第六話「美味しいモノは正義!」
前回投稿から二か月も経ってしまいました。
時間が掛かりすぎて申し訳りません
目の前でパチパチと焚き火の薪が爆ぜる音がする。湖に浸かりすぎた上に風に吹きっさらしにされ芯から冷えあがった身体にはとても心地よい。
だが、それ以上に今私の心は踊っているのだ。
その要因は、焚火の周りにある。
ソレは焚火の熱で焼けた石の上で香ばしい匂いと共に潤沢な脂が染み出しており、思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。
「そろそろ頃合いね」
火傷をしないように何枚か重ねた葉っぱでソレを掴む。口へ運ぶ前にふうふうと冷まし、一噛み。
すると、溢れ出してきた脂で口の中が一気に満たされた。甘い脂と程よい赤身の弾力。久しく忘れていた味覚という感覚に稲妻のような衝撃に自然と身体が震える。
「どうした。体調でも悪いのか」
「魔物肉、最っっ高ーーー!!!」
傭兵の言葉も無視して叫んでしまった。だが、そんなことどうでも良かった。ただ今は叫ばずにはいられなかったのだ。
そう、私が今食べているのは先ほど倒したばかりの魔物の肉だ。
魔物の中には食べられるものも存在し、その肉は高級食材として広く知られている。今食べているロックグリズリーもその一種。
食べられ魔物の種類は少なく、その肉の鮮度がとても落ちやすいのだが、それにも魔素が関わっているらしい。
魔物はその他の動物達と違いとても強固な身体をしており、その維持に肉体強化の魔法を常時使っている。生命活動を止めた魔獣の身体からは魔法の源となる魔素が巡らなくなる為、その肉体を維持できず急速に腐り落ちてしまうのだ。
だがしかし、絶命した直後なら話は別である。素早く解体し、血抜きをすることで魔獣肉は幻の美味肉へと姿を変える。
その美味しさは先の通り、一国の姫である私が思わず叫んでしまう程。
香辛料も調味料も薬味もいらない。むしろ肉の質を落としてしまう程。そう思えるほどにロックグリズリーの肉は完成されたていた。
この肉を食べられるのは魔物の生息域近くに住んでいる手練れの狩猟民族くらいといわれている。うらやましい。
ちなみに、ロックグリズリーは傭兵に解体してもらった。
その後も、次々に焼きあがっていく肉を口へと運んでいく。先ほどの失態も全てどうでもよくなる程の快感に身体まで蕩けてしまいそうになる。
「ん~~~!」
何度食べても顔が綻んでしまう。まさかこんな僻地でこんなごちそうに出会えるとは思いもしなかった。
(父様や母様、城の皆にも食べさせたかったな……)
私の帰りを待つ人達のことが頭に浮かぶ。
両親は勿論、城の騎士や侍女達には小さい頃から本当の家族のように良くしてもらっている。その大切な人たちとこの喜びを分かち合えなかったのは残念だ。
ふと、顔を上げればまたしても傭兵が私を見ていた。
「なによ?」
彼の視線に自然と先程のことがフラッシュバックし急に体温が上がり、反射的に胸と下腹部を隠してしまう。事故とはいえ嫁入り前なのに二度も男性の前に裸を晒してしまった。この羞恥は暫く私の頭から離れそうに無い。
「……いや、何でもない」
そう言いまたしても視線を逸らす。傭兵はいつもと同じあの味のしない携帯食料をすすっていた。
「こんな美味しいお肉があるのに、まだそんな味気無いヤツ飲んでるの?」
「これには1日活動するのに必要な栄養素が一通り入っている。問題ない」
確かに、あの携帯食料は味が無い代わりに妙に腹持ちが良く、それでいて魔王の城で出された食事を口にしていた頃より身体の調子はよくなっている。
だが、
「そういう問題じゃないのよ!」
「どういうことだ」
「確かに、生きる為には色んな栄養が必要よ。食事は——食べ物は、体を動かしたり、頭を働かせたり、身体の調子を整えたりするのに必要な物だけど、それだけじゃないわ。美味しい物っていうのは心を満たして、人生を豊かにしてくれるとっても大切な物なのよ。栄養だけを追求して味気ない物ばっかり食べ続けてたら心が死んじゃうわ!」
生きていくためには少なからず刺激が必要だ。
人によってはそれが闘争による高揚感だったり、犯罪を犯す際の背徳感だったり、大切な人と一緒にいる充足感だったり、美味しいものを食べた時の満足感と千差万別。
刺激は心を満たし、己が生きていることを自覚させてくれる。そして、その上の刺激を求め自らをより高めることが出来るのだ。
「刺激の無い人生は死んでいるのと同じだ」と前読んだ物語に書いてあった。
そこまで言い切ったと同時に急に頭が冷えてくる。これは相手の考えを全否定するようなものではないか、と。
「ご、ごめん!あなたの考えを否定しようとしたわけじゃなくて、偶にはいつもと違う物を食べたらどうかな~?って思って……」
傭兵は無言で見つめてくる。
「……ごめん。余計なお世話だったよね」
すると、傭兵が携帯食料を持っていない方の手を突き出してきた。
「くれ」
「え?」
「一切れくれ、と言っている」
思わずポカンとしてしまった。
意外だった。まさか今まで任務以外のことに全く興味を示さなかったコイツが自分から何かを求めるとは思わなかった。
「どうした」
驚きのあまり少し呆けていた私は急いで食べごろの肉を一切れ葉っぱに挟んで渡した。
彼は受け取ったそれをそのまま口に運ぶと数回咀嚼したのち飲み込んだ。
「どう?」
「……どう、とは何だ」
「だから、『美味しいか美味しくないか?』ってこと!」
少し黙った後傭兵は口を開く。
「悪くない」
「悪くないって……」
思わず肩透かしを食らってしまった。
(一国の最上ランクの食肉より更に格上って呼ばれる幻の肉を『悪くない』って……)
バカ舌なのか。いや、もしかしたら物凄く舌が肥えているのかもしれない。……そりゃないか。
すると、傭兵は焚火の近くに置いてあった焼く前の肉の塊に手を伸ばし、持っていたナイフで肉を切り分け始めた。
「何してるの?」
「もう少し食べてみることにした」
「え!?」
「何だ。そんなにおかしいか」
「ううん!」
切り分けた肉を空いている焼き石の上に並べていくのを呆然と眺めていた。
なんだか今日は驚くことばかりだ。
女の子の裸見ても、大岩にぶっ飛ばされて頭から流血しても顔色一つ変えない。口を開けば淡々と「任務の為だ」と言うばかりで、自我というモノが無いようにさえ感じられる。
そんな彼のことを正直同じ人間なのか、もしかしたら生き物ですらない別の何かなのではと心の隅でそう思っていた。
だが、違った。美味しいお肉に偶々興味を示しただけかもしれない。
それでも、これまでとは違う彼の行動に大きな衝撃を受けると同時に、何だか少し笑えた。
(ああ……コイツもちゃんと『人間』なんだ……)
焚火の周りでは焙られた肉に少しずつ焼き色がつき始めていた。