第三話「タオルはどこにしまっていたか……」
またもや遅くなった上に長くなってすいません……。
書いてるうちにアレもやりたい、コレもやりたいとどんどん追加していき気が付いたら長くなってしまいました。
昼食を終えしばらく時間が経ち、太陽が西の地平線に沈みだした。
傭兵に「移動は敵に見つかるから日が沈んでからだ」と言われすることもなく、昨日貸してもらった寝具を畳んでいると傭兵の乗り物が目に入る。
騎馬よりも何倍もの速さの出る異世界の乗り物。ソレに興味が出た。
「ねえ、傭兵。その乗り物って何なの?」
「バイクだ」
「ばいく?」
「そうだ。俺の世界の乗り物の一つだ」
「何でできてるの?」
「材質は様々な金属やゴム……弾性に富んだ物質等でできている」
真っ黒なその乗り物――バイク――には前方と後方にそれぞれに車輪が付いておりその間に座席がついてある。
前輪の上には2つの棒が車体の両側に突き出ており、昨夜彼が運転していた時はそれを握ってバイクを操っていたことから恐らくそれが騎馬で言うところの手綱に当たる部分なのだろう。
「バイクってさ私にも操縦できるかな?」
「無理だな」
「即答……」
「当たり前だ。コレは一朝一夕では動かせる代物ではない。それ相応の訓練が必要になる」
傭兵に畳み終わった寝具を渡すとバイク後輪に付いている革製の荷物入れにしまいこんだ。
「ねえ、せめてこれからどういう経路で帰るのか教えてよ。私ここが『西の荒野』のどこなのかあんまりよくわかんなくて……」
「そうだな」
傭兵はバイクの荷物入れから地図を取り出し、薄暗くなった地面に広げた。
彼が地図真ん中の王都を指を差すとそこから真っ直ぐ西に指を滑らせる。南北を分断する大きな山脈を越えると荒野地帯が現れそこで指を止めた。
そこには荒れ果てた大地を示す動物や人の骨、そして魔物の絵が描かれている。
「お前が言った通りこのあたり一帯は『西の荒野』という場所だ。位置はお前の国の王都からほぼ真西。魔王の城はそのど真ん中にある。今俺たちがいるのはそこから幾ばくも離れていない地点だ」
そこに城の様なものは描かれてはいない。山脈から西は魔物の生息域であるのと、王国の領土外なので測量の手が回っていなかったからだと思われる。
それを見て私は随分と遠くまで攫われてしまったことを改めて実感した。
「で、ここからどうやって帰るの?」
王国と西の荒野との間には険しい山脈が南北にそびえ立っている。
山頂付近は刃の様に鋭く尖っている上に常に極寒の突風に凍りつき、研ぎ澄まされている為並みの刀剣より切れ味があるとまで言われている。
以前読んだ本には『かつて山を越えようとした偉大なる鳥の魔物が山頂に触れてしまった為細切れにされてしまった』と書いてあった。
普段はこの山々が壁の役割をしており、西の魔物達は王都、ひいては王国内にはあまり入ってこない。
だが、今の私達にとってはこの山脈は王都へ帰るための最難関と言えるだろう。
普段私や国民達を守ってくれてる山達が今は1番の難敵になるとはなんたる皮肉だろうか。
「俺達はこのまま山脈を北回りで迂回し王国へ入り、そのまま王都に向かう」
「え!?」
山脈は生半可な長さでは無く、その北端もも南端も別の国の領土に含まれている。そこを一国の姫が護衛1人だけで通り抜けるのは無茶にも程がある。
「お前が言いたいことはわかる。許可無しに、それも国の王族が別の国の領内に入るのは不味い。おまけに護衛は俺一人だ。だが、俺がお前を抱え、あの山脈を越えるのはそれ以上に現実的では無い」
「でも……」
「このルートを選んだ理由はそれだけでは無い」
私は俯いていた顔を上げた。彼はそれを意に介さず淡々と続ける。
「山を越え、直接王国に入るルート……正確にはこの荒野地帯から山脈までの道には魔物どもが待ち伏せをしている可能性があるからだ」
「なんでそう言えるの?」
「それはお前が一番よくわかっているだろう。周辺諸国に波風を立てず、且つ、最速でこの魔物が蔓延る場所から王国に帰還するには、このまま荒野地帯を真東に直進し、山脈を横断するのが最善。であるならば、そのルート上で待ち伏せをするのは自然な事だ。奴らもそこまで考えが及ばないほど愚かでは無いはずだ」
彼の言い分は理に適っている。魔物という生き物は馬や犬といった動物とは違い多かれ少なかれ知性がある。
頭がいい個体ならば人間を超えるものもいるとか。ならば私達の行動を先読みして策を講じているのはあり得る話だった。
だが、
「それはあくまでアンタの予測でしょ?そうなるとも限らないし——」
「根拠ならある」
「え?」
「全く追手が来ないからだ。昨夜吹っ飛ばしたのが魔王の全配下であるはずが無い。俺が奴らの立場なら、俺たちの逃走経路上に同様の罠があることを警戒し、追いかけるのではなく、先回りして待ち伏せるはずだ。だから俺たち山脈を横断するルートではなく迂回するルートを通らなければならない。まあ、国境については多少強引に突破することになるがな」
そこまで考えていたとは驚きだ。この魔物の生息域のど真ん中で、ここまで冷静に状況を分析できるとは。クールなのは顔だけではないようだ。
いや、それ以前にだ、
「あんた……どんだけこの世界のこと知ってんのよ」
「任務を請け負った際に一般常識は勿論、魔物や周辺の国のことも調べ上げている。言語に関してはこの世界に呼ばれた時に魔法だか魔術だかで自動的に翻訳がかかるようになったと王が言っていたな。聞きたいことはそれだけか」
「あともう一つ。王都に着くまでにどれぐらい掛かる?」
「一か月……いや、それよりもかかるだろうな」
「い、一か月!!?」
それなりの日数がかかると覚悟していたがそんなにかかるとは思っていなかった。
それまでこの無神経表情筋鉄仮面男と一緒にいなければならないとは一体何の拷問か。
「そんなにかかるの……?」
「当たり前だ。俺一人ならもう少し短縮はできるが、お前を連れて王都を目指すとなるとそれくらいは必要になる」
「はぁ……」
そうこうしているうちに日が完全に落ち辺りが暗くなってしまった。
「そろそろ時間だな。乗れ。出発する」
「うぅぅ……」
声にならない泣き声を上げながら、傭兵から兜——ヘルメットというバイクに乗っている間頭を守るもの——を受け取り被る。そして、先にバイクに跨った彼の後ろに乗り、その胴に手を回し、背中に身体を預けた。
(うう、広いよう……おっきいよう……)
太陽と共に沈んだ私の気持ちを知ってか知らずかバイクを起動させ、走り出した。
それから数日後
私の予想通りこの旅路は楽なものではなかった。
彼の言っていた通り追手は最初の夜以降無かったが、あの後も続いた夜中の行軍と味の無い食事のせいで徐々に時間感覚や味覚が無くなり、変わり映えのしない荒野の景色に進んでいるのかさえも怪しくなっていた。
おまけに日中容赦なく降り注ぐ日の光のせいで全身汗でベトベトだ。
このままでは女としての尊厳すら危うくなってしまう。
(ああ、お風呂……せめて水浴びがしたい……)
沢山の水に浸かって汗を流したい。溜まった疲れを癒したい。
そう思っていたある日の深夜。急にバイクが止まった。
「今日はここまでだ」
気が付けば周りは荒野地帯ではなくなっていた。
周囲には大人が数人手をつながなければ囲むことが出来ないほど大きな木々が針のような葉を枝に付け聳え立ち、足元には雑多な種類の草花が生えている。
あたり一帯を森特有のひんやりとした空気が漂っているが、それが今まで荒野の直射日光に慣れた身体には少し肌寒く感じる。
数日前、帰りの道筋を聞いた際に見せてもらった地図と周囲の気候、植物たちの種類から、現在の位置を推測する。
「ここって……北の大森林?」
山脈の北端を取り囲むように存在する大きな針葉樹の森林にして私達の旅路の折り返し地点。
それが北の大森林だ。
(もう半分まで来たんだ。日数間違えたのかな……?)
意外だった。傭兵は帰還するまで約一か月かかると言っていたのにこの旅を開始してまだ十日もたっていない。
そんな疑問が浮かびながらも私の言葉に応えるように傭兵は続く。
「そうだ、ここで水を補給する必要がある」
その言葉に私は耳を疑った。
「水?水あるの?ここに!?」
「当たり前だ」
彼が指をさす先に底の浅いが川が流れていた。あんな近くにあるのに全く気付かないとは思った以上にこの旅で消耗しているみたいだ。
だがこれで念願だった水浴びが出来ると思えば自然とテンションが上がってくる。
「もう少し森の奥に行くぞ。アレでは浅すぎて水を汲むのに適していない」
「そういえば、なんで水汲むの?飲み水なんてまだ十分あるじゃない」
飲み水にはまだそれなりの貯えがあった。その上彼からもらう食事(?)は水っ気が多く私たちはそんなに水を消費していない。故に私はここで水を補給する意味が見出せなかった。
「飲み水ではない。コイツに使う」
そう言って傭兵は乗っているバイクを小突いた。
「このバイクは日光と水で発電し、蓄え、動く仕組みになっている。ここまでの道程で日光は十分だったが蓄えていた水がもうすぐ底をつくことがわかった。だからこの森で補給する必要がある」
まるで植物の様だと思ったが、よくよく考えてみれば中々に便利な代物である。馬よりも速く、それでいて動かすのに必要なものがどこにいても手に入る水と日光。
もしかしたら彼のいた世界とはこの世界よりもずっと発展しているのかもしれない。
私たちは川を遡って森に入る。
太陽はとっくに落ちている為木々の奥が見えずシンと静まりかえっているせいで背筋が冷たくなったが、しばらく歩いているといくつもの川が一か所に集まっているのが見えた。
「うわぁ……」
そこには思わず感嘆の声を上げてしまうほど大きく、そして美しい湖があった。
透明な水は底を泳ぐ魚や水草を影までハッキリ映し、無風の水面は鏡の様に周囲の木々を写し月光に照らされキラキラと宝石の様に輝いている。
静謐な空気を湛える森の中は、まるで物語の一節にでてくる妖精の森そのものだった。
しばらくその光景に魅了されていると隣にいた傭兵が無言でこちらを見ていた。
「な、なによ?」
「いや、何でもない」
そういうとバイクを湖から少し離すと座席の下から長方形の物体取り出した。きっと水を溜めておくための入れ物なのだろう。
「行くぞ」
「どこに?」
「もう少し水深が深いところを探す。この辺りは浅すぎて汲むときに砂などの不純物が入ってしまうからな」
湖の水深は私たちが今立っている所から奥に行くにしたがって徐々に深くなっており、最奥では底が見えないほどの深さだった。
「あー、あのさ私ここで待っててもいいかな」
「何故だ」
「ほら、誰かがバイク見てないといけないじゃん?」
チャンスだ。
水浴びをするにあたってこの男は一番の障害。今まで何度もみっともないところを見せてしまったが流石に嫁入り前の、それも姫である私の裸まで見せるわけにはいかない。
これまで護衛をしてもらっていたため四六時中ずっと一緒だった為いつ目を盗んで水浴びしようかと考えていたところに舞い込んできた、正に千載一遇の好機。
これを逃せばもう後は無いだろう。
「だが——」
「それにさ、今までの旅でちょっと疲れちゃってさ。見張りながらここで休んでてもいいかな?」
「……」
傭兵は無言で私を見つめる。
「や、やっぱりだめ……かな?」
暫くするとようやく彼は口を開いた。
「わかった」
「え!いいの!?」
「ああ。何かあったら叫ぶなりして知らせろ。お前の声は良く響くからな」
「うっさいわ!」
傭兵は入れ物を抱えると、そのまま湖岸に沿って奥へ行ってしまった。
思いのほかあっさり達成してしまったことに拍子抜けするがこれでようやく一人になることが出来た。
この時を逃してはいけないと早速行動に移す。
近くにある岩場で手早く服を脱ぐ。着替えはいつもお城のメイド達にやってもらっていたが、十五年間も毎日やってもらっていると流石に自分でも覚える。
服と共に下着と装飾品も脱ぎ去り手ごろな岩の上に置く。
いざ湖へ。
水深の浅いところから入ろうとつま先を湖面へとつけるとそこから綺麗な波紋が浮かぶ。水温は低いがこの際文句は言ってられない。
つま先から、踝、膝、腰と前に進みながら少しずつ水に沈めていく。
「――――――ッ!!」
徐々に体温を奪われ、思わず悲鳴を上げそうになるも寸でのところで押し留まる。
ここで声を上げようものなら傭兵が戻ってきてしまう。そうなれば水浴びの機会はもう二度となくなるだろう。
そのまま顔ごと一気に全身湖につける。目を開けばそこは水の上から見たモノとはまた違った景色が広がっていた。
数匹で群れを成して泳ぐ魚。
流れに逆らわず揺れる水草たち
底の砂地で何かを漁る甲殻類。
その全てが水面から降り注ぐ月光を浴び幻想的な風景を醸し出していた。
(綺麗……)
きっとこの光景はお城の中で生活していたら一生見ることはできなかっただろう。
暫し水中遊泳を楽しみ、そろそろ水から上がろうとした瞬間、私はあることに気が付いた。
「あ、タオルないんだった……」
傭兵の目を盗むことばかりに気が向いていたせいですっかり忘れていた。
魔王に着の身着のまま攫われた為、今現在私自身が所持している物は衣服を除けばほぼ無いと言ってよい。
(どうしよう……)
水浴びを経て下がった体温が夜風でさらに冷やされ、身体が小刻みに震えだす。
このままでは間違いなく風邪を引いてしまうだろう。早くなんとかしなくてはならない。だがどうする?
こんな森のど真ん中でタオルの代わりになるものがあるはずが無い。
(こうなったら一か八か)
バイクの所まで走って荷物入れの中を探す。もうそれしかない。
覚悟を決め、駆け出そうとした瞬間――
「タオルならここにある」
「へ?」
声と同じ方向から少し使い古された二枚のタオルが投げ込まれる。その方向に顔を向ければこの数日で見慣れた鉄仮面が立っていた。
「どうした。早く拭かないと体調を崩すぞ」
「に、に……」
今さっきまで凍えそうだった身体がみるみる内に熱くなっていくのがハッキリわかる。
そして、今の私の顔がどんな色をしているのかも。
「にゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」
渡されたタオルを受け取らずに全力疾走で近場の岩陰に飛び込んだ。
「いいいいいいいつから、いつからそこにいたのよおおおおお!?」
「お前が悠々と泳いでいた頃——」
「うるさい!だまれ!忘れろ!!」
自分で聞いておいてあんまりなのは良くわかっているが今はそれどころではない。
こんな展開これまで本でいくらでも読んできた。もし自分が同じ目に合ったらどうしようか山ほど想像してきた。
だが実際口から飛び出すのはお決まりのセリフばかりだ。
(見られた……アタシの裸……全部)
羞恥で身体中隅から隅まで真っ赤になっているのが嫌でもわかる。
自然と目頭に涙が溜まり今にも零れ落ちそうになる。裸を見られるのは自分が思っていたよりずっとショックだったようだ。
暫くすると再び傭兵の足音が聞こえてきた。
「っ、こっちくんな!」
「――すまない――」
思わず顔を上げ岩陰の向こうを見た。
そこにはいつも通り何を考えているのか分からない無表情な顔をした彼が私が置いてきてしまったタオルを持って立っていた。だが、その顔にほんの少し「悲しみ」のようなものが見えた。
「お前が……そこまで取り乱すとは思っていなかった」
「あ……いや、こっちこそゴメン。言い過ぎたし、不用心だった」
互いに居た堪れない空気を醸しつつ、手渡されたタオルを受け取ろうとした瞬間――、
「え?」
いきなり腕を掴まれ、岩陰の反対側へ引きずり込まれた。
「ちょ、いきなり何なのよ!?」
「静かにしろ」
口に人差し指を当てたまま反対側の手で岩の向こう側――たった今私が居た側――を指さす。
恐る恐る岩陰の反対側を見ると、そこにはたった今森から湖畔に出てきた一匹の動く影があった。
見た目は熊そっくりなそれは、而して熊では持ち得ない岩のような硬質な皮膚を持っていることから世間一般ではこう呼ばれていた。
「ロックグリズリー……!?」
次回、戦闘