7:戦士の初陣
ヴァファム。
それは第六の種族。
他の種族に比べ非常に高度な知能を誇る。組織だった秩序あるコミュニティを形成するが、一方では好戦的で他を攻撃する事に躊躇が無い。
目に見えないと言われているものの、実際はとても小さな実体を持っていて、他の種族の体に寄生することでコミュニケーションを図り、卵生で増殖する。
小さすぎて力も無いので、寄生した相手を操るしか生産も移動も、ましてや戦闘など不能なため、寄生主を殺す事は無い。
乾燥に弱く、高温多湿を好む彼らにとって、人の体内は過ごしやすい。最も、多湿を好むと言っても水には弱いので、血液・体液に触れる完全な体内には侵入しない。鼻腔、あるいは耳穴に主に寄生。
ヴァファムは昆虫から進化したという。
神から力の石を授かった、いずれかの種族の体毛に付着していた虫が、零れ出た光を共に浴びて進化した……そう伝えられてはいるが真実は不明のままである。
「――――とまあ、こんな感じだ」
腕を三角巾で吊ったルピアが、片手で分厚い本を不自由そうにめくってヴァファムについて説明してくれた。何故そんな痛々しい姿になっているかは、自業自得だ。ちょっと捻ってやっただけの事。
それよりだ。その第六の種族ヴァファムとやらだ。
「昆虫……だと……?」
帰りたい。この鉄仮面の修羅の二つ名を持つ東雲麻友花、血も刃物も銃も、背中にプリントのある殿方や猛獣も怖くは無い。しかし私だって人間だ。苦手なものだってやはり幾つかある。その中でも最たるものは……。
昆虫。特にうねうね這うやつ。羽があって足のあるものならまだ少しは許せる。絵に描かれた蝶やトンボを見るのは可愛いと思わなくも無い。だがそれらだって本物を触るのは勘弁だ。
「ふうん、修羅にも怖いものがあるんだ」
「また思考を読んだな」
まったく、ルピアは……もう一方の手も捻ってやろうか? プライバシーの侵害だぞ。
「怖くは無い。だが虫と言うのは気持ち悪いではないか。虫以外の動物は、言葉や表情がわからなくとも、まだ動きなどで何を考えているか僅かなりともわかるだろう? 驚いてるとか怒ってるとか。だが虫だけは全くそれがわからん。そもそも感情があるのかさえも疑問だ」
「うんまあ、そう言われてみればそうだけど。感情を表情に出さない君に言われるのは、虫も面白く無いかも……って、ちょい待て! 顔色一つ変えずに拳をかざすなっ!」
ちっ。いちいち腹が立つ事ばかり言うな、この男は。
「で、王様は忙しいんだろう? 何故私の側から離れないんだ」
「言ったろ? 僕は君のマスターだ。あまり離れると後で色々と面倒だから。言っておくが、決して昨夜ベッドに侵入したのも、疚しい気があっての事では無いぞ」
ほおお。では一体どんな気があって入った?
「異世界に行き、契約の秘術で思いきり魔力を使ってしまったから、君の体内に蓄積された異界の力を補給をしないと、僕はいずれ死んでしまう」
「……では死ね」
それと夜這いと何の関係があるというのだ。
「ちなみに聞いておくが、魔力の補給と言うのはどうやればいいのだ? 一緒に寝ればよいのか? それだったら断るぞ」
「口付けをしてくれれば。毎日」
「……やはり死ね」
「酷い~!」
酷いと言われようと知ったことではないわ。ラブリーな子猫ちゃんだからキスしてやったが、こんな無駄に美しい男と毎日だと? 恥ずかしくて出来るかっ。
さあて、朝食の前に軽くゾンゲ氏に柔道の基礎だけは叩き込んでおいたしな。残りの面々も個別にもう少し戦闘力を知る必要がある。軽く手合わせでもして実力の程を確かめてこよう。
とっとと終わらせて帰るために。
それぞれの実力は大体わかった。皆、各種族の代表というだけあってかなりの使い手揃い。タイプも戦闘スタイルも様々だ。問題は数。たった六人で、しかも素手で大群相手に何が出来るのか全くわからない。
そこでルピアに提案してみる。
「ヴァファムに寄生されている者を実際に見てみたい」
我ながら積極的に打って出る事にした。何でもいい、早く帰りたいのだ私は。
「隣のママム国で何人か寄生されたとの報告があった。これ以上数を増やして勢力を拡大される前に叩いておきたい」
ルピアが面白く無さそうに言う。一応王様には各方面より報告がマメに来ているっぽい。
既に隣国まで来ているのか。それは急がねばならない……というわけで、早速ママム国とやらに行く事にした。隣の国とは言ってもこのデザールの王都からは結構近いらしい。
移動手段はルピアがすぐに手配してくれた。
「早馬を用意させた。マユカは馬を操るのは得意か?」
「……乗った事が無い」
乗馬の経験など皆無だ。私が普通に乗れるのは自転車と二輪だけだ。関係ないが四輪の免許は一応持ってはいても、仕事の時の運転はもっぱら他人任せなのでペーパードライバーだ。
「まあいい。では初陣と行こうではないか!」
何故か一番やる気満々なルピアの合図で、初めての戦いの場に行く事になったのだが……。
「どうしてお前も来るのだ?」
現在私達一行は馬に乗って移動中だ。私の乗っている馬の手綱を握っているのはルピア。私はその後ろに乗せてもらっている。つまり密着して相乗りしている状態である。
私達の馬の前にはゾンゲ、グイル、リシュルの男性陣が騎乗する馬がそれぞれ。横にはミーアと小さいイーアの女子供で相乗りする馬がいる。
「だってマユカは馬に乗れないんだろ? 僕、これでも乗馬は得意だから」
「いや、そうでなくて。王が国を離れていいのか?」
「言っただろう? マスターの僕と君は離れられないんだ」
「という事は、この先もずっとどこに行くのも一緒なのか? 敵と戦ってなお、王様の護衛までしなければならんのか?」
マジか。どう見てもこの王様は戦えそうに無いぞ? さっきから落とされては堪らんので必死で背中にしがみ付いていてわかる。引き締まってはいるがこの背中は鍛えられた筋肉じゃない。
「大丈夫。これでも猫だから動きは早いよ。自分の身くらいは守れる。マユカは敵を倒すことだけに専念すればいい」
「はぁ……」
今のセリフ、ちょっとだけ格好いいかもと思ってしまった自分が憎いぞ。
「私も乗馬を覚えねばな」
そうすれば少なくともこうして一緒にくっついて乗らなくてもいいから。
「いいじゃないか。どうせ一緒に行くなら、こうやってぴったりくっついてるのも。もっとしっかり抱きついてていいんだぞ? 僕は大歓迎だから」
……カッコイイかもなんて前言は撤回だ。エロいかも、コイツ! 次はゾンゲ氏と乗ろう。
お隣の国まで何時間か馬を走らせ、小さな村を目前にした森の中で、先頭を行っていたワンコ青年のグイルが馬を止めた。
「まだ遠いが嫌なニオイがする」
そう言って鼻をヒクヒクさせているグイルの様はまさに犬。犬族はやはりというか他の種族より鼻がいいらしい。耳もぴくぴくしてる。
グイルに従って皆が馬を下りる。いよいよかな。
「ルピアは馬とここで待っていろ」
王様相手だがルピアに簡単な指示を出し、私達はゆっくりと歩み出た。
木の向こうに数人いるな。気配は私にもわかる。後の面子も何か感じているみたいだ。
「武器を持っているわね。これからあの村を襲う気かもしれない」
鳥女のミーアだ。こいつは目がいいのだな。
「よし、武器を持っているとなると寄生されてるんだろう。行くぞ」
皆、足音も立てずに広がって目標に近づく。指示しなくてもそれぞれとの間を考えた立ち位置もいい。よし、ホント使えるなコイツ等。捜査一課に欲しいくらいだ。
私はイーアと共に横から回り込んだ。充分目視できるところまで来ると、相手は十人近くいることがわかった。一見、皆獣耳など以外は普通の人間に見える簡素な身なりの男達だ。だが手には大きな剣らしきものを持っている。ルピアが言った様にこの世界の人間は武器で殺し合いをしないのなら、あからさまに怪しい集団だ。
「目が虚ろでしょ? あと、額に痣みたいなのが浮かんでる。あれがヴァファムに寄生されている証拠だよ」
小さな声でイーアが教えてくれた。
それではヴァファムとやらのお手並み拝見といきますか。
「おい」
私が声を掛けると、剣を持った男が虚ろな目でこちらを向いた。
そして異世界での初の戦いの火蓋は切って落とされた。