9:討伐の旅路
寄生された人を解放するための体制を整え、私達は本格的に行動に出る事にした。
一つ安心したのは、ヴァファムも不要とみなした人間であろうと、むやみに殺さなということがわかった事だ。確かに女子供を殺してしまえば、その後寄生するための体を増やせない。その代わりに、捕えて『飼う』。命を粗末にしないのは偉いが、胸くそ悪いったりゃありゃしない。
捕らえられた者たちは一箇所に集められ、最低限度の生活を保証されるとはいえ自由など無い。寄生されていないぶん、家族や見知った者たちが己の意思を失い、他人にすり替わってしまうのを見ることになるのだ。それがどれだけ子供達の心に傷を残すだろう。
一刻も早くそういった者達を助けに行きたい。無理矢理異世界に連れて来られたとか、なぜ私がとか、もうこの際どうでもいい。いっそルピアに感謝さえしている。
私は一般人を、社会的弱者を、助けを求める者達を守るために警察官になったのだ。それは私の行動の基盤であり、生きている意味だ。世界が違おうとその信念は貫きたい。人を泣かす奴はこの手で叩き潰す、それだけ。
まずは、デザールのあるこの大陸からだ。ルピアに地図を見せてもらい、簡単に地理的な事や情勢などを確認する。警察の捜査だってまずは情報収集が重要だ。
基本的にこの大陸は猫と犬、魚族が多い。バラバラだった大陸がくっついた様子がわかる。
デザール王国はこの大陸の西に位置し、陸地の四分の一を占める大国である。その向こうの海寄りには海岸線に沿って魚族のミーナレ国が細長く位置している。私の知っている世界で言えばチリのような形だ。いざとなれば海に潜れる魚族は、水に弱いヴァファムに比較的分がいいらしい。よって僅かなりとも海からの守りになっており、デザールはヴァファムの侵攻を受けにくかったのだ。南北にも小国があり、共に猫族の国で、デザールとは良い関係を築いている。海と反対の東はこの前ほんの国境近くまでだけ入ったママム国。ここも同じ猫族の国。この前寄生されていた数人の犬族はその向こうのキリム国から来たのだそうだ。
キリム国は大陸の半分を占める犬族の超大国。以前は小さな独立国に分かれていたのを、それぞれが同盟を組む形で連邦制になっている。なかなか社会的に進んでいるのが犬族のようだ。
グイルはそのキリムの中央政府から派遣されて来た職業軍人だ。
基本この世界の人間は呆れるほどの平和主義者である。戦う時はその身一つで、殺傷能力のある武器は一切使用しない。これは動物達がそれぞれ人に進化した時からの神との約束事らしい。私達の世界も見習って欲しいものだ。とはいえ、一応各国に軍隊は存在する。
殴る蹴るのスペシャリストを養成。うーん、つくづく国同士の戦争の様子を見てみたいものだ。怪我人は出ても死者はほぼ出ない戦争。素晴らしいではないか。
「マユカが猫の王に召還されたという事で、キリムの議会は協力に消極的だった。しかし実力の程を報告したところ、全面的に協力すると返事があった。国境等も行き来自由だし、補給も望む数の派兵も無償で提供するとのこと」
マッチョイケメンで軍人な犬青年が良い報告をしてくれた。グイルも耳を触らせてくれるもふもふ君だ。触り心地はやっぱり猫の方が断然良いと思うが犬も良いかも。
そこで私の素朴な疑問。えーと、グイルはどうやってキリムの中央政府に報告したのだろう。遠方の国への連絡の手段がこの世界にあるのか?
その疑問には、勝手に人の頭を読んだルピアが答えてくれる。
「電話だよ。デザールとキリムの政府とも繋がってるよ。まだ全域に普及はしていないが大きな街にはある。マユカの世界の様に携帯出来るものはさすがに無いけどね」
ほう、電話があるのか。このお伽話のような世界もそれなりに進歩はしているのだな。最速移動手段が馬というのが何とも言えないが。鉄道くらいあってもいいと思う文化レベルなんだけどな。
というわけで、只今移動中。戦士五人と、私、ルピアを隊長とする耳かき部隊、支援のためのデザール王国の兵士から選りすぐった者、合わせて五十人規模の結構な大所帯となった。既にヴァファム侵攻の著しいキリム東部に向けて進んでいる。途中、キリムの兵も合流するらしいから更に規模が大きくなろう。
私達は二頭立ての幌馬車に乗って移動している。まるで西部劇みたいだな。
「もうすぐキリムに入る。中央はまだ無事でも、すでに辺境から順に『下っ端』がかなりの数入り込んでいる。警戒はした方がいい」
幌馬車の中で修行僧の様に微動をだにせず、目を閉じて胡坐をかいていたゾンゲが口を開いた。
うむ。先遣隊がママムまで来ていたのだからな。それはあるな。
私もいい加減体を動かしたいところだ。
「というわけだ。いい加減どいてくれないだろうか、ルピア」
揺れるから危ないぞというのに、先程から耳かき片手に私の膝枕で『ほじほじして』ポーズのままの王様。城で教えるためにしてやって以来、すっかりハマったご様子だ。ルピアは元々器用なのか覚えも早かったが、少々くっつきすぎじゃないか?
「もうちょっと。君の太股は夢見心地だ……このまま口付けしてくれたらすぐにでもど……」
皆まで聞かず立ち上がる。無駄に美しい残念な王様の頭は木の床にゴトンと音を立てて落ちた。ついでに軽く踏んでおく。
幌馬車の後ろから覗いてみると、辺りは広々とした穀倉地帯だ。日の光を浴びて金色に輝く麦……かどうかは定かではないが……の穂が美しい。日本とは少し違うけれど、外国の郊外という感じで、こうして見ていると異世界という気がしない。
「結構大きな村が見えて来たわよ」
幌の上にいたミーアが声を上げた。とにかく身軽で目のいい鳥女は、風を感じる上がお気に入りらしい。良い見張り役でもある。
「ん? なんか……様子おかしいわ」
「どういう風に?」
「広場で村の人が皆一列に並んで歩いてる」
は? なんだ、それは。お祭りでも無さそうな雰囲気だしな。
まだ村の入口には少し遠いが、御者に命じて馬を止めさせた。
「ひょっとしたらもうヴァファムに制圧されてるのかもしれない」
誰かが言った。グイルか、リシュルか、ゾンゲか。その声に、私は幌馬車の荷台から飛び降りた。
「よし、見てこよう。まず私達六人で行く。残りは後で来い」
私は何だかんだで超偉そうに仕切っている。捜査の時はよく班長だったからな。ついクセで。
それぞれの種族の戦士と共に村へ向かう。広い一本道に両脇麦畑というロケーションだ。身を隠す場所も無いので堂々と行く。なぜか道いっぱいに広がって皆で並んでいるのは、サングラスもトレンチコートも無いが大昔の刑事ドラマみたいだと頭の中に主題化が流れていた。何故、一応二十代のこの歳でそんな事を知ってるんだというツッコミはいらん。DVDで見た。
勿論、村人も気がついたようだ。
「やっぱヴァファムのニオイだ」
グイルがちょっと唸り声を上げている。
よく見ると数人剣を持ってる奴がいる。残りの村人は食料の袋らしきものを担ぎ、お行儀良く行進している。まるでアリの行列のように。
「典型的な寄生された者の村だ」
リシュルが青白い顔で言った。もう一つの大陸にある彼の故郷は完全にヴァファムの手に落ちたらしい。
「よし、手始めにここから解放しようでは無いか」
何事も最初の一歩からだ。護身用に始めて、全てに黒帯や段位まで精進した武道がこんな形で役に立つとはな。
「おい、虫」
「ナンダ、オマエ達」
無表情なのが気味が悪い。額に例の印がある。他の村人にもだ。
「虫退治に来たのだ」
「……邪魔者ケス」
見張りの男が私に剣を突きつけて来たのを合図に、戦士達が散った。
「見張りについてる奴は下っ端よりは少し上だ。気をつけろマユカ」
ゾンゲがぴたりと私の背中について注意を促す。
「村人にはそう手荒な事はするな。昏倒させるだけでいい」
そう言いながら、一人目の剣を持った奴の手に蹴りを入れて武器を落とさせ、そのまま背負い投げで倒す。それでも気を失わないあたり、下っ端よりは強いと言える。寄生されている者には悪いが、とどめに鳩尾に肘を入れておいた。
今度は数人が一度にかかって来た。ゾンゲと一緒になって突きと蹴りで武器を落とし、体勢を崩した男の後頭部に手刀を入れつつ違う奴には顎に蹴り。ゾンゲに教えておいた体落としで沈められたのを最後に、見張りは全員のした。
「ミーア、ルピアの部隊を呼んでくれ」
「了解っ!」
赤毛の鳥女は羽根を羽ばたいてふわっと舞い上がり、ついでに数人に蹴りをかましておいて小屋の屋根に上がった。
懐中電灯の様な物をチカチカするのが合図。尤も、馬車組ももうすでにコッチに近づいているのが音でわかった。
イーアが数人の大人に囲まれているが余裕の顔だ。ぽん、ぽんとただ触れるだけに見える攻撃というよりタッチで、次々と下っ端に寄生された村人が倒れていく。
「加減したか?」
「出力下げてるから大丈夫だよ」
電気で相手を痺れさせるのがイーアの能力なのだ。そんな魚いるな。
リシュルも何とも言えない動きで、村人を次々と一箇所に追い込んでは気絶させている。文学青年みたいな優男だが、この動きはカンフーに似てる。そういや蛇拳っていうのあったな。
グイルは正統派のファイターという趣だ。さすがは軍人。
掛かってくる村人を鳩尾に拳、後頭部に手刀を入れて伸しつつ、皆の戦いっぷりを良く見せてもらった。この戦士達なら、一人頭五十人位は任せられそうだ。という事は五百人位の大群までは私達でなんとかなる計算だな。最初はたかが六人でと思っていたが、結構いけるじゃん。
「マユカ、計算があわないよ?」
あ、ルピアいつの間に。
「五種族の戦士にマユカを足して六人。五十の六倍は三百では無いだろうか?」
「私が二百五十倒せば良いのだ。計算は合う」
「……その通りでした」
さて。
「ヴァファムを殺さず、村人を痛がらせないように慎重に。では始め!」
隊長ルピアの号令の元、特殊処理部隊……耳かき部隊が活動開始。
私も一緒になって次々と耳の虫を取り出していく。ううぅ、確かに効率は良くなったけど、やっぱりあまり見たくないな、虫。
それに……私が言い出しておいて何だが、バタバタと人が倒れている現場に正座で耳かきをする面々。かなりシュールな眺めではあるな。
掃討作業の現場をイーアとミーアがちょこちょこと回収用のビンを持って走りまわっている。
中にはもう虫はいなくなったというのに、メイドちゃんの膝枕から離れない不埒な男もいたが、半時ほどで掃討作業も終了。
「本当にありがとうございました!」
奥の広い家屋に閉じ込められていた妊婦や幼児、お年寄りを解放し、初めて一つの村を取り返す事に成功した。
しばらくは、こんなカンジで進むのだろう。
「卵を産む女王を倒すのが最終目的だ。そろそろ役つきも来る」
いつに無く真面目なルピアの声に、この先が少しだけ不安になった。