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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
最終章 決戦大女王編
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86:息子と父

 短く細い金属の棒をリング状の節で繋いだ物が九節鞭。

 他にも七節や十三節など節の数が違う亜種が多数存在するが、使い勝手や演武の時の見場の良さ、また映画などの影響で最もメジャーなのが九節鞭である。

 名に鞭とあっても、良く知られている革鞭ウイップとは全く趣が違う。軟器械という大きな分類では確かに革鞭やイーアに持たせてある流星錘と同じグループに入るが、本来は三節昆や二節昆ヌンチャクの同類である。ただ細くて節の数が多いほどしなやかで、あたかも鞭のようにしなることからその名が冠されている。節ゆえの柔軟性、長い射程、金属製であることから威力もあるが、体に巻きつけると目立たないから携帯にも便利な武器として重宝されたとか何とか……とは、武器マニアの鑑識のオッサンの受け売りの、私が知りうる限りの情報である。

 確かに軽部もまだこれから遭遇するであろう役付きが持っている武器を聞いた中に、九節鞭の名があったはすだ。

 ぱっと見、これが本当に九節なのかは疑問であるが、作らせて渡した軽部本人が言ったのだから九節鞭なのだろう。

 というか……軽部、お前本当にヴァファムに何を見せてたんだ。カンフー映画が多かったんじゃないか? 三節昆といいトンファーといい、これといい。

 ヴァファムは非常に知能が高く、見たものを忠実に再現したと軽部も感心していたとおり、本当にそうだ。今までの武器もそうだったように、この九節鞭も映画か何かの映像で先にハンカチのような布をつけた演武用のやつを見ただけで、私は実物を見るのは初めてだがほぼ同じに見える。

「いつでもかかって来るがいい」

 美貌のおじさんは余裕シャクシャクだ。

 何とも言いようの無い構えで片手で持ち手を握り、肩に長い本体を掛けるように回して反対側の先をもう一方の掌で支えているのは、いつでも動き出せるぞという形なのだろうか。メキナレアと言ったか、このセープの国王に寄生している第二階級。宿主が相当の使い手だからだろう、本当に隙が無い。

 金色の冷たい蛇の目が私達の出方を伺っているのがわかる。

 自分の父親とあってか、リシュルは早くも臨戦態勢だ。もう随分慣れて来た三節昆を構えて、じりじりと間合いを計っている。出来れば自分の手で寄生を解きたいのだろう。

 大勢を相手に出来る武器の形状から見て、一斉にかかるのは好ましくない。下手をすれば早くも全滅もありえる。回復魔法を使ってくれる医師団もいない今、ここは少人数で行った方がいいな。やる気満々のリシュルは外せないとして……。

「私も出よう。残りは隙を突いて城門を突破しろ、私達もすぐに行く」

 振り向かず、後ろで待機していたグイル、ゾンゲ、ミーア、イーア、スイに合図する。ルピアもだぞ、お前には言わなくても通じてるな?

「二人でなんか無理だ! マユカこそ先に行け」

 グイルが言っているが、わかって欲しい。まだ城内にすら入っていない今、一人でも数を減らしたくないのだ。先に行くのはともかく、とりあえず離れていた方がいい。

 そのあたりは頭の中を読んだのかルピアがちゃんと伝えてくれる。

「大丈夫、マユカ達は絶対に負けないから。信じて先に行って待っていよう」

 よしよし、いい子だなルピア。そう離れなかったら魔力の方も大丈夫だろう。

 じりじりと突破の機会を窺うルピア達の方に、ちらりと金色の目が動く。

「行かせんと言った!」

 ついにメキナレアが動き出した。ひゅんと小気味のいい音をたて九節鞭を振りながら身軽に跳躍する。細い先の鎖部分はすごいスピードで振り回された。見えるのは日に当たってきらりと光る軌道だけ。

「危ない!」

 私達で無く、ルピアの方に向かった銀色の光の筋を、横から打ち付けて防いだのはリシュルの三節昆だった。

 じゃり、と金属の音を立てて九節鞭が石畳に叩きつけられた。

「ほう、やるな」

 すぐさま波打つ蛇のような九節鞭を引き上げたメキナレア。その目がリシュルの方に向いた。

「まずはお前からだな」

 自分の息子だ。だが意識を乗っ取られているためか、何の感情も浮かばないような見知らぬ他人を見る冷たい目だった。それはリシュルにとってどれだけの精神的なダメージを与えただろうか。

「……父上を返してもらう!」

 いつもは私達の仲間の中で一番クールな蛇青年が、戦意を剥き出しにしてかかって行く。三節昆の端を持ち、二節を振り回す形だ。

 本体を狙うように打ち付けた三節昆から、メキナレアはひらりと高い跳躍で逃れ、飛んだ勢いで上から九節鞭を放ってきた。

 リシュルもかなり身は軽いし、動体視力に優れている。さらりと躱すと一旦離れて、相手も着地して再び体勢を立て直す。流れるような二人の動きはカンフー映画を見ているようだ。このセープの格闘技は元々中国武術によく似ている。武器の相性が良いのはそのためだろうか。射程は違ってもどちらも同じ系統の武器であるのも相性が良い。

 ……とか、感心している場合じゃなくて。私も戦わねばな。今までの上位幹部もそうだったように、一旦ターゲットを絞ると他は見えなくなるくらいに集中するのがヴァファムだ。ちらりとルピア達の方を見ると、離れながらも少しづつ城門の方に近づいている。よしよし、イイカンジだ。

 私はリシュルの方に神経が行っているらしいメキナレアの横手に回る。突きに行こうとしたが、何せ身長よりも長い武器だ。ぶん、と大きく振り回されて先の尖った錘を退けるのに必死で近づけなかった。

 二回、三回と繰り返されて九節鞭を振り回されるうち、リシュルが先に前に出た。

 それを金色の蛇の目は見逃さなかった。すばやく襲ってくる銀色の光。

「うっ!」

 よけ損ねたというより、リシュルが防御するように翳した三節昆に当った反動で予想外の動きをした九節鞭は、細いリシュルの首に節で折れて三角形の首輪のように巻きついた。稼動する節が多い分、これが怖いのだ!

 リシュルには悪いが、私にはチャンスでもある。長い武器は攻撃の直後隙が出来る。鞭の持ち手を握ったメキナレアの手に思いきり突きを入れる。

「うあっ……」

 リシュルすまん、一瞬余計に首が絞まってしまったみたいだ。それでも、じゃらっと音を立てて引いたメキナレアの九節鞭はリシュルの戒めを解いた。

 膝を突いて咳き込むリシュル。向こうではメキナレアが飛び退いて私の攻撃を受けた手首を振っている。結構効いたみたいだ。

「大丈夫か、リシュル?」

「ああ……なんとか」

 よろよろと立ち上がり、リシュルも体勢を立て直した。

「落ち着けリシュル。気持ちは理解できなくも無いが、焦っても勝てないぞ」

「わかっている!」

 ……そのイライラしてるのがわかっていない証拠だ。自分の親だからな。ここは私だけでも冷静でありたい。

 身は異常に軽いが、第二階級だけあって見切れないほどの動きでは無い。しかし武器の射程が長く見た目より破壊力がある。

 攻略法を見つけないとアレを何回も受けたら厄介だ。

 打ち付けるだけでなく巻きつく武器。まるで蛇のように。それは蛇族の王に相応しい武器では無いか。

 巻きつく……か。私は長い一本の得物。なんとなーく形が見えた気がする。

 今度は私がリシュルより先に出た。あの九節鞭さえ封じれば……

 くるくると大きく回すように如意棒ならぬ突っ張り棒を構えて走り寄ると、やっと私の方に意識を向けたメキナレア。よし、放って来い!

 だが、思わぬ行動に出たのは味方だった。私を追い越すようにリシュルが先に前に出たのだ。

 馬鹿っ! 前に出るな!

 獲物を見つけた九節鞭は勢いよく放たれた。うねるような動きはまたも光にしか見えない。リシュルも上手く躱したかに見えた。いや、躱した。

 だが。

 びゅん、という音の後に、リシュルの二の腕辺りから赤いものが飛沫いた。引き戻され、勢いよく返って来た鞭の先にやられたみたいだ。

「リシュル!」

 リシュルの手から離れ、乾いた音を立てて地面に落ちた三節昆。ぽた、ぽたと地面に落ちた血。

 すかさず私が打って出ようとしたが、意外にもメキナレアはすぐには動かなかった。その金色の目が地面に落ちたリシュルの赤い血を凝視している。

 躊躇っている場合では無いので、私はそのまま突きに行く。それはふわりと躱された。だが、至近距離で見えたその顔に光るものを見つけて、今度は私が驚く番だった。

 え? 涙?

 打ち込んで来てくれないことには、先の攻略法がつかえないので一旦私も引く。

 自分が寄生されかけた時の事が思い出された。

 心の中で透明の檻に入れられ、外を見ている感じだった。自分の体なのにいう事をきいてくれなくて、それが歯痒くて。大事な人を傷つけて心の中で泣いた。

 リシュルのお父さんにも見えているのだろうか。自分の手で息子を傷つけるなんて、もし見えていたら相当辛いはずだ。

 あの涙は見えているからではないのか。罪悪感を感じているから。

『自分の意思を捨てないで。もっと抵抗して!』

 ルピアの必死な声が思い出された。あの時は確かにルピアに助けられたのもあったが、内側から強い意思を持って抵抗すれば少しはマシにならないだろうか?

 一旦思いきり離れ、体勢を立て直す。メキナレアは追って来ない。

 私はリシュルに告げる。

「リシュル、お父さんの意思は僅かだが残っている。もっと内側から抵抗するように訴えてみてくれ」

「よし」

 流石は頭の回転の早いリシュルだ。熱くなっていても私の言わんとした事を瞬時に理解したらしい。

 血の滴る腕を押さえながらふらりと立ち上ったリシュルに、メキナレアは再び九節鞭を構えた。地面に先をパタパタと叩きつける様に予備動作でいつでも攻撃を放てるように弾みをつけている。

 リシュルが、すう、と息を大きく吸い込んだ後叫んだ。

「この駄目親父っ! いつも強ええ母ちゃんの尻に敷かれてるだけでも充分情け無いのに、やっぱり虫にまで下に見られてるんじゃないかよ。ここ誰の国だ? ここ誰の城だよ? あーっ情け無い! これがまだ大女王の側近とかならカッコイイけどさ、任されてるの城の外じゃないか。門番の役目だぜ? 大国セープの国王も舐められたもんだな、えぇ?」

 怒鳴りつけるような大きな声だった。

 リ、リシュル……?

 そんな喋り方も出来たんだな。説得というよりただの罵倒だし。今のは思いっきり素だろうか。いつもが上品なだけに酷く衝撃的に聞えたぞ。

 そして衝撃を受けたのは私だけでは無かったようで。

 メキナレアに乗っ取られた王様の顔に怒りの表情が浮かび、そして僅かに苦しげに眉を寄せた。額に手を当てたのは頭が痛いのだろうか。

「くっ……」

 あ、利いたか? 精神の世界の檻に閉じ込められていた宿主が抵抗をはじめたのだろうか。

 この隙を逃すものか。

 リシュル、父ちゃんを傷つけて悪いがここは行かせてもらうぞ!


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