72:電話の相手
街の役場らしき建物をみつけたのは、もう日も傾こうという時刻だった。
ここの役場も二階建てで、全体に洋風な外観なのに木造瓦葺という、やはりこの世界で今まで見てきた、日本の明治・大正期の擬似洋風建築を思わせるアンティークな佇まいだ。
中は無人。ここしばらくの間、役場としての機能を果たしてはいないようだ。二階には会議場らしき大人数を収容できる部屋もあったので、ここを兵士や耳かき部隊の待機場所に決めた。街の皆さん、公共施設を無断で占拠することをお許しいただきたい。始末書は書く。
「前に行った町の役場では、内線電話や有線放送が通じていたが、こちらにもあるのだろうか」
ふと役場の受付業務のカウンターが目に付いたので言ってみた。
「繋がってるんじゃない? エリマは温泉熱の地熱発電施設があって電気も全域に普及してるし、国内外から要人が来る所だもの。田舎だけど他所より進んでるわ」
ミーアがしれっと答えた。先に教えておこうか、そういう情報は。
言われてみれば街中にも街灯が規則正しく並んでいたし、お土産屋の店先にもあきらかに電飾であろう看板も見受けられたな。電気が普及してるからなのか。
役場の仕事スペースを見て回ると電話があった。向こうの大陸でも見た箱にコップみたいな話口のあるクラッシックな物。ダイヤルするのでなく、プラグを差し替えることで繋がる先が変わる事は学習済みだ。でも、なんかいっぱい繋ぐところがあるな。
「あらぁん、これ内線だけじゃなくて外にも繋がるのね。新型じゃない~」
ゲンちゃんがゴツイ手で弄りながらひゅうと口笛を吹いた。
そうか、これが新型なのか……そう思わなくも無いけど、車でなく馬で移動して来たような文化レベルだ。そう思うと確かに最先端技術だな。
なになに? 町長室、資料室。これは内線だな。その他、消防署、警察署、源泉管理事務所、温泉病院院長室、交換所とある。
「交換所?」
「相手の番号を交換所に言うと繋いでくれるんだろう」
リシュルが仕組みを説明してくれた。一応国王の息子だもんな。電話くらい知ってるだろう。ふうん、電話のシステムは昔の日本と同じなんだな。
そこで、私は頭の中に何故か閃いてしまったので、リシュルに聞いてみる。
「なあ、セープの王宮って電話ある? 電話番号わかる?」
「勿論あるしわかるが……なぜ?」
「大女王がいるんだろ? 電話を掛けてみようかと」
「……マユカ……」
リシュルだけでなく皆が呆れている。うん、そうだな。呆れるか、やはり。ルピアまで情けなーい顔で見ているな。
「いや、ほら。前に役場の内線で掛けたら直接役付きが出たじゃないか。ああいうのが無いかなーと」
「まさか大女王は自分では電話には出んだろう」
そうかな、やっぱり。
そこでぽんと肩に手を掛けられた。ルピアだ。
「にゃ、にゃにゃにゃーにゃにゃ」
「それはまずこの街の小女王を何とかしてからにしようか、と言ってる」
ほぼ同時にゾンゲの通訳が入る。むう、それもそうか。
気を取り直して、その隣の温泉病院院長室とやらに掛けてみた。つーつーという音。やっぱり留守かなと切りかけた時、
「もしもし」
相手が出た。なんか聞いた事のある声。
掛けたはいいが、なんと名乗っていいかわからなくて、とりあえず言ってみる。
「えー、こちらは町役場だが」
そんな適当な言葉に、相手は冷静に返事してくれる。
「そのようですね。そちらに到着なさったのは知っていますよ、レディ」
「……あの時の鳥男か」
わお。直接役付きに繋がってしまったぞ! やはり見張られていたか。だがそれは元より予想の範疇だ。どうでもいいがレディなどと呼ばないで欲しい。照れる……じゃなくてこう、背中がこそばゆい。
受話器を塞いで、他の皆に報告する。
「国境に出た第二階級に繋がった」
「……マユカ、笑っていいだろうか?」
笑ってる場合じゃないから、お話してみよう。電話に出るという事は、今近くにはいないという事だ。くないが飛んでくる事は無いだろう。
こちらが何か言う前に、向こうからやや不平が返ってくる。
「鳥男とは酷い言われようだ。コシノレアと名乗ったと思いますが。覚えておいてくださいねとお願いしたのに」
「それはスマン。コシノさん、そちらには小女王がおいでだろうか?」
「おいでですよ。今も同胞を産む崇高なお仕事をされています」
「そうか。では後ほどお邪魔する」
「ふふ、お待ちしております」
通話をそこで切った。振り返ると、全員がぽかーんと立っていた。漫画でいう所の目が点という感じの情けない顔だ。
「の、長閑に会話してたな、マユカ」
「相手はあの第二階級でしょ? 何、そのこれから遊びに行くみたいなノリ」
ミーアに言われた。そうかな、そう長閑に話していたとは思えないのだが。
「小女王、温泉病院にいるって」
「……そ、そうか」
「い、居所がつかめて良かったな」
そうだとも。現場に出動するには下調べが必要なのだぞ。たまたまとはいえ、うまく繋がって探し回る労力も減ったし、非常に穏便な形で会話出来たのだから、うはうはではないか。
「にゃ、にゃごぅ……」
「じゃあ行くか……」
なんだか気の抜けた表情の戦士達と共に、私達は温泉病院とやらを目指した。
渓流に掛かる橋を渡りきると、空気が一変した。
ピーンと張り詰めたような緊張感のある空気だ。それに、すごく大勢の人の気配。まだ姿は見えないが、見張りクラスが待ち構えているに違いない。
もう夕刻。川面に金色の光を投げかける日は山の向こうに沈もうとしている。考えてみれば前の小女王の村に行ったのも夕方だった。途中で日が暮れて暗い中で戦うのに苦労したんだった。
かといって居所もわかった事だし、向こうにも私達の動向が知れている今、下手に夜を明かしてからというのも、寝込みに攻め込まれる危険性がある。それならばこちらから攻め込んだほうがまだ良い。
数階建てのホテルか旅館だろう建物が多い。平屋の多かった川向こうより圧迫感がある。だが、やや坂がちの道沿いの街路樹や行灯に似た意匠の街灯は趣があって、ここに来たのが戦いに来たのではなく、湯治に来たのならさぞ良い所だろうなと思う。
「温泉病院ってあれかな?」
なんだか病院っぽい建物を発見。残念ながらこちらでは赤十字なんてものはないので印がわからないが、ホテルよりはそっけない白い二階建ての建物。
「にゃん」
ルピアが自信満々に頷いた。ほう、何故そう断言出来る?
「にゃにゃにゃー」
ルピアが私に差し出したのは、街の案内パンフレット。多分役場でもらってきたと見える。公共施設の他、細かく「○×楼」とか「△○旅館」とか書いてあり、ご丁寧にグルメスポットまで乗っているではないか。うん、間違いないな。というか、そんな便利なものがあるのなら先に見せろ、馬鹿者め。
まあいい。目指すはあの建物。少しでも陽のあるうちに行きたい。
そうは思っても、アウェイではやはり障害は付き物だ。
「キオシネイア様ノ所行カセナイ」
坂の途中、目指す温泉病院まであと少しという所で、ものすごい数のヴァファムに寄生された人たちに囲まれた。皆それなりに武装している。
ふん、こいつは百人近くいるのではないだろうか。気配は察していたものの、思ったより多い。国境の下っ端達と同じく、ある程度の一線を越えた瞬間に襲ってくるよう命令されていたのだろう。
幹部に辿り着くまでにあまり疲れるのも嫌だが、ウォーミングアップと言えなくも無いか。
「皆、気をつけろ!」
ここは早めに切り抜けたいので、ルピア、医師団、耳かき部隊を下がらせ、私と五戦士がそれぞれ武器を持って対抗する。
結構な坂で、足元が水平では無いのが動き辛い。しかし、考えようによってはラッキー。突っ張り棒を最大の長さに調節し、思いきり振り回すと、当たりもしなくても面白いように人が倒れていく。足場が悪いのは相手も同じ。バランスを崩せば転ぶのは早い。
長い得物の刺叉のグイル、三節昆のリシュルも同じ戦法で相手を転ばせている。ゾンゲ、ゲンは素手で蹴りとパンチ、投げ技で、ミーアはもうすっかり愛用になってしまった鞭でばしばし倒している。
倒れた所をイーアを先頭としたデザール・キリム軍の兵士がソフトにとどめを刺してまわり、その後耳かき部隊が掃討。何も言わなくてもかなりの連携がとれている。
それでも数が多かったのでかなりの時間を要してしまった。
くそ、日が沈む……。
「よし、片付いたか」
気が付けば私も結構息が切れた。心配した暗さは、流石に進んだ地区だけあって日暮れと共に点った街灯が払拭してくれた。私達の最大の敵はこの坂道だ。通常の倍以上の筋力を使った気がする。
幸いこちらに怪我人は出なかったし、解放した人々は坂を下って向こうの地区へ逃げるように指示したので早々に去って行った。
気をとりなおして、目的の病院へと歩を進めかけた私達の上を何かがばさばさと音をたてて過ぎった。
……来たか。コシノレア。
すとすとん、と足元に突き立ったのはあのくない。
坂の上で街灯に照らされ、鳥から人型へと姿を変えて優雅にお辞儀をしたのはやはりアイツだった。緑の髪に浅黒い肌の男前。
「お待ちしておりましたよ、レディ」
「俺ははじめましてだよな。へぇ、これは強そうなお姉さんだ」
……おい。
何でコシノレアが二人いる?




