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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第二章 新大陸編
76/101

76:謎の白蛇

 しんと静まった病院の入り口。

 近くで見ると、温泉病院はかなり大きな建物だった。そして他の木造建て瓦屋根の擬似洋風でなく、石造りの堅牢な構え。三階建てだ。

 見上げると、上の階には灯りが点っている。ここも大勢の人のいる気配はあっても、下っ端が襲ってくる事も、もう一人いる役付きが出てくることも無い。

 上半分にガラスが填められた大きなドアの横に呼び鈴がある。一応中の者を驚かせないように断ってから入るべきだろうか。

「マユカ、わざわざ挨拶はいらんと思う」

 先回りしてリシュルに言われた。そうかな? 不法侵入は嫌なのだが。

「小女王は一階奥の特別別館にいます」

「もう一人も一緒にいると思います」

 案内に連れて来たコシノとトミノに寄生されていた鳥族の双子が交互に言う。こう言っちゃなんだが、寄生されていた時の方がまだそれぞれ個性的だった。今はもうどっちがどっちなのか全くわからない。

「そのもう一人も何か武器を持っているのか?」

「「わかりません」」

 ……返事はステレオでしなくていい。

 謎の多い役付きなのだな。小女王の最側近ということは多分女性なのだろうが、あまりに情報が少なすぎる。一つ言える事は、多分コシノやトミノより強い。

 ドアに鍵は掛かっていなかった。入ってすぐはいかにも病院のエントランスという風情の簡素な長椅子の並ぶ広い空間。灯りは壁際の小さな非常灯っぽいものだけで薄暗い。

 このニオイ。病院独特の消毒液とリネンの匂いに混じって、かすかに嗅いだ事のある甘い匂い。花の様な蜂蜜のような。これは小女王エルドナイアの部屋で嗅いだ匂いと同じ。

 この奥に小女王がいる。そして今も卵を産み続けている。

 他に何人の小女王がいるのかは把握していないものの、デザールの方の大陸はエルドナイアだけであの混乱だったのだ。一人でもいい、早く捕まえてこれ以上のヴァファムを増やさないようにしないと。溢れる水は元を止めねば。

 あまり大人数で押しかけるのも警戒される。耳かき部隊、医師団はエントランスで待機。小女王、幼虫を保護するための運搬用の箱もここに用意。イーア、ミーア、ゾンゲにはデザール・キリムからの兵士と共に、先に上の階に幼虫の餌役に囚われていると思われる市民を解放に向かってもらう。

 それでも私とルピア、対役付き戦に備えてグイル、リシュル、ゲン、それから案内の鳥族の双子という七人もの大人数で小女王の元へ。

「「こっちです」」

 相変わらずステレオで案内する双子。長く寄生されていたという彼等にはかなりの記憶が残っているみたいだ。

 病院らしい内部を抜け、進んでいくと中庭に面した渡り廊下があった。そこを渡りきると、いきなりがらりと雰囲気が変った。

 特別別館というのは恐らく、この国や違う国から湯治に来た王族や位の高い貴人が療養するための施設なのだろう。病院というより高級ホテルのような豪華な内装だ。ふかふかとした絨毯の敷かれた床に綺麗な壁。所々にシャンデリアっぽい蜀台も見える。

 更にあの甘い香りが強くなって来た頃。一番奥の一際豪奢なドアがゆっくりと開き、誰かが顔を覗かせた。

「来たか……」

 小さな人影が出てきて、後ろ手にドアを閉めると真っ直ぐに立ってこちらを見た。

 刑事スキャン始動。推定年齢十二~十四、身長百四十五~五十センチ、体重は四十キロ無いだろう。極めて色白。肩までのおかっぱストレートの髪はほぼ白のプラチナブロンド、大きな目はウサギのように真っ赤。非常に可愛らしい顔だが全体にアルビノのように白いので、幽霊のようにも見える。ランタンスリーブのふわふわしたペチコートが覗く水色の丈の短いワンピースに、レースの靴下と白いレースのエプロン……と、ある種のお兄さん達が好みそうなロリファッション。かすかに首筋や足に白いウロコが見える。蛇族か。白蛇……なんかなぁ。

「あんた達が伝説の戦士とやらのご一行?」

 首を傾げた少女は氷で作った綺麗な人形のようにも見えた。

「そうだ。小女王を捕まえに来た。お前が女王の側近の役付きか?」

「そうだよ」

 これが謎の幹部なのか。子供とは思わなかった。やり難そうな相手だな。

「カワイイ……かも?」

 小さくルピアが呟いたので、軽く足を突っ張り棒でつついておいた。

 私達の後ろにいる双子に目を向け、少女は眉を顰める。

「ちっ、コシノもトミノもあっさりやられちまったのか? ったく、デカイ図体選んでおいて使えねぇな」

 うわ、なんだこの娘。大人しそうな顔でものすごく口が悪いな。

「ネウル、お客様なの?」

 扉の向こうから長閑な女性の声。小女王様か?

「はい。伝説の女戦士様ご一行がおみえに」

「入っていただいて」

「いえ、このような野蛮な方達に入って頂くわけには。少し向こうでお話をしてお帰り願いますので、キオシネイア様は何もご心配なさいませんよう」

 穏やかな可愛らしい声で返す少女。この猫かぶりめ。

「そうなの? そうね、子供達が怖がるといけないわね」

「はい。ではネウルは少し外しますゆえ。すぐに戻りますので」

 ドアに向ってにこやかに笑いながら穏やかに言ってから、くるりと向きを変えた少女は厳しい顔で私達の方を見た。

「来な、あっちで話をしようぜ」

 顎で廊下の先を指す少女。うーん、見た目とこの乱暴な喋り方にものすごいギャップを感じる。しかも何、その女王に対するのと私達に対する温度差。

「話し合いで済ます気など無いぞ」

「わかってるよ、んなこと。でも語り合おうぜ、拳でな」

 うわぁ、なんかカッコイイ! 拳で語るとか言いやがったぞこのチビっ子。

「俺はネウルレア。キオシネイア様の邪魔はさせねぇよ」

 レアか。こんな小さな子も第二階級なのか。

 いや、でも俺って。せめて僕とか。僕っ娘なら知ってるが、『俺』が可愛い女の子の口から出ると非常に違和感が……。

 しばらく無言で着いて行く。特別別館を抜け、普通病棟に移動すると、入って来たエントランスを横目に更に移動。そのまま突き当りまで。

 大きなガラスの扉を白い小さな手がスライドさせると、そこに広がっていたのはタイル張りの空間だった。むわっと湿っぽい湯気が襲って来た。

「ここなら広い。邪魔も入らねぇだろ」

 そこは大浴場だった。

 壁際はかなり大きなL字の浴槽。その手前には、恐らく温泉に浸かってからリハビリやマッサージでもするのか、何も無い空間が広がっている。確かに広い。畳にしたら三十畳以上はありそうだ。

 ネウルレアは、ひょいと数メートル身軽に跳んで下がり、足を広げて立つとエプロンのポケットから何かを出した。

「殺しはしねぇ。折角の湯を汚さないで欲しいけどよ」

 ナックルダスターか。所謂メリケンサックってやつだな。またマニアックなものを……軽部、お前ヴァファムにどんな映像見せて教育してたんだ。

 小さく持ち運びも容易だからか、隠し武器として広まったメリケンサック。威力もあるため日本では銃刀法違反の立派な違法武器だ。良い子が持ってよいものではない。しかもご丁寧にやや尖った刺つきだ。当たれば顎の骨くらいはヤバイ。

 相手が小柄で少女だとはいえ、油断ならないのはリリクレアでも経験済み。しかしこの体躯で格闘タイプの武器とは……

 私が出かけると、止めたのはグイルとゲンだった。

「マユカは無理するな。オレ達で行く」

「殴り合いは得意よぉ」

 ふむ。では犬族マッチョチームにお願いしよう。広いが一人相手に全員で動けるほどのスペースは無い。

「……こんな小さな女の子相手はやり難いんだが」

 グイルの気持ちはわかる。案外紳士だからな、お前は。

「見かけに騙されるな。小女王の側近の高位幹部だ。絶対に強い」

 ちら、と見ると横ではルピアが既に防御魔法を出す準備をしているらしい。任せたぞ、みんな。

「来いよ」

 小さな体がファイティングポーズで手招きした。この娘はある意味正統派ファイターらしい。

 そしてネウルが言う。

「言っとくが、俺のこの体はれっきとした男だ。遠慮すんな」

 うっ!

「えっ? うそっ」

 非常に間抜けな声が男共から上がった。

 どこから見ても完璧なロリっ娘だが! ええと、こういうの何て言ったっけ……男の娘? 小女王様の趣味なんだろうか、この格好?

 そして大浴場での殴り合いが始まった。


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