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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
最終章 決戦大女王編
97/101

97:大女王の正体

「お久しぶりです東雲さん。随分と金ピカになられましたね」

「放っとけ。で? なぜお前がここにいるんだろうか、軽部」

「知りませんよ。ボクが訊きたいですよ、そんな事」

 十二階への階段を上がりきった場所に不機嫌そうに立っていたのは、予想すらしていなかった人物だった。

 デザールのある海の向こうの大陸の武器工場……正確に言うとこの世界で唯一『日本』であった小部屋に置いてきたはずの、ケイ様こと軽部敬一郎だ。

 軽部だけではない。踊り場横の壁に、明かに周囲の重々しい作りの石壁と浮いているスチール製で丸い取っ手のついたドアがある。いかにもメイドインジャパンなドア。これはあの武器工場のドアではないか。

 周囲を見渡し、軽部は面白くなさそうに言う。

「ここにはもう二度と来ることは無いと思っていたのに」

 え? ちょっと待て。

「もうって……お前は前にもこの城に来たことがあったのか?」

「勿論です。ボクが三年前に呼ばれてしばらくは、あの部屋とここが繋がっていた。ここで生まれ、それぞれ体を得た上位の役付き達に知識を与えるためにね。武器工場にしか繋がらなくなったのはここ一年程の事です」

 ―――そういう大事な情報は先に言っておこうか軽部。私も一切尋ねなかったのが悪いのかもしれないだが。

 ああ、でもそうだな。わざわざこの城で生まれた幹部面々が、向こうの大陸まで新人研修よろしく行くのは大変だっただろうなぁと密かに思わなくもなかった。それなら納得がいく。

「またその繋がりが戻されたというわけか。でも何故またこのタイミングで?」

 軽部はもう使い捨てにされたんじゃないのか? どうして今また……。

「だからボクにもわかりませんよ」

 その私と軽部の疑問に、ルピアが見解を出した。

「大女王に呼ばれたんじゃないか? 僕とマユカと一緒で、本来なら離れていてはいけないはずなんだ。純粋に僕の使った召喚の方法とは違うのかもしれないけど、近くに喚んだ物があるのと無いとでは、術者の魔力の消費が全然違う」

 そういえば……ディラの診療所のヒミナ先生もそんな事を言っていたな。術者は無事では済まないだろうと。

 そしてこうも言っていた。

『ただ一つ言えるのは、その術者も猫族、それも王家の関係って事だけね』と。

 少し回復したのか、自分の足で立ったルピアの横顔を見る。セープ王との会話、今までの事を振り返ってみたら、ルピアは大女王の正体を知っている。

 私にも少なからずその宿主については察しがついているだけに、なかなか言い出せないでいる。

 大女王はルピアの……

 迷いを吹き消すように、意識を軽部に戻す。

「なあ軽部、そのドアの向こうはまだあの部屋に繋がっているのか?」

「ええ、繋がっています。休憩に寄って行きますか? ノムザさんもチィナさんマナさんいますし、他の者達も電話で連絡がつきます。怪我の手当ぐらいは出来ますよ」

 穏やかな口調で言う軽部。近くにノムザルンカス達がいるせいか、精神的には落ち着いているようだ。血だらけのルピアの服を見て露骨に嫌そうな顔をしたのは、潔癖症の彼には仕方のない事だ。

 正直、ルピアはニルアに少し癒してもらったとはいえ、体もボロボロだ。これは有難い事かもしれない。これから大女王と対峙する前だ。ゲームでいうところのラスボス前のセーブポイントみたいなものだろうか。それにマナ達に会いたいなぁ……

 私はそんな風に長閑に受け取ったが、ルピアは冷静だった。

「マユカ、わかった。魔力の問題だけじゃない。大女王はマユカや僕が休憩のつもりでそこに入った瞬間に、また繋がりを断つ気なんだ。そうすれば僕達が辿り着くのを防いで遠くの大陸に引き離せる」

「なんだと!」

 なるほど。多分軽部にはそこまでの悪意は無く、ただ親切心で言ってみただけだろう。しかし実に平和的で恐ろしい作戦ではないか! 振り出しに戻すということか。

「それは勘弁願いたい。今までの戦いが全て無駄になる。軽部、危ないから部屋に戻っていろ」

 良かった。入らなくて……

「わかりました。ボクは女王と戦うなんてまっぴら御免ですからね」

 実に正直な男だった。こっちも戦力としてなんか期待してないしな。

 そしてルピアも軽部に付け足す。

「大女王を倒せば、ひょっとしたらその瞬間君は元の世界に戻れるかもしれない」

「そうだといいですね。ああ、でも折角なんで向こうにいる人達を助っ人としてこっちに出しておきますね。あれだけ仲間がいたのにお二人って事は、下も大変だったのでしょう?」

 軽部は抜け目もない奴だった。多少狂ってはいるが異常に頭はいいからな。

「頼む」

 マナやキール、チィナはいずれは船ででもこちらに来るはずだったのだ。恐ろしい罠だったとしても、ある意味実に便利じゃないか。好きな場所に行けるなんちゃらドアみたいなもんだ。

 さて、まんまと乗せられそうになったが、またルピアと二人だけで大女王の元に行く。広く短い廊下の先の二匹の蛇のレリーフの重厚な扉は目の前。ここを開けば大女王がいるのか……。

 もう先程の二人が最後で、この階には役付きはいないのか襲っても来ない。殺気も何も感じない。静かすぎるのが逆に恐ろしいくらいだ。

 今までの小女王のように、ひょっとしたら大女王も戦わないのではないのだろうか。変な話、無抵抗の相手を傷つけるのは気が引ける。そうだといいのだが……。

 そんな私の考えを察したのかルピアが言う。

「マユカ、大女王だけは絶対に殺さなきゃいけない。出来る?」

 重々しい声は微かに震えているようにも思えた。

「どうしてもか?」

「うん、どうしてもだ。そうでないとまたいつか歴史は繰り返す」

 かつて私と同じように異界から戦士を呼ばねばならない時があった。それは聞いていたから知ってはいた。だが今の大女王は―――

 ルピアは更に語る。

「数百年前……今と同じように、異界よりの女戦士と各種族から選ばれた戦士によってヴァファムの侵攻は鎮められた。違うのは今よりもこの世界の文化水準が低く、ヴァファムが手にした武器も原始的なものだけだったこと。軽部のような異界の知識を持ち込む協力者もいなかったからね。だがデザール王はどうしても大女王を殺すことが出来なかった。大女王の憑代となったのが王妃だったから……他の種族の反対を押し切って、猫族と並んで魔力の強いこのセープの王家に協力してもらい、何人もの魔導士が力を合わせて命懸けの魔法で封印しただけだった。あの時女王を殺しておけば今回の事態は起きなかった」

「……」

 なんと言葉をかけていいのかはわからないが、なるほど、セープの魔導師の反乱はそういう経緯があったからなのか。

「他のヴァファムは下っ端であろうと殺しはしない。大女王の命令さえなければ、寄生さえ解けばそれほど害はない。でも大女王はもう最終形態に入ったらしいから、宿主とはどうせ切り離せない。だから命を断つしか……」

 ルピア……

 悲しげな色を湛える緑の瞳。胸を抉られるように痛い。

 出来るのだろうか、私に。ルピアの肉親を殺すことなど。私に目の前で両親の命を奪った男と同じになれというのか。

 この世界に呼ばれた日から今日までの事が、早回しの映像のように頭をよぎる。寄生され虚ろな目で機械のような声を出す人々、変わってしまった家族に嘆き悲しみ、閉じ込められ隔離されていた女子供。自らも武器を取り昨日までの隣人の命を断つ人々……。

 本来なら脳天気で平和なこの世界の、沢山の人々を人達を救うには仕方のない事なのかもしれない。それでも簡単に割り切れるほど生易しいものではないじゃないか。

「僕は王だ。民のために自分の肉親への情など捨てた。二度と愚かな判断をして歴史を繰り返させはしない。わかってくれるね、マユカ。そのために君を呼んだ」

 ルピア、かつてのデザールの王は愚かではない。とても人間らしい愛のある心の持ち主だったと思うぞ。こうして歴史が繰り返されたのだとしても、その時の判断は真っ当だったと、少なくとも私は思うぞ。

「……行くよ」

 感情を押し殺したような顔で、ルピアが大女王の間への扉に手を掛けた。

 もう私には何も言えなかった。



 女王の間の扉……正確にはセープの城の神殿の扉には鍵は掛かっていなかった。

 私とルピアはゆっくりと開いた扉を潜る。

 身構えたが何も襲いかかって来なかったのが幸いだった。

 だが、目の前に広がった光景に、私は固まるよりない。

「な……」

 形容する言葉が出なかった。

 ……なんだ、ここは。

 扉一つ隔てただけなのに。ここは……違う。それが第一印象。

 私の知っている世界でもない、そしてこちらの世界のどの場所とも違う。そうとしか表現のしようのない異質さ。まるで違う星にでも来たような。 

 まず嗅覚に訴えてくるのは、あの小女王の部屋で嗅いだ甘い花の蜜のような匂い、それに華やかな薔薇の香りを足したような香り。決して嫌な匂いでは無いとはいえ、むせ返るほどの濃密さで息が苦しいほどだった。

 次に視覚。暗くはない。仄かに明るい。下の階に比べてさほど広くはないものの、この一部屋しか無い十二階は軽く五十平米(約百畳)くらいはあるだろう。その室内全て、天井にも壁にも床にも蜘蛛の巣のような薄緑色の細い糸が張り巡らされ、全てが桃色に霞んで見えた。

 小女王の部屋も白い糸と緑の光に包まれていてここに近い感じだった。それの何十倍もの規模だ。そしてあの緑の森の中のような穏やかな雰囲気ではなく、色が違う分毒々しい。

 糸は呼吸するように規則正しく微かに蠢いている。灯りも何もないはずの部屋を仄明るく照らし出しているのは、その糸自ら光っているから。言うならば部屋全体が生きた巨大な繭の中、そんな感じだ。

 マユカが繭の中に……とかそういうボケはいらんと自分でツッコミつつ、そんな馬鹿なことでも考えていないと、ちょっとどうにかなりそうなのだ。

 ここは本来神殿だとリシュルが言っていた。この国でどのような神を崇めているのかは知らないが、恐らく神が祀られていたであろう正面の壁。そこには桃色の糸で張り付いたように、壁の中程に浮かんでいる何かがいた。

 人の形ではない、かといって虫の姿でもない何か。

 近づきたくはないと思いつつも、引き寄せられるように歩を進める私の足を恨みたい。

 近づくにつれ、徐々に鮮明にその「何か」の特徴がわかり、ぞっとした。

 鈍く銀色の金属っぽい輝きを見せる、沢山の刺のついた足、細い触角、虹色にも見える複眼……人の大きさほどの巨大な虫。それもカミキリムシのような甲虫の仲間の特徴そのままだ。だがそれは虫ではない。

 完全に虫だと言い切れないのは、六本の足のうちの一番上の一本は滑らかな曲線で構成された人の手だから。首から上も半分は複眼と巨大な触角を備えていても、あと半分は目を閉じた白い美しい女性の顔だから。純白の長い長いドレスと、金の長く艶やかな髪、全体のシルエットは人の姿だから……。

 これが大女王なのか。

 今まで見てきた上級の役付きですら、普通の虫サイズであり姿形だった。私は直接見てはいないが、小女王は耳腔でなくもっと体内にいたため巨大で柔らかかったそうだ。それでも虫の姿だっただろう。しかし、もうこれは寄生しているというのではない。

 完全に同化している。これが最終形態? 確かにもう切り離すのは不可能だと私が見ただけでわかる。僅かに残る人らしい部分もやがて完全に甲虫のそれに取って変わるのであろうことも。

 小女王もそうだったように、生殖管とでもいうべき管が体の数カ所から伸びている。その先に寄生された人はいなかった。代わりに紫色の第一階級の雄の小さな虫が数匹。それは輝く宝石のように大女王の周りを彩っていた。

 女王の膝元近くには、すこし弛んだ幅広の糸の束の上に、ピンポン球サイズの球体が幾つも並んでいる。淡い様々な色の真珠のような光沢のそれは、鼓動のように規則正しく中から光を放っている。恐らく役付き達の卵。糸の束は柔らかなゆりかご。鉤爪のある昆虫の腕の一番下の一対が、赤ん坊をあやすようにゆるやかにそれを揺らす。

 ……もう恐怖も何も麻痺してしまったように、私はただただ見惚れた。不気味だと思う以上に、それは美しいとすら思える眺めだったから。

 目を伏せていた半分だけ覗く女性の顔が目を開ける。ゆっくりと開かれた瞼から現れたエメラルドのような緑の瞳に、胸がどきりとした。

 ……似てる。そっくりだ、ルピアに。髪の色も目の色も。

「来てしまいましたか。サイネイアでも止められなかったのですね」

 穏やかな声は頭の中に直接響くような不思議な響き。

 私は横で息を潜めて立っているルピアに確認した。

「……宿主はルピアのお母さんか?」

「うん、そう。先代デザール王国の女王、ルルナ・メルト・デザール・コモイオ六世……だったもの。でももう違う。あれはヴァファムの大女王」

 恐らく本心からでは無いだろうが、割り切ったようにルピアは答える。

「ふふ、ふふふ」

 静かに、女王が笑い出した。

「規律正しく、清浄で、愛にあふれた世界に導こうという私を受け入れない、愚かな獣の民とこの世界の者ですらない戦士に私が倒せるとでも思っているのかしら? 可愛い我が子達のためにも、私は絶対に倒されはしない!」

 突如べりべりっと音を立てて大女王が壁面から離れた。そして翅を広げる。

 固い鞘翅の下に見えるのは飴色に透き通った翅。それを震わせて大女王が宙に浮かぶ。

 その姿を確かめ、私は迷いが少し和らいだ気がした。

 無抵抗でないなら戦うまで!


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