95:勝てる気がしない
第一階級の余裕なのか、二人はすぐには動かなかった。
ヌンチャクの男の方、キドネイアは宿主が格闘タイプのスイの師匠ということで、何となく正統派ファイタータイプだと推測される。これも推測に過ぎず、武器の形状も全く異なるから実際はよくわからない。もう一人のリシュルの母ちゃんに憑いているサイネイアは全く持ってどんな戦い方をするか予測すらつかない。
手にあるのは舞に使うような大きな扇。マキアイア……ゲンが持っていたような鉄扇でも、拳法で使う太極扇でも無さそうだ。ひらひらと顔の前で動かす様子を見る限り、柔らかでしなる素材でできているっぽい。殺傷能力は全く無さそう。
しかも舞で使うようなと言っても、お上品な伝統芸能とかじゃなく、懐かし映像のテレビ番組で見た事がある、私がまだ生まれたかどうかという大昔に、今で言うクラブみたいな所のお立ち台という舞台の上でミニスカートにハイヒールのピッチリしたワンピースのお姉さんが激しく踊っていた踊り、あれで手に持っていたみたいなフワフワとした羽根の扇。
この人形のようなドレスの女はどうやって戦うのだろう。
ちろりと私達を見渡す金色の目がやはり蛇っぽい。息子を目の前にしてもその表情に全く揺らぎがない。
「やはり私がわからないようだ……」
リシュルは父親に続いて今度は母親だ。第一階級相手だし、今回は父ちゃんの時の様に、意識に訴えるのも効かないだろう。精神的にキツイな、特に同じ親でも母親というのは子供にとって父親よりも身近な存在だ。だが感情に任せてまた先走る事があったら、今度は本当に危ない。
「熱くなりすぎるなよ、リシュル」
「わかっている。虫を追い出して元の母上に戻してみせる」
うーん、イマイチ安心できる返事ではないが、リシュルは五戦士の中で一番頭がいい。先ので身を持って懲りただろうから大丈夫だろう。
グイル、ゾンゲも準備はいいようだな。
暗黙の了解で男の方はグイル・ゾンゲ組、女の方は私とリシュルの組に別れる。それでも先程の九階の例もある。臨機応変に行きたい。
「ルピア、離れていろ」
私達が構えたと同時に動き出す二つの影。
男の方、キドネイアはこれといった予備動作もなくぴょんと高く飛び退る。スイはそう動きは早くないと言っていたのに、予想以上に身が軽い。だがゾンゲ、グイルの能力を信じ、任せるより無い。
一方、ゆるりと扇を前に突き出し、しずしずと私達の方に歩いてくるドレスの姿。全くこれから戦おうという構えでも無く、素早い動きでもない。本当にゼンマイを巻かれた人形の様だ。なのに……何だ、この隙の無さは。
迫って来るふわふわの扇。
何故だろう、相手はこんなにゆっくりなのに動けない! リシュルも動いていないが、動かないんじゃない、動けないんだ。見た目とは裏腹の、恐ろしいほどの気迫が見えない糸になって全身を縛り上げているような。
怖い、こわい、コワイ……心の奥の奥から湧き出してくるかの如き恐怖。私は今まで相手に対してこんなに恐れを抱いたことがあるだろうか。
蛇に睨まれた蛙……まさに今その状態。私達は捕食される側のカエル。
「どうなさいましたの? かかっていらっしゃい?」
鈴を鳴らすような可憐な声が言う。
「こ、この!」
私より先に動いたのはリシュルだった。三節棍の端を持ち、二節を振り回す形でかかっていった。それをきっかけにして、私も見えない呪縛から開放された。固まっている場合ではない。行かねば!
確実にリシュルの攻撃は横っ面から相手を捉えたかに見えた。そして私の短くした突っ張り棒の面を狙った打ち込みも正確だったはず。更にサイネイアは動いたようにも見えなかった。
なのに虚しく空を切った三節棍と突っ張り棒。
「なっ……!」
「あら残念」
次の瞬間には、声が後ろから聞こえた。
振り返るとそこには、先程と全く同じポーズのサイネイアが立っていた。
驚いてる間はないので、息つく暇も無くもう一度突きに行く。
だが今度もまた微笑んでゆっくりと扇を動かす姿を捉えたはずが、全く手応えが無い。気が付くと今度は私の横に立っている。またも同じポーズで。
瞬間移動? 超能力でも使うのか?
いや違う。ゆっくり動いてるんじゃない。速すぎるんだ! あまりに速すぎて打ち込んだ時には既に私達は残像を見ているのだ。
これは……今までリリクやマキアも凄いと思っていたが、それどころじゃない。もはや生身の生き物の動きじゃない。高位のヴァファムに憑かれる事によって飛躍的に能力が向上するのはわかっているが、宿主も元々半端ない肉体の持ち主なのだろう。
蛇族最強の女―――リシュルも言っていたが、まさに!
「ふふ、大したこと無いわ。どうしてここまで来られたのかが不思議」
年齢を感じさせない顔が笑みを深くした。また突き刺さる針のような殺気が襲ってくる。
ふわりと力も入れずに翻っただけに見えた羽根扇。
次の瞬間、リシュルが飛んだ。
「うわっ!」
何も当たったようにも見えなかった。それなのに渾身の蹴りでもくらったような形で、リシュルは壁際まで吹き飛ばされた。
私も気をとられているヒマは無かった。もう一度扇が翻る。受け身を取る間もなく、今度は私が吹き飛ばされる番だった。
「つっ……!」
脇腹に重い衝撃。何だ今のは? 回し蹴りを受けたような感じだった。
「マユカ!」
ルピアの声が聞こえる。だけど……来るな。
私はすかさず立ち上がる。口の中に少し鉄っぽい血の味がした。
なんて速さと攻撃力だ。全く勝てる気がしない。一撃食らわせるどころか、こちらは攻撃を躱す事も、見切ることも出来ないなんて。
それでも―――幾ら第一階級、人知を超えた動きといえど、宿主は生身。絶対どこかに弱点はあるはずだ。考えろ、私。
またゆっくりとこちらに近づいてくる華奢な人影。
サイネイアは続けて攻撃はしてこない。そして扇を動かしたかに見えたのに、実際受けた攻撃はおそらく蹴り技。その矛盾。確かめないと。
捨て身の覚悟で、私はもう一度攻撃に出る。今度は棒を伸ばしながら、下段から振り上げる。
また翻った扇。そして次の瞬間には、軸足の膝に横からの衝撃を受けて私は床に倒された。
くそ、痛いじゃないか! なんて重い攻撃。鎧の部分に当たったのでダメージは少なかったとはいえ……だが確信が持てた。やはり蹴りだな。
全く関係ない筈なのに、なぜか私の頭の中に居合が浮かんだ。居合……ほんの僅か何かひらめいた気がする。まだ形にはならないが、ここに攻略のポイントがある気がするのだ。
その時、鋭い音が響き、目の前をグイルが過った。攻撃を受けて吹き飛ばされて来たのだろう。
そういえばこのそう広くない階段下の小部屋で、もう一人役付きと戦っていたのだ。
ヌンチャクをひゅんひゅんと振り回している男は、グイルとゾンゲと戦っているキドネイア。グイルを追撃する勢いでサイネイアと私達の間に入って来て、こちらは一旦中断された。
「もう、キドネったら邪魔ですわ」
「すまんな、ここは狭くて」
二人とも全く緊張感の無い穏やかな口調。余裕だな。まあ、向こうでゾンゲも膝をついてるし、グイル飛ばされて倒れている。こちらは命拾いしたが、あっちも全く歯がたたないようだ。
「速さには何とか着いて行けるが……こっちの攻撃が全く効かない。ゾンゲの爪も跳ね返される」
グイルが立ち上がりながら、ぺっと床に血の混ざった唾を吐いた。
全身が固い鱗で覆われていて攻撃が効かないとスイが言っていた。ええと、弱点は確か―――
「脇の下が弱点らしいぞ」
「……何とかやってみる」
すごく微妙な攻撃しにくい箇所が弱点だな。しかし何とか頑張ってくれ、グイル。
こっちもそれどころではない。気が付くと私の目の前にサイネイアが迫っていた。
「邪魔が入ってしまってごめんなさいね」
いや、そんなに微笑んで謝られても。寧ろ助かったとは言わないけど。
もう一度ふわりと扇が翻りかけた時、
「あら?」
ふとサイネイアが首を傾げた。
いつの間にか彼女の周りに光る図形が無数に浮かんでいた。いや、サイネイアだけではない。キドネイアの方もらしい。
「僕もいるんだよ」
ルピアだ。これはマキアイアを抑えこむ時に使った強力な魔法。
「マユカ、長くは……持たないし、完璧じゃない。でも少しでも今のうち、に……」
声が震えている。弱っている時にこれを使った後、本当に死にかけてたからな、ルピア。今は体調は良いにしても二体同時に抑えこむなんて、相当の負担になるはず。なのに。
密着して巻き付いた鎖のように相手を押さえ込んだ図形。考えている暇は無い。この隙に!
リシュルと同時に打って出る。そして向こうはグイルとゾンゲが。
完全に捕縛は出来ていないのか、軽く躱されはするものの、何度も行くうちに攻撃が当たった。リシュルが三節棍で薙ぐように横から打ち込み、私が足を払う。可憐な見た目だけにやや気が引けるが、そうも言っていられない。すまんなリシュル。お母さんを攻撃するなんて……だがこれも助けるため!
グイルの蹴りがキドネイアの顔に当たるのが視界の隅で見えた。ゾンゲの爪が翻るのも。
「くそっ! 卑怯な!」
キドネイアが吠えているが、卑怯ではない。こうして体で戦うのが私達の方法なら、ルピアの戦う方法は魔法なのだから。正直後味は悪い。でもそうとでも思わなければ勝てない。大女王の所に行けない。
「面白くない事をしますわね……」
よろめいたサイネイアが呟き、ビン、と空気が凍りついたかに思えた途端。
彼女を捕らえていた光の図形がはじけ飛んだ。
「えっ……!」
ルピアが焦っているのがわかる。
「躾の悪い子はお仕置きしないといけませんわ」
ふっと掻き消えるように、目の前からサイネイアの姿が見えなくなり、私達が攻撃に備えて構えた次の瞬間。
「あ……」
離れた処で小さく声が上がった。
声の方を振り返ると、ゆっくりと崩れ落ちる姿が見えた。
窓から差し込む陽に照らされて、赤っぽく染まった金色の髪が残像を映すように輝く跡を残して。それはまるでスローモーションのように感じた。
どさりと微かな音をたてて床に倒れたのはルピアだった。
「ルピア?」
返事は無かった。




