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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第二章 新大陸編
66/101

66:召喚の真実

 副作用って……?

「頑張ったんだけど、ちょっと急ぎすぎちゃったかしら。いやぁ失敗失敗。まあ、かなり元気にはなったみたいだし、命に別状はないけどね」

 先生、そんなお気楽に。失敗って……

「そんな暢気な! まさかルピアはずっとこのまま?」

「ふぎゃ、うにゃー!」

 にっこり妖艶に笑ったヒミナ先生にまるっきり緊張感は無さそう。対する私とルピアにゃんこは焦りまくっている。

「そのうち戻ると思うけど」

「思うって……すごく落ち着いてるな、先生」

「マユカさんもかなり落ち着いていらっしゃるようだけど?」

「顔には出ていないかもしれないが、私はこれ以上無いくらいに動揺している」

 残念ながら私のこの焦りはまたもや顔に出ていない模様だ。正直なところ、先生を一本背負いしてやろうかと思うほどなのだが。

 言葉は発せなくてもこちらの言葉はよくわかっているようで、ルピアは私にしがみついてブルブル震えている。

 こんな時だが……ううっ、猫にゃん可愛い~! スイッチが入ってしまった~! 子猫もいいけど、こう、ちょこっと大きくなってて猫らしい色気もあって、それが尻尾を股に挟んできゅーっとなってるの、耳が困ったようにへにょっと下がってるの、目が困ったように垂れてるの超ラブリーなんだけどっ!

「うにゃにゃっ!」

 多分そんな事思ってる場合じゃないと抗議しているのだろう、爪を出さずに猫パンチされた。ぱふんって、もうそれも可愛いんだけど~! 肉球がぷにってなって、痛くも無いしぃ~!

 ……なんぞと萌えている場合じゃないな。一応ルピアはいつもの様に私の思考は読めてはいるみたいだ。

「よし!」

「にゃ?」

 試しにキスしてみた。魔力の補給だ。相手が男前の姿で無いので恥ずかしくも無い。一方、何時もは大胆なくせに、猫になって照れるなルピア。

「どうだ?」

「みゅう……」

 むう、変わりは無いようだ。せめて言葉だけでも喋れないのか?

「きっと薬と治癒魔法の効果が切れれば数日で元に戻るわよ。うん、多分」

「多分って先生、絶対じゃないのか?」

「話せば長くなっちゃうけど、ものすごく微妙なバランスで何とか自分を保ってたのよ、彼は。でも私は医者。体を治す事を最優先にしたいから、ちょっと無理しちゃったかも」

 ヒミナ先生が手を伸ばしてルピアにゃんこの額を撫でた。目を細めた金色猫にゃんは、大きな欠伸をしてそのまま寝てしまった。くたっと預けられた重さが倍になったようなこの感じ。

「もう少し寝てましょうね、患者さん」

 優しげに言った先生は、多分話を本人に聞かせたくなかったのだろうとわかったので、何も言わずにベッドに眠ってしまったルピアを横たえて一旦二人で部屋を出た。触っただけで眠らせるなんて先生すごいな。

 良かった、投げなくて。


 すっかり目が冴えてしまったので、先生と二人でお茶を飲みながら話をした。

 少し難しい話で、魔法など無い世界の私には半分以上わからない部分はあったが、要するにルピアが使って私をこの世界に連れて来た別世界からの召還というのは、こちらの大陸では既に失われた文字で書かれた古文書に記された秘術であるらしい。最も魔術に長けていた猫族にのみ、それも神より力の石を授かった始祖猫直系であるデザールの王族のみにそれを読み解き使う方法が相伝されてきたという。で、今代のその直系王族がルピアである。

 当然だが相当の魔術師としての力量と、命を代償にするというリスクがあるため、余程のことで無いと使われず……今回のヴァファムの侵攻のような大事でも無い限り……既に滅びたものとばかり思われていた。その術をつかったという事で、治癒魔法の大家でセープの魔術学校の講師もしていたというヒミナ先生にすら不確定要素が多すぎて、絶対とは言えないのだとか。

 専門用語が多すぎて細かい理屈は私には理解出来なかったものの、異界の者を呼ぶには術者の命を半分以上呼んだものに与えるような形になっているらしく、だから私と距離を置くと弱ったり、接触することで消耗した魔力を還元出来たりするのだという説明には納得がいった。

 私に魔力など無いのにおかしいと何となく思っていた。それであのキスで魔力補給する意味がわかった。

 しかもそれを誰にも悟られないように、平静を装っていたのだからものすごい事をやったのだな、ルピア。残念だなんて言って悪かった。一番必死に戦っていたのはお前だったなんて。

 だが少し腹も立つ。

 なんで辛かったら辛いと言ってくれなかったのか。無理をして、いつ死ぬかもわからないほど裏ではボロボロになってたなんて。わかっていたらもう少し大事にしてやったものを。

 そうこぼすと、先生は短くも的確に答える。

「猫族だからね」

 まあ……実際、飼ってる猫でも本当に飼い主にすら間際までわからなかったり、姿を隠してこっそり死んだりする。元気な時も犬なんかと違って、悪戯した後とか照れ隠しみたいな事をするし。そんな所も含めて高い知能を感じさせる猫が好きなのだ。でも変なところだけそのまんまってどうなんだ、猫族。そういえばゾンゲも結構我慢するもんな。大丈夫そうでも、もう少し気をつけてやったほうがいいかもしれない。

 幸い今回、変身したまま戻れず喋れないという副作用は出たものの、弱っていた体の方もかなり戻ったそうで、命の心配は減ったようだ。あの片手で持ち上げられるほどの子猫からかなり大きな猫になったのはその証拠だそうだ。それだけでもよかったと思う。偶然とはいえ、病院で見てもらえた事には運命的なものさえ感じる。

 もしも気付かずにそのままにしてたら……考えるだけでも恐ろしい。

「ま、何かきっかけでもあったらすんなり戻るかもしれないし」

「ルピアが死なないんならいい」

 自分でもなんて暢気なんだろうと呆れる。別に戻らなくても構わないとすら思えてきた。人型の方が本来の姿だという本人には気の毒だが、一時的なものと言う先生の言葉を信じてみようと思う。

 しばらくお茶を飲んでルピアの件には落ち着いた所で、ふと先程の召還の話で思い出したことを先生に聞いてみた。

「ルピアがそこまでの覚悟をしていたと言うのはとてもよくわかった。私には一つ、すごく気になる事があるのだ。今の段階で関係が無いかもしれないが、私より先に異世界からこちらに呼ばれた者がいる。どういう手段を使ったのかはわからない。そちらは私とルピアのように、常に傍にいるわけでも無いのに、その召還をやった術者は無事なのだろうか?」

 ああ、こんな事なら軽部も連れてくれば良かった。唯一の繋がりであるあの部屋から離れたくないと言う気持ちはわかったし、戦えもしないからと置いて来たけど……せめてもう少し詳しい話を訊いておけば良かった。こういう時、リアルタイムに通信する手段が無い事が悔やまれる。電話はあるかもしれないが、海を隔ててしまった今、通じるかどうか……。

「まあ無事では無いでしょうね。もうこの世にいないかもしれない」

「……そうか……それが大女王かもしれないと思っていたのだが」

「ただ一つ言えるのは、その術者も猫族、それも王家の関係者って事だけね」

 するっと言われたそこに、重大な事実が隠されていたことに気がついたのはかなり後の事だった。

 差し迫ってルピアの事、その直前にローアと交した会話の方がその時は大事だったから。

 猫になってしまった事で、もう意地を張って無理やり元気なフリはしないだろうという事で、ルピアの傍にいてもいいと先生が言ってくれたので、一緒に寝る事にした。目が覚めたらまた慌てるかもしれない。傍にいてやったほうがいいだろう。

 病室に戻ると、さっき寝かされたまんまの格好で、ベッドに大人しくルピアが眠っていた。人間サイズのベッドにちょこんと猫ちゃんがいるのは広すぎておかしな眺めだ。

「……こうして寝てると可愛いわね」

「ああ、猫は寝る子といういうらしいから」

 抱っこしてベッドに潜り込むと、先生が出て行き際ににやりと笑って言った。

「まだ彼氏も完全に治っちゃいないし、一応病院だから、いくら恋人同士でもまだイチャイチャしないでね。ここ壁薄いわよぉ」

 なっ……! 何を言ってるんだ先生っ?

「猫相手にさすがにそれは無い!」

 いくら私が猫フェチでも流石になぁ。ってか、人型だったらもっと無い!

 しかも恋人同士ってなんだ。何故そこを否定しなかったのだろうか私は。

 ルピアを抱きしめる形で一緒にベッドに寝転んでいたけれど、今日は色々ありすぎて神経が昂ぶっているのか眠れない。

 自分で痛みを制御する魔法を掛けていたのを解いたと先生も言っていた。ルピアはまだ少し苦しいのか、時折眉間に皺を寄せて難しい顔をしながら小さく唸り声をあげている。その様子は見ていて少し痛々しかった。

 頑張ってたな、お前。ゴメン、もっと早く気がついてやれればよかった。ひょっとしていつも寝るときもこうして一人で苦しんでいたのかと思うと、胸がちくんとする。そういえばマトモに寝顔を見たことなんて無い。

 私が悲しい昔の夢を見て寂しかった時、ずっと傍にいてくれた金色の子猫。だから私もこうして一緒に居たい。先生は召還の時にこの体にお前の命が半分以上移ってしまったのだと言った。だから離れられない、口付けで魔力の補給ができるのだと。最初はなんて都合のいい事をと思っていたが、本当だったんだな。

 何度でもキスしてやる。それで少しでも戻るのなら。だからもう隠さなくていい、人型に戻ったって毎日でも。

 さっきの先生じゃないが、私はもうこの猫……いやルピアに惚れていると思う。今までも何度も目の前で死にそうになった時、本気でいなくなっては嫌だと涙が出た。あれは本心だ。

 私はきっといつか、こいつの前でなら色んな表情を浮かべられると思う。何となくそんな気がする。心からの笑顔も、泣き顔も、怒った顔も。

「にゃー」

 背中を撫でていると、細い鳴き声を上げてルピアが細く目を開けた。

「どこか痛いか? まだもう少し寝よう」

 私は笑ったつもりだったが、何時もの怖い顔だったかな?

「ルピア、安心しろ。どんな姿でも、たとえ喋れなくても私はお前が好きだ」

「にゃ……」

 腕の中で緑の真ん丸の目が驚いたように見上げている。

 温かい小さな体を抱いて、私は目を閉じた。


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