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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第二章 新大陸編
71/101

71:静かな温泉街

 再び馬車で移動中。私の手には柱に刺さったままだったくない。

 黒光りする鋭利なフォルムは美しいとすら思える。どこか鳥の羽根にも似ていると思うのは気のせいだろうか。奴が鳥族だったから。

 もしもあのままだったら私は死んでいたかもしれない。後で振り返ると酷く恐ろしかった。

 とはいえ、国境の前哨戦で僅かなりとも相手の実力を知れた事は、考えようによってはラッキーだったといえなくも無い。キオシネイアと言ったな。その名前から察するに、やはりエリマにいるのは第一階級、おそらく小女王。

 あのコシノレア。こちらも名前から第二階級とわかるが、非常に強かった。何より、獣化というのが恐ろしい。しかも鳥だ。最初どこにいるかもわからなかったのは、鳥になって飛んでいたからなのだろう。

 姿を変えて飛ばれたらこちらから攻撃出来無いし、奴の得物は限りなく飛び道具だ。どう攻略すればよいか……いや待て、そもそも奴一人とは限らないのではないか? 小女王ともなれば二人くらい護衛がついている可能性のほうが高い。寄生されていなかった軽部にだって、第三階級とはいえ二人もついていたのだ。

 あの強さくらいの奴を、二人同時に相手というのは……。

「困ったな」

 私は思わず愚痴を漏らす。

 まあ、今からあれこれ考えても仕方が無いか。どちらにせよここまで来て引くわけに行かないのだし、その場に行けばまた何とかなるかもしれない。ほら、コモナとルミノは協力的で無かったし、ベネトとノムザも仲悪かったし。今まで何とかなって来たしな。

 ……段々と楽観的になってきた自分に呆れる。だがそうとでも思わないと非常に怖いのだ。この鉄仮面の修羅だって怖いものはあるのだ。

「にゃー」

 猫ちゃんの声にハッとすると、至近距離で無駄に綺麗な顔が覗き込んでいた。ルピアも心配してくれているのだろうけど……うーん、やはりまだ慣れない。おかげで考える事を放棄したくなったのは幸いか否か。

 元々口を開けば残念な台詞しか出て来ない男ではあったが、ずっとこのままも嫌だな。まだベラベラ喋る子猫ちゃんの方が可愛かった。

「いっそもう一度猫になれないのか?」

「うみゃ……にゅ」

「変わるのは怖いそうだ」

 まあな。また戻れなくなったら本当に普通の猫だもんな……。

「温泉に浸かったら治るんじゃない?」

「ありえるかも。何でも万病に効くって噂だし」

 横でミーアとイーアが長閑に言っているが、うむ。それいいかも。

「でもこれって病気なのかな?」

 グイル、鋭いツッコミありがとう。

「にゃーにゃにゃんにゃっ!」

「……ルピア様、訳さなくていいですか?」

 お、何だ? ゾンゲが通訳拒否したぞ? ルピアは何て言ったんだろうか? わからないと余計気になる。

「なあ、ゾンゲ。ルピアはなんて言ったんだ?」

「聞かない方がいいと思うぞ」

 お前が言うなという心の声が聞こえる気もするが、毛の生えた豹顔では表情がわからないのに、ゾンゲが恥ずかしそうに見えるのは気のせいかな?

「ゾンゲ、怒らないから言ってみ?」

「裸でマユカと一緒に温泉に入るのが楽しみなんだそうだ」

 ……ほう。

「誰が一緒に入ると言った?」

「うにゃっ?」

 何を驚いているのだルピア。当たり前だろう。握った拳は振るわなかったぞ。

「こちらの世界ではどうかしらんが、私の国では男湯と女湯で別れていたぞ」

「こっちも別れてるわよ」

 ミーア、それはよい事を聞いた。

「そんでもって、私の国では温泉では裸だった。余所の国では水着着用だったが」

「それは……裸なのよね」

「裸なのか?」

「うん」

 まあいい。どちらかというと風呂は裸で入りたい。

「覗くなよ」

「うにゃん……」

 あからさまにがっかりした顔だな、ルピア。喋れない分表情が豊かになった気はする。

「うふふぅ、じゃあ、猫ちゃんはアタシと一緒にお風呂に入りましょうねぇ。隅々まで洗ってあげてよぉ」

 ゲンちゃんのくねっとした声に、ざざざーっと男共が馬車の荷台の隅に散った。勿論、ルピアも逃げた。

「お、お前だけは一人で入れよ?」

 グイルが泣きそうになっている。

「んもう、酷い」

 というか、一気に和やかな雰囲気になったのはいいが、これから戦わねばならないのだ。暢気に温泉に浸かる算段をしている場合では無いな。

 またあの鳥に姿を変える男の事を思い出し、ぞっとした。あれとやりあわなければならないのだ。

 せめて犠牲者が出ないことを祈りたい。

「にゃっ、にゃにゃにゃ、にゃーご、うみゃ」

 ルピアが私の肩をぽんと叩いて、ニッコリ笑った。う、うぉっ? なんか黒くない眩しい笑みだな。ドキッとしてしまったではないか。

「なあ、ゾンゲ。また訳したくないような言葉だったんだろうか?」

「いや。無事役付きに勝って、皆で温泉に浸かるのを目標にしてやればいいと」

「……ああ」

 目標か。そうだな、何か目標にするものがあれば頑張れるもんな。

 温泉がご褒美とは少し志が低いような気もしなくはないが。

 入りたいな、温泉に。


「ここか」

 国境のゲートから一山越えて、目指すエリマの街についた。

「……好きだな、これ」

 ここにもあった。『ようこそ湯煙の楽園エリマへ!』の看板。

 日本の山里の温泉街もそうなように、旅館らしきものが密集する一角が見え、その周りは民家もそんなには無く、谷間にくしゅっと纏っているというか。

 背後にはやや高い山が見え、周囲の山々と共に谷を形成している。遠めに見ても美しく澄んだ渓流が流れ、その谷間に張り付くようにエリマの町はあった。街道からみると中央に大きな橋が架かっていて、町は二つの区域に分かれている。

 今まで生きてきた中で、どこかで見たような風景。街の入り口のこのセンスが良いとは言えない看板ですら、それと相まってノスタルジックな感じがする。橋を挟んで高い山のある方側に、白い湯気が見える。あちらが温泉の湧き出し口がある方側なのだろう。そういえば何階建てかの大きな建物が多いのもその方側だ。おそらく幹部はあちら側にいると推測される。

 私達はまず、反対側の一般市民が住んでいそうな地区に入ってみる事にした。

「静かだな」

 人の気配を感じない、静かな街。やはり温泉場らしくお土産屋っぽい店舗も見受けられるが、営業している様子は無く扉は堅く閉されている。

「下っ端に憑かれている者もいないのだろうか?」

「それはないだろう。幾ら小さな街とはいえ、住民は結構な数いるはずだ。見張りでも誰でもいいから捕まえられたら役付きの居場所を訊く事が出来るのに」

 とにかく調査がてら歩き回ってみる。もう午後だ。馬を休ませる場所や耳かき部隊達が待機出来る場所も確保したい。

 不法侵入ではあるが、一度長屋っぽい普通の民家に入ってみる事にした。

「お邪魔しまーす」

 一応ノックはしたぞ。

 しーんと静まり返った家の中。狭いが綺麗に整理された室内はもうかなりの時間無人であった気配だ。家具調度は揃っているのに生活感が無い。

 嫌な予感がして来た。

 こういうのは前にも見た。そうだ、キリムの外れ、エルドナイアがいた鍛冶屋の村。あそこも無人だった。

 そして村人は幼虫を育てるために……。

「やはり、このエリマにいるのは小女王に間違いないな。街の人達は恐らく集められてヴァファムの子供を育てる役目を負わされているか、全土に下っ端を広めるための運び屋にされているのだろう」

「……そういうことか」

 とりあえずこちらの区画はほぼ無人と見てよいな。どこかに待機所を設ける分には問題無さそうだ。

「もう少し見て回ろう。ひょっとしたら向こうから動きがあるかもしれない」

 奇妙な胸騒ぎを抑えきれず、ふと仰いだ空に、緑の大きな鳥の姿を見た気がした。


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