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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第二章 新大陸編
70/101

70:国境の鳥

 幌馬車に分乗して移動すること四日。

 ついに私達は魚族の国ディラを抜け、鳥族の国エローラの国境を目前にした。

 本当は直線距離で来れば二日で来られる距離だった。しかし途中の村を地道に開放して寝泊りできるところを確保しつつ、起伏の激しい山がちの道を進んできたので時間がかかったのだ。

 デザールのある大陸に比べ、こちらは山や森が多い気がする。ディラもそうだったように、海のすぐ後ろが山という感じや、平地が少ないがゆえに山の斜面に階段のように広がる段々畑など、やはりどこか日本を思い出させる懐かしい眺め。異世界にいることなど忘れてしまいそうだ。

「うにゃにゃごー」

「皆聞いてくれと言っている」

 ……相変わらずゾンゲの通訳が必用なルピア。他の猫族よりも猫耳も尻尾も無い分未だに見た目と鳴き声のギャップに慣れない。

 それにだ。どうでもいいがくっつくな。猫の時は一匹プラスデカいので済んだが、百八十を越える男二人に常に挟まれている私の身にもなってくれ。かといって真面目に自分の役割と通訳を買って出てくれるゾンゲに邪魔だとも気の毒で言えない。

「なんかなぁ」

「気の毒というかより残念と言うか……」

 どうも他の面々もこの見た目に猫語が馴染めない様子。生温い目で見られているのに、ルピアは開き直ったのか気にした様子も無く続ける。

「にゃ、にゃにゃんふぎー、みなーごぅ、うにゃにゃにゃーにゃん」

「デザール、キリムのように国境を越えるのにすんなり行くと思えない。皆、戦う準備をした方がいい」

 珍しくルピアがきりっと表情を引き締めて言ったが……ゾンゲの通訳つきで……口から出るのがにゃーなのでイマイチ緊張感に欠ける。

 だが確かに言うとおりだ。あのヴァファムのキーンという音は、何十キロ先の役付きにも届くらしい。次の役付きがこの先にいるとなると、フリーパスとは行かないだろう。

 馬車の列を国境ギリギリで止める。

「丁度いい。少し暴れたい気分だ」

 二人の猫男から逃れるように、私は立ち上って馬車を降りた。


 ルピアやニルアや耳かき部隊の非戦闘員の護衛として、ゾンゲ、イーア、ミーアを馬車に残し、私とグイル、リシュル、ゲンで簡素な国境の検問所らしき小屋へ向かう。

 いきなり役付きではないだろうと言う事で、こちらは武器を携帯していない。何人いようと下っ端や見張りクラスなら余裕のメンバーだ。

 意外にも小屋は静かだった。無人か? いや、何となく気配がある。

「沢山のヴァファムのニオイがする」

 グイルが低く唸り声をあげている。

「安心させておいて馬車で国境を越えた時に一斉に襲ってくるつもりなんじゃないの? ほら、虫ちゃん達真面目だしぃ」

 経験豊富な元傭兵ゲンちゃんがくねっと言う。

 うむ、つまりアレだな、私達警察がスリなどの軽犯罪で怪しいと思っていても、現行犯で無いと逮捕出来無いのと同じだな。どうでもいいが。

「じゃあ国境を一歩越えてみようじゃないか」

「賛成」

 温泉街の幹部の所に行くまでに、軽くウォーミングアップしておきたい。

 小屋の横に『ようこそ湯煙と癒しの国エローラへ!』という手作り感満載のゲートがある。安っぽいペンキで描かれたような南国っぽい花が山の棚田に似つかわしくは無い。うん……こういうの温泉のある県に入るとあるよな。そして、そのゲートの下には、律儀にも赤い線が引いてある。これが国境線? わかり安すぎるじゃないか。

 面白いので四人でせえので越える。

 しーん。

「あれ? 襲ってこないな」

 と、安心したのも束の間。目の前を何かが掠め、ストンと音をたててゲートに突き刺さった。

「飛び道具!?」

 それは小さめの*くないだった。

「手裏剣?」

 飛んできた方向を確かめようとすると、木や建物の陰から相当の人数が出て来た。皆簡単な剣や槍を持って武装している。一見して下っ端クラスだとわかった。

「行くぞ!」

 先程の手裏剣を投げた者が気にはなる。だが今はとりあえず目の前の下っ端達を何とかしないと。

「あまり怪我をさせるな」

「了解!」

 うおおおと声をあげつつ、暴れ足り無かったグイルが張り切っている。相手が武器を構える隙も持たせずに体当たりだ。

 すっかり復調したのか、リシュルも拳法技で数人を纏めて蹴散らし、ゲンちゃんはホホホと謎の笑いと共に回し蹴り。

 私も何人か手刀で武器を落としつつ投げて蹴り飛ばしておいた。

 うーん、やっぱり下っ端はこんなもんだ。およそ二十人はいただろうが、あっという間に立っている者が減っていく。

 あらかた片付いた時、また何か飛んでくる気配があった。慌てて腕で防御すると手の甲に激痛が走った。

 からんと音をたてて足元に落ちたくない。十センチにも満たない小さな物だが……戦士の鎧が無かったら確実に刺さっていた。

「残念」

 涼やかな男の声が聞こえた。何処からだ? まるで方向がわからない。

 だが何だろう、恐ろしい程の殺気を感じる。

 この感じは……役付き?

「グイル、リシュル、ゲン。気絶してる下っ端を連れて下がれ」

 私は一応鎧のおかげで何とかなる。だが、他の者がいかに鍛えているとはいえ、くないに貫かれれば場所が悪かったら致命傷を負いかねない。

 異様な気配を感じてか、戦士達は大人しく下がった。

「貴女は逃げないのですか?」

 また声がした。

「ああ。私は逃げも隠れもしない。貴様も正々堂々と戦うがいい」

 私は隠れて攻撃するような奴は好きではない。くないに相応しく忍者のような奴だとしたら、これが正しいスタイルなのかもしれないけどな。だが、面白く無い。役付きだとしたら尚更だ。今までの役付きは皆潔いほど堂々と戦ったぞ。

「では正々堂々と参りましょう」

 何処から現れたのか、目の前にすらりとした人影が舞い降りてきた。

 刑事スキャン最速で始動。

 身長およそ百八十センチ、非常に細身。短い鮮やかな緑の髪に褐色の肌。切れ長の目はこれまた深い緑。白い袖なしの襟付きシャツから覗く腕には髪の色と同じ色の羽根。どう見ても鳥族。蛇足だが非常に美形。以上。

 男は飛んできた物よりは大き目のくないを両手に握っている。細身のズボンの腰のベルトにも後数本の小くない。

 何とも優雅にお辞儀をする美貌の鳥族の男は、爽やかに微笑んだ。

「貴女が伝説の女戦士?」

「と言われているがな。どうして最初から出てこなかった?」

「私は脅しだけで見張りに任せようと思っていたのですけどね、あまりにあっけなかったので仕方なく出て来たのですよ」

 仕方なくね。ヴァファムってもう少し下っ端も鍛えた方がいいんじゃないか?

「本当は戦う気は無いのですが、この流れでは仕方がありませんね」

 すっと胸元にクロスするように構えられたくない。同時にまたむっとする程の殺気が襲って来た。こいつは確実に役付きだ。それも上位の。

 無言で戦闘開始。

 まずは様子を見るように横薙ぎにくないが襲って来た。手持ちの時はナイフのようなものだ。かなり早い動きだがなんとかかわせた。

 しかし困ったな。せめて突っ張り棒を持って来れば良かった。そう思った時。

「にゃにゃにゃー!」

 げっ、ルピア! なんで出てきてるんだよ。

 ルピアの手には馬車に置いて来た如意棒つっぱりぼうが握られていた。

「持ってきてくれたのか?」

「にゃん」

 得意そうに頷くルピア。有難いが危ないからすぐに逃げろ。

 そう思ったのがわかったのか、ルピアはすぐに一緒に来たゾンゲの方に戻った。いい子だ、怪我をしたら大変だからな。

 鳥の男は私しか眼中に無いようだ。ルピアが下がるまで攻撃の手を止めていた。変わった奴だな。これが彼の正々堂々という事か。

 これでこちらも素手ではない。少しはやりやすい。

「行きますよ!」

 やっと本気になったのか、男がすごい勢いでかかってきた。

 切りつけるように左右の手のくないが交互に襲ってくる。だが、手持ちである以上射程は短い。棒で止めつつ、脇腹に突きを入れることに成功した。僅かによろめいた男。少しは効いたようだ。

「やりますね!」

 そう言った直後、相手は火がついた様に動きが早くなった。なんだ、このスピード! 鳥族は確かに身が軽いが異常だぞ? ひょっとしたらリリク達より早い!

 僅かに距離を置いて、ベルトから抜いた小さいくないを投げてくる。突っ張り棒をバトンのように回してなんとか弾くが、その隙に後ろに回られた。

「つっ!」

 手持ちのほうのくないが二の腕を掠め、僅かに切られた。後ろ蹴りで応戦するも、すいとかわされる。

 速い! 余裕の顔でまた交互に二本のくないが襲ってくる。

 こいつ強い。かろうじて突っ張り棒で防戦するしかない。

「お終いにしましょうか?」

 大きく振りかぶられたくない。アレをこの距離で投げられたら……!

 その時、キーンという音が響き渡った。この音は……。

 ふいに攻撃の手を止め、鳥の男が数メートル飛び退った。

「ふふふ、今すぐにでもとどめを刺したかったところですが、キオシネイア様がお呼びです。エリマでお待ちしていますよ」

 ひらりと緑の羽根を翻して男がゲートの上に飛び上がった。

「待てっ!」

「私はコシノレア。覚えておいて下さい、レディ」

 その言葉を残し、緑の鳥族は人の大きさほどもある鳥に姿を変え、羽根を広げて舞い上がった。

「獣化……!」

 コシノレア。レアということは第二階級!

 ルピアやベネトに寄生されていたチィナも獣化できるのだ。鳥族にいてもおかしくは無いのだが―――やりにくいぞ、これは。

 とりあえず命拾いをしたわけだが、次の相手は非常に手ごわそうだな。


*くない(苦無・苦内)

くない手裏剣ともいう。先の尖った両刃で忍者が持っている事からTVなどでもお馴染み。武器の用途以外にも、壁を登るのに使ったり土を掘ったりも出来る万能便利グッズ。握り手部分が輪になっているのが一般的で、輪に紐を通して使われた。回収まで考えた優れモノ。


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