67:仲間の素顔
時間ははあっという間に経過した。
ミーアとリシュルはすっかり元気になったようだ。今もリシュルが中庭で太極拳のような動きでトレーニングしているのに、看護婦さん達が熱い視線を送っている。
「モテモテだな、リシュル」
「……嬉しくは無い」
一見ひょろりとした不愛想な優男だが、かなりのイケメンだし、礼儀正しく品がある。なんといってもこの大陸で最大の国セープ王国の王子様だしな。聞けば七人兄弟の下から二番目と言う微妙な位置で、継承権は回ってこないだろうとの事。だがそれ故に戦う術を学べ、寄生から逃れられたのだから良かった。しかし七人って。頑張ったなセープ王……
それに最近知ったところによると、リシュルは意外にも若く、まだ十八だそうだ。どこぞの猫の王様に比べて随分落ち着いているので、もっと上かと思っていた。
「ニルアちゃんとはいつの間に? 船の中? どっちから告白した?」
「マ、マユカ?」
あ、赤くなった。やはり本当だったのか。隅に置けないなぁ蛇王子。
「ふふふ、同郷の同種族だしいいじゃないか。応援するぞ」
「ひ、人の事より自分達はどうなんだ。少しは進展したのだろうか?」
「どうと言われても……」
ここ二晩ほど一緒のベッドで寝ているのだが……これを進展と言ってよいのだろうか。なぁ、ルピア?
「リシュル、コレと何をどう進展させろと?」
「うっ……」
「うにゃあ、にゃにゃん」
ルピアは相変わらず変身が解けず、猫のまんまで人の言葉も喋らない。体のほうはかなり良くなったのか苦しそうにもしないし、今現在も元気に私が振るネコじゃらしと戯れている。こうしてると普通の猫ちゃんにしか見えない。動物の持ち込み禁止の診療所内だから珍しいのか、皆に構ってもらっているし。
本当にこのままだったらどうしようとは思う。しかし、それはそれでルピアにとっては幸せかもしれない。色々と面倒で辛い事に直面しなくていい。
「猫王様は一応連合総軍司令だろう? 大丈夫なのかこの先」
「そのうち戻るらしいんだが」
思わずリシュルと思いきり溜息をついた。人の気も知らないで、ネコじゃらしに飽きたにゃんこは、今度は長閑に蝶々を追いかけ始めた。
リシュルは誤魔化すように話を戻した。
「今更だがリールも連れて来て欲しかった。ミーアが寂しがってたぞ」
「なんで……って、ええっ?」
私だってその意味くらいは理解出来た。
しまったぁ! こっちもカップル成立してたのか! そういや同じ鳥族だしタイプだとか言ってたし。美男美女で二人っきりで山越えしたりとか……ミーア、なんで言ってくれなかったんだ! お姉ちゃんは悲しいぞ。
しかし皆なかなかどうして手が早いではないか。何か? そこら辺、動物の本能が残ってたりするんだろうかな?
私がそう言うと、リシュルは呆れたように肩を竦めた。
「マユカが鈍……オクテ過ぎるのでは無いだろうか」
わりとハッキリいうな、リシュル。すまんな。鈍くて。
「ミーアとリールには可哀想な事をしてしまったな」
「まあ、無事に終わればまた会える。そう思えば頑張る張り合いにもなる」
そのミーアは小さな子供やお年寄りが多い他の患者さん達に囲まれて、同じ中庭の片隅で穏やかに笑っていた。気が強く活発なイメージのあるミーアには意外だがそれもとても良く似合うと思う。
「アタシ、看護婦さんになりたかったんだよ、本当は」
ミーアが言う。
戦わなくていい時だったら、不器用でもしっかりした、さぞいい看護婦さんになれるだろうな。確かにミーアにはあのリールみたいな大人しい男が似合いだ。
こうしてよく考えると、私はまだまだ仲間のプライベートの事を詳しく知らない。ルピアの事も知らなかった。
それでも私は彼等の事を無条件で信頼できる。これだけは確かだ。
こうして診療所での三日間は過ぎた。
時々気になってイーアの兄のローアの元に行ったが、まだこちらのほうは動きが無いようで安心した。伝書鳩のような鳥が、病室の窓に手紙を届ける形で連絡しあっているそうで、決起を待てと連絡をしてもらって以来返事は無いそうだ。
午後には残りの部隊が到着する旨、今朝電話でグイルから連絡が入った。首都の方はかなり下っ端の処理作業が終了し、数十箇所に分かれて管理されていた女子供、お年寄り達も無事解放したとの事。
「イーアにもう一度会える。隠さずに自分の事を言うといい」
ローアは何も言わずに頷いた。
別にコソコソしなければいけない事をしているわけではないのだ。ヴァファムに自分達で立ち向かおうとする人々を支援するのは悪い事では無い。ローアは体は動かなくともかなり頭は回るようだし、人が何かの目標に向かって結束するには『飾り』であってもリーダーがいた方がよい。言い方は悪いが、このローアのようなか弱く庇護すべき人間が勇気を見せる発言をすれば、多くの者が心動かされるのは自然なことだと思う。また、このローアにも、軽部と同様のカリスマ性があるのだろう。
だが、幾ら自由を勝ち取るためとはいえ命を奪うのは避けたい。国、種族同士の小競り合いの多いこの世界でも、戦争の場においても殺し合いはしないとルピアも言っていた。動物だった頃同様、武器は使わず、その身だけで戦うと。
軽部がこの世界のほうが私達の世界より素晴らしいと言っていたのがわかる。私達の生まれた世界では、いつもどこかで人が人を殺していた。戦争の場においては、個人の特定すらなされず、女も子供も関係なく犠牲になる。寧ろ守るべき子供や弱いものが犠牲になる。ここではそれが無いのだ。
ヴァファムは確かに武器を手にすることに躊躇いが無い。そんな彼等とて殺しはしない。それを止めるのに命を奪うというのは言語道断だ。しかも元々は同じ普通の市民同士である者を。
「ローア、お前も立派な戦士だ。私達と一緒に戦おう。それは武器を持って対抗するのではなく、他の方法もある」
そう言うと、ローアは嬉しそうに頷いた。その直後、その笑顔が曇る。
「しかし、なぜ連絡が無いのでしょうか。そこが気になるのです」
一日に一回はあったという連絡の伝書鳩があの夜以来届かない。
リーダーのローアがわかってくれても、末端まで意志が伝わらなくては意味が無い。
あまり疲れさせても気の毒なので、イーアが着いたらまた会いに来るからと寝かせて、ローアの病室を後にした。
廊下に出ると、待ち構えていたように、金色にゃんこがすごい勢いで走って来て私に飛びついた。
「にゃ、にゃにゃっ!」
「元気そうだな、ルピア。でも廊下は走らないほうがいいぞ?」
「ふぎゃっ! にゃにゃっにゃんっ!」
また猫パンチで何か必死に訴えているようだが、残念ながら言葉がわからない。
「何か慌ててる?」
「にゃ!」
うんうん、と頷くルピア。
「そろそろゾンゲやグイル達も着くんじゃないか?」
「にゃにゃん! にーっ!」
何だろう。ものすごく焦っているようなんだが。
少し進むと、診療所の入り口付近が異常に賑やかだった。急患?
白衣を羽織りながらヒミナ先生が走って行くのが見えた。
「ヒミナ先生、どうした?」
「重傷の患者が大勢運ばれて来たの。貴女達のお仲間が連れてきてくれたんだけど、数名亡くなった人もいる。悪いけど貴女の部隊の医師や兵士にも手を貸してもらうわよ!」
バタバタと行きかう看護婦や兵士達。担がれている人、担架に乗せられて運ばれる人……皆一目みただけで酷い怪我だ。
担架を運搬する中に良く見知った顔を発見した。
「グイル、ゾンゲ! 何があった?」
とりあえず担架を奥の処置室に運び終えてから、グイル、ゾンゲ、そしてゲンが駆け寄ってきた。
「来る途中で武装した集団に襲われてる村を見つけたんだ。止めに入ってびっくりしたけど、襲ってた方が普通の人で、襲われてたのがヴァファムに寄生された人達だった。怪我人や犠牲者は全員寄生されてた側だ」
余程酷い状況だったのか、グイルが難しい顔で説明してくれた。
「もう……わけがわからない」
ゾンゲもかなりショックを受けている。
「あの時の坊や達みたいなのが、ついに立ち上がったって感じねぇ」
ゲンがそうつけたした時。
「マユカさん!」
杖をついたローアが青い顔でやって来た。
「たった今これが……」
手に握り締めていたのは手紙らしきもの。そこには殴り書きのような文字と、血だろうか、赤茶色の染みがあった。
「ローア……これは」
「完全武装した数十名が、ヴァファムに完全に支配されている村に乗り込んでいったと……止めようとしたけど止められなかったと……」
何てことだ。これがその結果なのか!
「僕が合図をするまでは動くなと言っておいたのに……しかも村の人を皆殺しにしようとしたって……」
リーダーの合図を待たず、勝手に動いた班がいるようだ。
ヴァファムの幹部と戦うよりも、寄生されていない過激な若者達を止めるほうが厄介なようだな。
私達は首都から来た班と合流後、怪我人が犇く診療所では邪魔になると言う事で、近くの公民館のような所をお借りして作戦会議を開くことになったが……困ったことが一つ。
「議長であり、締める立場の総司令が喋れないのだが」
「うにゃあ……」
リシュルの言葉通り、ルピアは依然猫のままである。
何だかんだ言っても、ビンの中に捕獲したヴァファムの幹部達と意思の疎通が出来るのも、下っ端に従うように命令出来るのも、意外に切れる頭で皆を纏めていたのもこの王様だ。よくよく考えたらいないと困るナンバーワンがコイツだった。全然残念じゃ無いじゃん。
「まあこちらの言葉は通じている様だし、皆も見た目はあまり気にしないように。でははじめよう」
「にゃん」
真ん中の演台に鎮座する金色の猫を困ったような顔で見る一同。うん、気にするなといわれても非常に気になりはするな。
「にゃーにゃにゃ! うにゃにゃん、にゃー! うにゃにゃにゃっ!」
ルピアが演台をぱふぱふ猫パンチしながら、力強く訴えているが、残念ながら全く何を言っているのかわからない。それは私だけでなく他の者も同様の模様。
「……俺が通訳出来るかもしれない」
そろーっと立ち上って小さく呟いたのはゾンゲだった。おお、そういえば同じ猫なら通じるのではないか? というか、早く名乗り出て欲しかったぞ。というわけで、若干恥ずかしそうにゾンゲがルピアの横で通訳と相成った。これで何とか話が進められそうだ。
「次のヴァファムの幹部を探し出して倒しに行くという重要事項の前に、まずは一部の過激な反ヴァファム市民組織を、出来るだけ穏便に抑えなければならない。寄生されているとはいえ、同じ人同士が傷付けあい命を奪うなど言語道断」
……さっきのうにゃうにゃ言ってたので、そんなに難しい事を言ってたのかルピア! 恐るべし、猫語。
「うにゃ、にゃぉんにゃー、にゃにゃにゃにゃぉーなごぉーにゃ?」
「そこで、次の犠牲者が出る前に、何とか村を襲った彼らと接触し、武器を取り上げるなり、正しい方向へ導く必要がある。何か意見のある者は?」
通訳のゾンゲ、ご苦労。大変にわかりやすい翻訳だ。人前で喋るのは苦手なシャイなところがあるゾンゲなのに頑張っている。尻尾が震えているが。
「はぁい」
ぶっとい手が意見を求めて上がった。
「にゃん」
「ちょっとお灸をすえてやらなきゃダメよぉ。若いコは自分達が一番正しいと思ってる。怖いもの知らずだもの。人の言う事なんか聞きゃしない」
ゲンがくねっとしたオネェ言葉で、わりと迫力のある事を言った。ご尤もだが……お灸か。それは戦えという事だろうか。
「はい、議長!」
「にゃん」
今度手を上げて立ち上ったのはグイルだった。
「オネ……ゲンの言うように確かに言葉では聞きはしないだろう。だが幾らやることが過激すぎ、犠牲者まで出しているとはいえ、根は同じ反ヴァファムの志を持った者だ。何とか味方につける事は出来無いのだろうか」
こちらは職業軍人らしく、非常に慎重派な意見だ。
「にゃーにゃお……みゃごぅ」
「出来ればそうしたいところだが、簡単に行くとは思えない」
そうなんだよな。実際に目の前で人を刺す所を見てるだけに、容易な事では無いと思える。
私はどちらかと言うとお灸をすえてやるのは必要かと思う。会議と言うのは署でもオブザーバーを決め込む方だった。だが、今回はそう黙ってもいられまい。
手を上げると、びしっと肉球つきの手がこっちを向いた。
「どちらにせよ、直接話す必要はあろう。問題は彼等が私達が会いたいと申し出たところで聞いてくれるかどうかだ」
「うにゃぁ……」
「そうだな……」
ゾンゲ、同じ角度で首まで傾げなくていいから。緊張感が全く無くなる。
「あの……」
ひっそりと上がった声は、診療所から連れて来たローアだった。心配そうに兄を支えるイーアは黙ったままだ。兄がレジスタンスのリーダーであると聞かされたときのイーアは気の毒なほど驚いていた。
「先程彼らを呼び出すよう連絡を入れてみましたが、次の村への襲撃にしか以後応じないと返って来ました。他の班は改めて僕の指示に従ってくれるとの返答を得ました。そこで一つ、作戦を立ててみたのですが……危険が伴いますが宜しいでしょうか?」
そのローアの作戦を、私達は満場一致で受け入れる事にした。
そして即刻行動開始することにした。
流石は病室でほぼ寝たきりの身でありながら、レジスタンスを纏めて来ただけの頭脳だと感心する。そして短い時間に何度も伝書のやり取りをしてくれていたことに驚いた。
考えてみたら一番最初に病室に行った時も、ローアはベッドに座って窓の外を見ていた。あれは外との連絡の鳥を待っていたのだろう。
本当にローアが動けないのが残念でならない。元気であったならずっと参謀として連れて歩きたいものを。
診療所から三キロほどにある小さな村。
ここも既に完全にヴァファムの手に落ちているという事は、一目見ても明らかだった。アリの行列のようにキッチリと列を成して小麦粉らしき袋を運ぶ人々。ゴミ一つ落ちていない石畳の道。
「やんちゃ坊や達が来るまで見つからず隠れてろよ」
村を囲むように隠れる私達。既にローアの呼びかけに応じ、穏健派の一つの班が彼等の派閥につくと見せかけて武装して合流済みだ。そこに混じってデザールからの耳かき部隊数人、私とお馴染みのメンバー、グイル、ゾンゲ、リシュルの三人と新入りゲンちゃん。ミーアとイーアは少し離れた所でローアに付き添っている。まさかローアまで実際に現場に来るとは思っていなかったので、ヒミナ先生に外出の許可をもらうのに一苦労した。
「あー、もう! アタシも行きたいわよ!」
意外と武等派の先生だったようだ。仕事が忙しくなかったらぜひ同伴願いたかった。しかし、襲撃され重軽傷を負った村人が多数運ばれてきているので、医者は大忙しだ。ちなみにデザール、キリムからの我が軍の医師団、兵士達も診療所でお手伝いに借り出されたままだ。もうほとんど野戦病院の有様だったからな。
この村、そして他の村や町もあんな状況にしたくない。
そこで、オトリ捜査ならぬローア発案によるオトリ作戦に出たのである。
ここの村を襲えと情報を流す。更に、レジスタンスの中でも実力行使の強行派とローアの指示に従う穏健派で派閥争いのようなものが出来上がっているらしく、今回武装蜂起に出たのはごく一部の強行派。彼等の味方に他の者が着くように見せかけ、信用をさせる。いざ事を起そうとした瞬間に、私達が現行犯逮捕……じゃなかった、それを抑えると言う事で。
ついでにこの村の下っ端の掃討も同時に行う。勿論無血で、だ。
「にゃん、にゃ」
ルピア……結構重くなったな。スリングでぶら下げるのも長時間になると重いかも。それに静かにしててくれよ?
「来たみたいだぞ」
猫王様専属通訳ゾンゲは何故か私にくっついている。うん、いいんだけどな、さり気に肩に手が回っているのはどういう事だろうか。茂みに身を隠している状況では仕方が無いといえばそうなのだが、一度告白めいた事を言われたしなぁ。正直タイプではあるし、二匹の猫にくっつかれているのは嬉しいのだがな。
「ふーっ!」
ほら、ルピアがヤキモチ妬いてるし。やっぱその辺残念なルピアだった。
「しーっ」
「にゃ……」
そうこうしているうちに、少し賑やかになって来た。かちゃがちゃと剣が擦れるような音。例の武装集団がやってきたとみえる。
勿論村人に寄生した下っ端も、見張りも黙ってはいない。きーんという警戒の音をたて、仲間に危険を知らせている。配給の食糧の袋を律儀にキッチリ積み上げて、下っ端達が揃って一方向に向き直った。
「ここか。へえ、小さい村じゃん」
気の強そうな若い男の声。他にもあと数人の気配。
先に同じ組織のこちら側の人間が躍り出た。
「先に来て待ってました」
「おう、やっと本気になってくれたのか」
「でも殺すのは良くないと思うんです」
「甘っちょろい事言ってんじゃねえよ。行くぞ!」
ちらりと見えた強行派の頭らしい男。何処から調達したのか、物騒な武器を持ってるな。成る程、死者が出たわけだ。
刑事スキャン始動。
身長175~8センチほど、細身。頭髪は黒。推定年齢十七~八。服装も黒ずくめで黒いシャツに黒のパンツ。ゴツイ軍靴のようなブーツ。
手にした武器は柄の長い鎌。
その姿は若い死神のようだった。




