勝手にくじいた)せいで何となく後回しにしてしまった。
少々聞きずらいし、正直今更な感じがする。
だが、それでも思い切って聞いてみることにした。
「えっと……
アンタって名前……何ていうの?」
今更だが私は彼の名前を知らない。
初めて会った時に「傭兵」と言われた為そう呼んできたが、よくよく考えてみればそれは彼の職業の名前であって彼の本名ではない。
それに気が付いたのは良いが彼の纏っている人を寄せ付けない人間味の薄い独特な雰囲気のせいで訊くに訊けなかった。
でも、今は違う。
これまでとは違う彼の一面を知り、彼との距離を縮めることができた気がする。
もう少し、彼のことを知りたい。
「名前か」
「そう!名前」
王都に着くまでの短い付き合いになるだろうけどもう少し彼自身のことを知ってみたい、そう思うようになっていた。それに、
(なんか「傭兵」ってちょっと言いにくいのよね)
傭兵は暫し黙り込むと口を開いた。
「無い」
「え?」
「無い、と言っている」
「そんなのわかってるのよ、名前が無いってどういうことなの!?」
今日だけで何度目かわからない大声のせいで若干喉が痛いがそれでも言わずにはいられなかった
「どうと言われても無いものは無……いや、」
「どうしたのよ?」
「前にAI―Ⅲと呼ばれたことがあったな」
「えーあい、すりー?随分おかしな名前ね」
(それもとも異世界ではそういう名前が当たり前なのかしら?)
それにしても困った。呼び名が言いずらいから教えてもらった名前だが、それも今までと大差ない。
このままでは何の為に聞き出したのかわからないではないか。
「えーあい……エーアイ・スリー……」
「どうした?」
「……よし、決めた!」
「何をだ」
私は立ち上がると勢いよく彼を指さした。
「エイスよ!」
「……なんだそれは」
「あんたの名前よ、な ま え!名無しのままじゃ不便だからこれからそう呼ぶことにするわ」
なかなか良い名前が思い浮かんだものだ。
これまで読むだけではなく様々な創作物を自分で作り、色々な名前を付けてきたが今回はその中でもかなりいい出来だ。
「エイス……エイス……」
彼の口からは噛みしめるように名前を反芻している。
「ええっと、どう?」
「……好きにしろ」
一応の了承の言葉を聞き少しほっとする。
どうやら私の感性は間違っていなかったようだ。
「そ、そう。なら、よろしくね、エイス!」
「……ああ」
短くそう答えると傭兵――エイスは直ぐに視線を外し、また武器の手入れに戻るのだった。
これにてストーリーの3分の1が終了です。
先は長いですが完結に向けて頑張ります。