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第二話「真に不味いものは味が無いものなんじゃないかしら?」

更新遅くなってすいません


 肌を刺すような熱線と身体にまとわりつくような熱気によって意識が覚醒へと向かう。

 瞼を開けばそこには雲一つないような真っ青な空とカンカンと照り付ける太陽があった。


「あっっづい……」


 そこは岩にまみれた荒野のド真ん中のでも数少ない周りから身を隠せそうな岩陰だった。

 薄い寝具から這い出ると全身が痛い。ほとんど地面に寝転んだようなものなのであたりまえか。


(あれ、私なんでこんなところにいるんだっけ?確か私、魔王に捕まってたはずじゃ……)

「ようやく起きたか」


 声の方を向くと、そこにはこのクソ暑い中首から下を黒いコートをメインに黒一色で統一した男がいた。

 彼は近くの岩に腰掛けながら手のひら程の大きさの二つ繋がった筒を覗き辺りを見廻していた。


「朝はとっくに過ぎた。もう直ぐ昼だ」


 表情を一切変えず淡々と言う。


(あー思い出した……。色々思い出してきた)


 牢屋の壁ごと吹っ飛ばされたこと。その後窒息しかけたこと。魔王の手下達に追われたこと。

 そして、この男のこと……。

 昨夜にあった様々な事が脳裏に蘇る。

 きっと、私は今苦虫を噛み潰した様な酷い顔をしているに違いない。



 〜昨夜〜


 月明かりの下で私は唖然としていた。

 一体でいくつもの村や町を滅ぼすあの大型の魔物グランドスコーピオンをたった一人で倒してしまった、この男に。

 彼は目の前で肉塊と化したグランドスコーピオンには目もくれずに周囲を見回し次なる敵が来ないかどうか警戒している。


(そうだ、ボーっとしてないで何か話さないと!) 


「ね、ねえあなた誰?何者なの?」

「ん、ああ、まだ言ってなかったか」


 そう言って振り返ろうとすると私達を結んでいる紐が身体に食い込んできた。


「あイタタタタタタ!!」

「少し待て」


 男は腰のベルトからナイフを取り出し紐を切る。


「この紐何なの?」

「気を失ったお前がバイクから落ちないようにする為の紐だ」


 私は乗り物から降りるとようやく彼の全貌を見ることができた。

 身長は恐らく私より頭一個から一個半ほど高く、黒いコートとその下に同じく黒い衣服。おまけに真っ黒い謎の乗り物に跨っているという徹底した全身黒ずくめ。

 そしてイケメンで三白眼。

 想像していた王子様は白馬に跨り真っ赤なマントや真っ青なお召し物を着ていたりして全体的に明るい印象だったがこの男の場合その真逆。

 全身を黒で統一したことによって闇夜にきらめく抜身の剣のような鋭く、怪しく、謎めいている印象がある。


(アリね!!)


 全身を黒で統一したことによって鋭い目や整った顔立ちがより一層引き立っている。

 理想としていた王子様像とは正反対だけどこれは全然アリだ。


 次に注目したのは装備。

 見たことのない服装、武器、乗り物。

 特に武器と乗り物はどんな作りになっているのか全く分からない。だが、これらを駆使してあのグランドスコーピオンをたった一人で倒してしまった。

 こんなことできる人はこの世界を探してもそうはいない。

 つまり、


(無双の力を持つ異世界の勇者様!)


 それならばあの強さも、見慣れない服装にも説明が付く。

 彼の無双の力というのはきっと乗り物や武器のことだろう。

 そうなればこの後の展開は自ずと読めてくる。


(きっとこの後私達にはいろんなことが起きて、互いに絆や愛情を深め、愛し合う中になったり。でも彼には元の世界に帰らなければならず、私と元の世界との間で気持ちが揺れ動いたり。でも、そうやって悩んでるうちにどんどん時間が無くなってきて……。ああ、私はどうしたらいいの?彼とずっと一緒にいたいけれど、彼の世界には帰りを待つ者がいて、彼を悲しませることはしたくない!そんな出来事が起こったりしてうっへっへっへっへっへ)

「おい、何を一人でほくそ笑んでいる」

「うへへへへへへ……って、うええええええええ!?」


 どうやら妄想が顔に出ていたらしい。


「俺が誰なのか聞きたかったのだろう」

「そ、そう!そうよ!あーでも、その前にやっぱり私から先に言わせて、ね?」


 今の失態で発生した自分への悪印象を何とか無かった事にしようと強引に自己紹介を始めた。

 髪やドレスについた砂埃を払い、咳払いの後精一上品な声でカーテンシーをする。


「改めまして、助け出してくれて本当にありがとうございます。私はソ——―」

「知っている。ソニア姫だろう。身長157C(セルリ)体重50K(キーム)。三度の飯より読書が好き。暇さえあれば城下の書店を巡り本を買い漁っている。幅広い種類の物語を読み、特に純愛・冒険譚を好む。さらにここ最近は自分で創作をするようになり、題名は―――」

「ストップ!ストップ!!ストーーップ!!!」


 淡々と言葉をつなぐ男の口を手で塞ぐ。このまま自分の妄想の塊について暴露されたら心臓が持たない。


「あああああんたなんでそんなこと知ってるのよ!?」

「仕事柄ターゲットのことは事細かく調べ、行動パターンを把握しておくようにしている。予想外の動きをされては堪ったものではないからな」


 悪い印象を取っ払おうとしたがどうやら時すでに遅かったようだ。

 この分では、父様や母様も知らないようなことまで知っているかもしれない。

 主に創作物(妄想)について。


「あ、あんた何者なのよ!!」

「傭兵だ」

「へ?」

「俺は傭兵だ」


 頭の中が疑問符で埋まる。


「ヨーヘーって何?」

「金で雇われた兵のことだ。俺はお前たちが異世界と呼ぶ世界から召喚され、王から金で雇われた」


 傭兵。

 聞いたことが無い単語だった。

 私の国には騎士はいても兵士はいない。それは国王である父様の考えからだった。

 魔物や魔獣といった外敵の他に日常的に発生する犯罪者を取り締まり、国民の安全と安寧を守るには国防に携わる一人一人の意識・練度・戦力の全て高く持たなければならない。その為、軍に属している者たちには全て騎士の称号を持っている者で構成されている。

 騎士達は王への深い忠誠心を持っており、王もその忠誠心に応えようと最善を尽くす。それが私の知っている"兵"というモノの在り方だ。

 

 だからこそ、この男の在り方には驚愕した。

 仕える主を持たず、金の為に雇われ、戦う。

 そこまで長くない人生だがこんな人間は初めてだ。


(正直、どうしよう……)


 この男信用してよいものなのか?

 お金で雇われたということは、他の者にそれ以上の大金を出されれば簡単に裏切ってしまう可能性もある。

 そもそも、この男が言っていることはどこまで本当なのだろう?

 私が口を噤んだままでいると今度は男が口を開いた。


「俺のことを信用できないか。ならばこれを読め。お前を助け出したら渡せと王から預かっている」


 男はコートの懐から一通の書状を取り出した。

 封筒、封蝋ともに王族の者しか扱うことが出来ない特注品であり、中を確認すると複数の便箋に見慣れた父親の筆跡が施されていた。

 書状には両親共に私の安否を心配していること。私を助ける為に騎士団を派遣したが悉く失敗したこと。そして、最後の手段として異世界勇者召喚に踏み切ったこと。そうして召喚されたのがこの傭兵だったことについて書かれていた。


『彼にお前の救出を依頼したらまず最初に"報酬は?"と言われた。望む額を用意すると言ったらあっさりと引き受けたが、正直面くらってしまった。最初から報酬は取らせるつもりではあったが、どうやら彼は地位や名誉のために動くような人間ではないらしい。お前は聡いから彼のことを信用ならない者と思うかもしれない。だが、彼もお金のだけの為に動くことの危うさ理解しているようで"依頼を達成するまでは他の依頼を受けない"と言い血判付きの契約書まで書き、その上契約を破れば死ぬ呪いの魔法まで自らにかけさせた。自分から言い出したこととはいえ些かやり過ぎなようにも思えたがそこまでして自分の信頼を勝ち取ろうとしてみせたのだから恐らくは彼は大丈夫だろう。

 道中危険なことも多いかもしれないが気を付けて帰って来てくれ。

 お前をこの腕で抱きしめられる日を母さんと共に待ち望んでいるよ』


 一通り読み終え、手紙を閉じる。

 どうやら本当にこの男は異世界から来たらしい。手紙の通りならばこの男には呪いが掛かっている。ならば彼が裏切ることも今のところは無いだろうから一先ず信用しても良いだろう。


「なるほど、事情はわかったわ。とりあえずあなたことは信用する」

「理解が早くて助かる」

「と、ところで……私に何か一言言うことがあるんじゃないの?」


 私は知っている。お話では王子様は助け出され怯え切ったお姫様を安心させる一言を言うのだ。

 具体的には"これからは私が君を守ろう!"とか。


「無いな」

「えっ!?」


 思わずズッコケそうになるがなんとか踏み止まる。


「ちょちょ、そんなことないでしょ!?1ヶ月以上囚われてたのよ!疲弊しきったその心にかける言葉は本当に無いわけ!?」

「……そうか。1ヶ月以上囚われ、疲弊しきった少女というのは鉄扉が変形するほど暴れ回るものなのだな」

「え!!」


 まさかアレを見られていたとは思いもしなかったが、よく考えれば当たり前だ。私が牢屋で吹き飛ばされて気を失った時は丁度鉄扉の近くだったはずだ。目につくのも当然である。


「いや、あれはその」

「そうか、承知した」

「いやいやいや!そうじゃなくて!承知しないで!」

「次からは気を付けよう」

「違うのおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 ~現在~


 その後、このまま野宿するにも何の遮蔽物の無い荒野の真ん中では敵に見つかってしまうとのことで、少し離れたところにある岩場で野宿することになり今に至る。


「はぁ……」


 重いため息がこぼれる。

 あの後の弁明の効果はあったのか、なかったのかかわからない。

 というのもこの男、



 まっっったく表情が変わらないのである。

 それどころか言葉にも抑揚が無い。

 まるで感情が無いようにも見える。


 最初はただクールなだけかと思ったが、今では何を考えているのか全然わからない。

 異世界人はみんなこんな感じなのだろうか?


「おい」

「ひゃい!え?」


 ぼーっとしていた私の手元に四角形の銀色の袋のような何かが飛んできた。


「ナニコレ?」

「食事だ。腹に入れておけ」


 袋の中には液体のような何かが入っているのがわかる。おそらくこれを吸ったりするのだろうが袋のどこを見ても飲み口が見当たらない。


「ねえ、これどうやって食べるの?」

「角に印があるだろう。そこを千切って吸い出せ」


 よく見ると袋の角に赤い印がある。

 試しに千切ってみると中から透明なものが出てきた。


「わ、わわわ!」


 飛び出たソレをこぼさないように咄嗟に吸うと、口の中に不思議な触感が広がった。

 プルプルと震えるそれは、以前一度デザートに食べたある海藻から作った料理に似ている。みずみずしく、冷えていたらさぞ良かっただろう。

 だが、


(これ、味無い)


 そう、この食べ物まっっっつたく味が無い、完全なる無味無臭無色なのである。

 古今東西食べ物だろうがそうでなかろうがどんな物にも味はある。

 口に入れれば苦かったり、甘かったり、酸っぱかったりという様に舌が味覚として判別してくれる。味覚は視覚や聴覚と同じで生きる上で重要な五感の一つなのだ。

 なのにだ。この食べ物には味が無い。

 口に入れれば舌がその存在を確認してくれるが、味を確認できないために脳が小首をかしげる。

 一通り吸い尽く、出した結論が、


不味(いまじゅ)い……」


 これなら、魔王の城で出されていた食事の方がまだマシだ。

 

(この男。こんなものばっかり食べてるからこんなに無表情なんじゃ……)


 少しだけ彼のことを哀れに感じるのだった。

お姫様10秒チャージ

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