69:猫王復活?
そういえば名前も聞かずに終わった反ヴァファムの過激派のリーダーは、まだ十七の少年だった。その他の取り巻き達も似たり寄ったりの年頃だ。ローアの説得に一応反省の色は見せているとはいえ、大勢の人に重傷を負わせ、無辜の人の命を少なからず奪ったのだ。はいそうですかと簡単に野放しには出来無い。また、ヴァファムに寄生されていたわけではないので、意識を変えるのは難しいと思うのだ。
私がその懸念を漏らすと、診療所のヒミナ先生が言ってくれた。
「それは任せて。償いはきっちり体で払ってもらうから」
先生がリーダーとその傍にいた数人を預かるというのだ。
「病院は人手が足りない。若いんだから雑用や有り余った体力で畑でもやってもらうわ。それに護衛してもらう事もできる」
どうでもいいが先生、償いは体で払ってもらうという言い回しはどうかと思うぞ。。美人だが独身のおばさんが言うと怖い。口に出してツッコミは入れなかったけど。
まあ行き過ぎたやんちゃ坊主達は、以後ヒミナ先生にお任せする。かなりの武闘派のようだし、魔法でちょちょいで眠らせたり出来る人だ。心配は無いだろう。また、近隣の下っ端だけの村を決して命を奪わない約束で、ローアの部下達に任せる事になった。耳かき部隊からも数人残留させて、その作業に協力する。
その土地の事はその土地の住人で。これを任せていかないと、この先私達もいくつ体があっても持たない。
「一番上のマキアイアを捕まえていただいた以上、以後この国は僕達の手で必ず元の姿に戻していきます。勿論無血で」
弱々しいローアも、将として人を束ねる才能が人一倍ある。きっとディラは近く完全に解放されるだろう。
イーア、安心しろ。兄はお前に守ってもらわなくとも立派に戦士だ。
そして私達連合軍は例の公民館で再び作戦会議。
「にゃー、にゃにゃにゃっ、うみゃー、にゃん」
「見張り級のヴァファム、マキアイアから聞き出したところによると、もう少し内陸に入った所にある鳥族の国エローラの、エリマという小さな街に上級の役付きがいるとのことだ」
ルピアの猫語での報告をごくごく自然にゾンゲが通訳する。
「エリマかぁ。温泉のある街よね」
エローラ出身の鳥族であるミーアが説明してくれる。
そう大きい街ではなく、人口は五千にも届かない。しかし、豊富な量の温泉が湧き出る保養地として有名な場所で、なんでもその温泉は万病に利くと謳われる効能が自慢だとか。エローラの鳥族以外にも、近隣の魚族や蛇族の国からもわざわざ訪れるものも少なくない人気スポットであるらしい。イーアも病弱なローアをそのうち連れて行こうとずっと思っていた場所だそうだ。
「温泉……」
私の頭の中に浮かんだのは、日本の有名な鄙びた温泉街だった。そういや微妙に名前の似ている温泉地もあったな。漂う湯の香りに、浴衣にお土産屋、温泉饅頭にゆで卵。いいな、なんか。温泉大好き日本人の血が騒ぐではないか!
「むふふふふ」
「ま、また、マユカが表情一つ変えずに変な声を……」
いかん思わずダダ漏れになっていたようだ。皆が引いている。変な声で悪かったな。一応笑っていたのだが。
そんな長閑な私の妄想を、真面目なグイルの素朴な疑問が打ち払った。
「でもどうしてそんな小さな街に上級の役付きが?」
言われてみれば。
「そうだな。このディラのように首都にいるというならわかるけど」
保養地にいる幹部って、なぁ。幾ら他の国にも知れ渡った有名な場所とはいえ、ヴァファムに制圧されている今、そうそう人の行き来も無いだろう。他の場所は首都であったり、交通や産業の要所であったりだが、何かメリットがあるというのだろうか。
「みゃーにゃにゃ……」
「嫌な予感がするのだが……」
ルピア=ゾンゲが顎に手をやって呟いた。
「嫌な予感とは?」
「にゃーにゃんみにゃにゃ、うにゃにゃん。にゃーにゃにゃにゃーごぅ」
「ひょっとしたら小女王がいるのかもしれない。ヴァファムの宿主が一番体力を使うのは卵を産む女王だ。温泉で癒しながら卵を産み続けているのかも」
「うっ!」
ルピア、お前賢いな。それなら納得がいくではないか。
「んー、そうかもぉ。ハッキリは覚えてないんだけどぉ、マキアはよく同じ第一階級と連絡を取り合ってたもの。相手が小女王なら第一階級だわぁ」
ムキムキゲンちゃんが、顎に小指を立てた手を当ててくねっと肯定した。マキアイア様に憑かれていた本人が言うのだ。間違いはなさそうだ。
だとすれば……。
「エリマにいるのが小女王だとすると、エルドナイアの時のように、護衛の第二階級クラスが複数人付いてるかもしれないな」
私が考えていた事を先に言ったのはリシュルだった。
「だろうな。苦戦は必至だな」
こいつはまた、手ごわそうな相手では無いか。第一階級マキアイアは確かに異常に強く、こちらも危うく犠牲者が出るところだった。それでも一人だったが故になんとか倒せた。エルドナイアの時の、コモナ・ルミノの二人には苦戦した。あの二人のように不仲でなく一斉にかかって来られたら……。
これ以上の下っ端や見張りクラスの数を増やされないためには、小女王を一体でも捕らえる事は絶対だ。やらねばならないのはわかっている。
考えてみたら、今まで何とか役付き達を抑えて来られたのは、半分以上ルピアの防御魔法に助けられてだ。そう思うとルピアって、全然残念でも役立たずでも無く、いないと困る存在だったんだな。
だが今は……。
「にゃん?」
「どうかした?」
猫と豹、同時に首を傾げるな。シンクロしすぎだろう通訳ゾンゲ。
今、切り札の猫王様はただの猫ちゃんだしな。大丈夫なんだろうか。
明日の朝、エローラに向けて出発する事になり、私達はその晩、既に解放した診療所近くの街を見に行った。
ここはイーアの生まれ故郷。ぜひ見ておきたい場所があったのだ。
ローアは介護する人間がいないと一人では生きて行けないため診療所に預かってもらい、両親と住んでいた家はもうヴァファムが街を占拠した時に捨ててデザールに渡ったというイーア。
「ここだったんだよ。まだ誰も住んでないね」
突き当たりに海の見える細い路地の一角、長屋のように連なった小さな家の一つを指差してイーアが悲しげに笑った。
「いつか、また兄ちゃんとここで暮らせるかな?」
本当はもうイーアをここに置いて行ってもいいと私は思った。確かにいなくては困る戦力だが、故郷は既に解放されたのだし、まだ子供で兄もいる。それでも本人は絶対に最後まで一緒に行くと言い張った。大女王を倒すまで。だからその意思を尊重したい。
「早く本当の意味で帰って来れたらいいな」
「うん。ボク、一生懸命戦うよ」
頑張ろうな、イーア。
その後、静かな海沿いの街の屋台で、美味しそうな匂いにつられてスリングの中のルピアが顔を出した。
「にゃーっにゃ!」
「いい匂いだと言っている」
うん、ゾンゲ。それは通訳してもらわなくともわかったぞ。
「焼き魚の匂いだな。お腹が空いたなら食べようか?」
「にゃん!」
ふと、ここって魚族の国だけど、魚を食べていいんだろうかという微妙な疑問が浮かんだ。共食いにならんのかな? そんな疑問を口にした私。
「大きな魚は餌に小魚を食べるじゃない。それと一緒」
と、イーア。なるほど。そう言われてみたらそうだな。
イワシのような小魚を炭火で焼いて、薄焼きのパンみたいなのに野菜と共に挟んだのを屋台で買ってみんなで食べた。美味しいけど、どっちかというと白い御飯が恋しくなる味だ。
「ほら、ルピア。骨に気をつけろ」
ほぐして冷ましてやった魚を掌に乗せると、猫ちゃんがざらざらした舌で舐めるように食べる。美味しそうに物を食べる時の猫って本当に可愛い。
「うまいか?」
「みゃう!」
ご機嫌さんだな。こらこらルピア口元を舐めるな。くすぐったい。
「……アタシ達、向こうの方も見てくるわ。ほら、行くよみんな」
もう食べ終えたミーアが立ち上がった。早いな。
「私達はまだだが」
「いいの。猫王様とゆっくり食べて散歩して来てよ。先に帰ってるから」
ミーアがウインクして、くっついていたイーアを引っ張って行った。リシュルはゾンゲを半ば引きずるように連れて行く。
「じゃ、ゆっくりお二人で楽しんでねぇ」
ゲン、お二人でとか言われても片割れは猫なんだけど。それにぶっとい腕で抱きしめているグイルが尻尾を巻いて泣きそうな顔をしているぞ。
ぽつんと私と金色猫ちゃんだけが夜の街に取り残された。
「……あいつら、ひょっとして気をきかしてるつもりなんだろうか?」
「うにゃにゃ」
ヒミナ先生ももうかなり状態も良くなったから退院してもいいと言ってくれた。猫の姿でも元気いっぱいなのはわかるのに、なぜ人の姿に戻れないんだろう。言葉も喋れないし……。
「なあルピア。そろそろ元に戻れないのかな? 別に猫のままでもいいんだが、せめて言葉だけでもわかるといいのに」
「ふぎーぃ」
ルピアは私の腕から飛び降りると、変な声をあげて丸くなった。何やら力を籠めて頑張ってるみたいだ。
数秒後、目の前に久しぶりに見る金髪碧目の憎たらしいほどの男前、デザール王国の王様が立っていた。
やった! 戻れたんだ。
「戻れたじゃないか!」
「にゃん!」
思わず二人で手を取り合って喜んだが……マテ。
「にゃん?」
「にゃ?」
ルピアの口から出たのは、イケメンにふさわしくない猫の鳴き声。
「マユカって言ってみ?」
「にゃみゃにゃ」
……うっ。
似合わねー! 可愛くないぃ!
「ふざけてるのか?」
私が言うと、ルピアは金色の髪を振り乱して、激しく首を振る。
「まさかルピア……」
「にゃ……うにゃっ!?」
喉を押さえて自分でも驚いている所を見ると、ワザとではないようだ。
「ま、まあ気にするな。変身も戻ったし、きっとすぐに言葉も戻る」
「みぃ……」
こいつは中途半端な復活だなルピア。見た目は人型に戻ったというのに声が猫のままとは。更に残念な事になっただけの気がするのだが。




