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第十一話「やはり、言わなければよかった……」

 星送りの祭りから数日後。私たちは北の国の国境を越え遂に王国内まで戻ってきていた。 前回と違い今回の国境越えは王の書簡と姫である私の存在によりスムーズに行われた。もちろんそれなりの手続きはしたが事前に父様が北の国の国境まで(極秘に)話を通しておいてくれたおかげですぐに片付いたのだった。


 手続きも終わり王国内に入った私たちは王都へ続く道をのんびり進んでいた。

 昨夜に現在地と進行速度を確認したところ、このまま進めば今日中にでも王都に着くだろうということが分かった。

 はじめは一ヶ月かかるといわれていたのに気がつけば十数日。

 最初はこんなにも無神経で無表情なヤツと一ヶ月近く一緒にいなければならないことに絶望したものだが、予定より随分と早い。

 もうすぐこの旅が終わってしまう。

 私が王都に到着してしまえば彼はーーエイスはきっと元の世界に帰ってしまうのだろう。

 そう思うとキュウと胸が締め付けられる。

 寂しい。

 星送りの祭りを終え、王都への到着が、彼との別れが近づくたびに徐々にその感情が胸をしめるようになった。

 祭りの最中、危うく人攫いに攫われそうになった私を寸でのところで助け出してくれた瞬間から私の中で彼のという存在が大きく変わった。

 その変化は、どうにも認めたくないモノだった。

 ーーそれは違う

 ーーしかし、どう考えてもコレは間違いなく

 ーー違う、絶対に違う

 二つの相反する考えがぶつかり、ぐるぐる渦巻きのように同じ問答が頭の中で繰り返される。

 そして、いくら否定してもそれに反比例するように大きくなっていくこの気持ちに合う単語は一つしか知らなかった。


 それ故かお祭り直後からエイスとうまく話せていない。


 これまでの道中ではーー私から話しかける形ではあったがーーそれなりにあった会話もパッタリと途絶えてしまった。

 もうすぐ王都に到着してしまう。

 そうなればもう彼とは会えなくなってしまう。

 話すこともできなくなってしまう。

 なんでも良い。何か彼と話がしたい。

 もっと、一緒の時間を共有したい。


「ね、ねえエイーーきゃ!」


 焦燥感に駆られた私は思いきって彼に声をかけようとしたが同時にバイクが急停止し、被ったヘルメットごと彼の背中に頭をぶつけた。

 何事かと思いヘルメットを外し、バイクを降りて前方を見ればそこには懐かしの王都が見えていた。


(間に合わなかった……)


 急に目尻が熱くなった。

 王都は遠くに見えるがバイクの速さならあっという間だろう。

 そうなればもうーー


 くだらない考えに時間を費やさなければ良かった。そんな暇があればやれることはもっとあっただろうに。

 それでも過ぎた時間は戻ることはない。

 後悔と諦めで胸が一杯になりそうになった瞬間、


「あれ……?」


 王都の様子がいつもと違うことに気がついた。

 遠目で分かりづらかったが王都を囲む市壁の周りの数カ所から煙が上がっており、黒い点のようなモノが幾つも蠢いている。


(……なにかしらアレ?)


 私が眉間にシワを寄せながら目を凝らすがそれでもあまり変わらない。

 視線を前方に向ければエイスがいつの間にか双眼鏡を覗き王都の方を見ている。

 しかし、その様子がいつもと違っていた。

 彼はこれまで双眼鏡を使うときは様々な方向を見回していた。だが、今は釘付けにされたように王都を一点に見つめている。

 やがてエイスはそれまで岩のように重く閉ざされていた口を少しだけ開いた。


「……そういうことか」


 その一言は風にかき消えてしまうほど小さく、そして、ほんの僅かに震えていた。

 しかし、今私はバイクの座席で彼の真後ろにて、その上彼に注視していた。

 それは、これまで全く表情を変えず、抑揚の無い平坦な口調で感情をというモノを感じさせなかった彼が初めて見せた感情ーー動揺だった。

 私の聴覚は確かに感じ取った。その一言に含まれる確かな異変を。


「ね……ねえ。王都で何が起こってるの?」


 先ほどとは全く別の焦燥感に駆られた私はエイスに問い詰める。

 彼は双眼鏡を下ろすと一瞬だけこちらに視線を向けると視線を双眼鏡に戻すも、そのまま口を閉ざしたエイスは何も答えてはくれなかった。

 居ても立ってもいられなくなった私は彼の手から双眼鏡をひったくり、覗き込む。

 そして、それは丸く拡大された城門の様子をーー王都の惨状を私に突きつけた。



「え……」



 市壁の周りで蠢いていた黒い点のようなもの。

 それはーー魔物であった。

 数え切れないほどの魔獣や魔物達が王都を襲っていた。


 市壁周辺では魔獣から城を守ろうと騎士達が応戦しているが完全に勢いで負けている。

 今も魔獣からの一撃を躱すことができず一人の騎士が血飛沫を上げて倒れた。

 そして、それを助けようとした一人もまた攻撃を食らい吹き飛ばされた。

 その中には見知った者達も少なくなかった。

 そんな光景が王都の市壁周辺の至る所で起こっていた。



「なんで……?」


 驚き。

 恐怖。

 焦り。

 悲しみ。

 様々な感情が嵐のように吹きすさぶ私の脳内で真っ先に浮かんできたのは、

 疑問、だった。

 何故?

 なぜ、王国は、王都はこれ程までに魔獣達に押されているのか。

 王都には普段から過酷な訓練で鍛え上げられ、魔獣だって負けない屈強な騎士達が多く常駐しており、警備も防衛も完璧である。仮にあれ程多くの魔獣が攻めてきたとしても負ける事はない。

 いや、それ以前にだ。

 あれ程の魔獣の群れが王国内に侵入してきたのに何故王都に到着するまで誰も気がつかなかったのか。

 王都の周りの街や村にもそれぞれの領内を見回り、巡回の騎士達が多くおり、異変があれば直ちに王都や周辺の集落に伝令を飛ばすことになっている。

 王都周辺の異変の伝達も防衛も抜かりはなかったはずなのに。

 これ程までに攻め負ける事はあり得ない筈なのに。

 なぜ?


「ねえ……何がわかったの?」


 無意識にまたエイスに問いかける。

 ついさっき彼は王都の惨状を見て何かを理解したようだった。

 ならばきっと私の理解の及ばない事について彼は理解したということ。

 私はそれが知りたかった。


「ねえ……教えよ。何が分かったの……?『そういうことか』って何?何なの?」

「……」

「ねえ……、ねえってば!!」


 思わず怒鳴りながら彼のコートの襟に掴みかかった。

 私は知りたかった。

 この惨状の原因が。

 例えそんなこと知り得たとしても戦況が、現実が一変するわけではない。

 それでも知りたかった。

 そうでもしないとこの混ぜっかえった感情の行き場が無かった。

 そして、それを知っているのに教えてくれない、知ることができない事にどうしようもなく腹が立っていた。


 ようやく、彼は口を開き語り出す。  



「……ずっと疑問に思っていた」

「え?」


 思わず顔を上げる。

 そこには僅かに視線が揺らめく鉄仮面があった。


「何故お前が魔王に攫われたのか。王でも王妃でもなくその娘である『お前』を」


 パニック寸前だった。

 その時は様々な感情が頭の中で入り乱れていたはずだった。

 ただ、今まで見たことのないようなその目の為か分からないが、彼の声は不思議とすんなり入ってきた。


「どういうこと?」

「国を混乱に陥れたいならその国を治めている統治者……王族を襲うのは当たり前だ。にもかかわらず魔王はこの王国の現行の統治者である王でも、王妃でもなく、『お前』を攫った。それが何故なのか。そこにどんな意図があったのか。任務を受けたときからずっと頭の中にあった」


 どうして、魔王が私を攫ったのか。

 そんなことこれまで一度も考えた事はなかった。

 ただ私は物語のお姫様になれたのだとずっと……。


「疑問は他に幾つもあった。一つ目は、お前を魔王の城から助け出すとき城を警護している魔物達の強さも、練度も低かったことだ。俺の奇襲に対して全くといって良いほど対応できていなかった。そこから察するに指揮を執る立場の者もいなかったのだろう」


 魔王城にいた頃を思い出す。

 そういえば彼が城に攻め込んできたときも魔物の兵達は狼狽えるばかりだった。


「二つ目は、追っ手が来なかったことだ。西の荒野で魔物達の待ち伏せを回避するため、山脈を迂回し、北の国を回るルートを進んでいた際、追っ手が全く来なかった」

「待ってよ、追っ手が来なかったのはアンタの読みが当たったからなんじゃないの?あの時魔物達の裏をかけたからここまでこれたんじゃないの?」

「俺も最初はそう思っていた。だが、その内おかしいと思うようになった。魔物達は山脈前に網を張っていた。そこに獲物である俺たちがかかるのを待っていたが、現れなかった。とすれば、山脈に沿った南北どちらかに俺達が向ったという事は明らかだ。ならば魔物達は南北両方に兵を向かわせ追跡させるはず。……にもかかわらずこれまでの道中追っ手の警戒をしていたが気配は全く感じられなかった」


 そういえば北の森を抜ける時にやたら周囲や背後を見ていた。

 アレは追っ手を警戒していたからなのだろう。


「でも、それがどうしたって言うのよ?この状況にどう関係しているの?」


 現在の統治者の娘を攫った事、練度の低い兵達に見張らせた事、追っ手が来ない事。

 彼が感じた疑問と今のこの状況には全く関連性が感じられなかった。

 エイスはまた重そうに口を開く。 


「……お前が攫われたことでこの国で何が起こったか知っているか」

「え……?」

「王はお前を取り戻そうと魔王城に大軍を送った。国中から兵を集めてな」


 一瞬息が止まった。


「大……軍?国中から……?」


 重々しい歯車が噛み合う様な音が聞こえた気がした。

 ようやく彼が言わんとしていることが少しずつ理解できる様になってきた。


「そうだ。攫われたお前を助ける為、国中から兵を集め、西に進軍させた。国軍は山脈を直接横断するルートで西の荒野を目指したが、山脈を越えた直後消耗したところを魔物達に襲われ敗れたそうだ。だがそれにより王都含めこの国の国防機能が著しく低下し、そこをどこかに潜んでいた魔物の軍団に攻め込まれた」


 恐らく王都周辺の街からも兵の召集が行われたのだろう。そのせいで巡回の兵が減り、魔物達の行動を見落とした。


「詰まり、これはお前を餌に使った陽動作戦だ」


 頭の先から血の気が失せるように冷えていくのがわかる。


「……それじゃあ、魔王城の魔物達が弱かったのはなんで?」

「城にはお前が逃げ出さない様見張るための最低限の兵しか置いてなかったのだろう。この作戦で最も兵力を注がなければならないのは王都へ攻撃する方の軍だからな。恐らく魔王城にいた奴らは、城から逃走する際に吹き飛ばしたので全てだった……だから、俺たちを追ってくるものもいなかったのだろう」

「……私は……何で……何で攫われたの?」

「……王族の様な公人は敵の手に落ちた際、助かる見込みのない場合は自決する。王も王妃もその知識も覚悟もあるはずだ。そして、魔王も同じ考えに至った。死んでしまった人質に価値はない。だから、絶対に自らの命を絶つ事なく人質の役割を果たせる『お前』を攫ったのだろう。まだ若く、自決する覚悟の無く、それでいて国王夫妻……いや、この国の全ての臣民を愛し、愛されている『お前』を」

「……!!」


 手足が震えだす。

 それでもまだ、もう一つ、聞いてないことがある。


「じゃあ、魔物達は……アイツらは、魔王がアンタに倒されたのにあんなに統率が取れた行動ができてるの?」


 その問いは即答で帰ってきた。


「魔王……俺は魔王など倒してはいない」


 驚愕した。


「はあ!?なんで!?魔王を倒したから私を魔王城から助けられたんじゃないの!?」

「お前を救い出す際、俺は魔王城の城門を爆破し、それに兵が気をとられている隙に牢屋から直接お前を連れ出した。それ故場内での戦闘は牢屋に向かう道中に出くわした数体の魔物達だけだ。その中に魔王らしい者はいなかったが」

「……!!」


 襟を掴む手に力がこもり、再び頭に血が上る。


(なんでそんな大事なこと、今まで!!)


 一瞬で喉をせり上がり爆発寸前まで膨らんだ怒りはーーそのまま口から出ることはなかった。


「っ……」


 これまで魔王は倒されたのだと思って禄に事実確認をしなかったのは自分だ。

 それを棚に上げて彼を責めるのは、違う。

 これまで脳天気に旅を続けていた事を呪いながら落ち着くために一度深呼吸をして心を静めた。


「すぐに王都に向かいましょう」


 このままでは王都が陥落するのは時間の問題だ。

 早急に王都に戻り、皆の力になりたい。

 幸いにもこっちには百を越える魔物を一度に倒した異世界人(エイス)がいる。

 今彼は王都までの護衛の任を受けている。王都に着けば契約は終わってしまうがまた報酬と共に契約を持ちかければきっと受けてくれるはずだ。

 彼がいる限りこちらに敗北はーー


「……無理だ」


 彼の口から出てきたのは想像とは真逆だった。


「なんでよ、だってアンタ私を魔王城から助けたとき一度にたくさんの魔物倒したじゃない!!それなのになんで……」


 エイスはいつもの無表情のまま少し視線をそらす。


「アレは強力だが仕込みに時間がかかる。いや……それ以前に今の俺にあの戦場を突破できるだけの力は……無い」

「そんな……嘘でしょ。だって北の森でも魔獣倒したじゃない、あんなにおっきい北の国境だって越えられたじゃない!」


 彼は無言で首を横に振る。

 それでも私は信じられずに掴んだ襟を引っ張り、彼のコートの裏返した。

 そこにはいつも彼が武器を取り出すところだ。

 きっとここならーー


「え……」


 私は声を無くした。


 そこには手榴弾が一つと、拳銃の持ち手に差し込んでいた鉄の棒が三本がぶら下がっていただけだった。


「な……なんで……」

「武器は……使えば無くなる。依頼を受け王国を出発し、魔王城からお前を助け出したときには所持した武器の四分の三を使い切っていた」


 掴んでいた襟からいつの間にか手が離れていた。

 下半身に力が入らず、膝をつく。

 顔を上げることもできなかった。

 ただ、喉と涙腺に込み上がるものを抑えるのが精一杯だった。


 自分の無力さが恨めしい。

 手を伸ばせば届くのに何もできない事が悔しい。

 そんな自分がひたすらに腹立たしかった。


 横を向けば王都の防衛戦線は更に縮まっていた。

 もう間もなく市壁が破られるだろう。

 そうなれば城下の街が、友達が、城の皆が、父様や母様が、王都が全部壊されてしまう。 大切な何もかもが。


 徐々に視界がぼやけだす。

 堪えるのはもう限界だった。


「……うぅ」


 喉の奥から抑えていた嗚咽が漏れ出そうとした瞬間ーー私達の上を陰が通り過ぎた。




「避けろ!!!」



 それと同時に、この十数日で聞き慣れた声の、聞いたことのない声が聞こえ、

 私は突き飛ばされた。


 私に覆い被さるように突き飛ばした彼に抗議しようとした瞬間さっきまでいた場所に何かが当たり爆発した。

 見上げるとそこには陽の光を全身に浴び、鱗のついた翼を持つ巨大な陰があった。

 そいつは、様々な創作話に出ては悪逆の限りを尽くす存在。

 そして、その恐ろしさはそのまま現実のものでもあった。

 ドラゴンーー最凶の魔獣がそこにいた。 


 ああ、そう言えばどこかの物語でも言っていたな。

 『困難とは常にたたみかけるもの』だと。

これからもこのペースを維持していきたいです

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