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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第二章 新大陸編
60/101

60:強すぎるオネェ

 ただ突っ立っている様に見えるマキアイア。

 だが、奴の周りにぴんと張り詰めた空気は、赤外線探知機のように四方どこからの攻撃にも対応出来るとわかる。どこにも隙が無い。

 まず五人で囲むように展開する。射程の長いイーアはやや下がらせた。幾らクネクネしていても、あのぶっとい腕に直接一撃をくらったら、子供のイーアではひとたまりも無さそうだ。

「マユカ……」

 祈るように呟くルピアは、少し離れた場所からメイドちゃん達と見ている。あまり近づくと巻き添えをくうかもしれない。

 じり、と私達は間合いを詰める。まず誰が出る?

「はーやーくぅ」

 自分からは動こうとしないマキアがクネクネした声で退屈そうに言った。

 まず打って出たのは、切込み隊長とでも言うべきグイルだ。グイルの持っている刺叉は私の棒より長いので、まず様子見というところか。

 相手の胴体が太いので、グイルは首を狙っていく。そんな力強い突きに逃げもしないマキア。しかしU字の先がマキアの首に届く事は無かった。

「なっ……!」

 人差し指一本で止めやがった。私達の中で一番力の強いグイルの一撃を!

「やぁねぇ、いきなり顔の近くを狙うなんてぇ。悪い男の子はお仕置きしちゃおうかしら。あっ、でもいい男だから後で遊びましょうねぇ」

 投げキッスが飛んできて、色んな意味でグイルが震えている。

 勿論私を含め、他のメンバーも止まってはいない。同士討ちは避けたいので、視線を送るとリシュルとゾンゲも動いた。刺叉に続く射程武器、三節昆と私の如意棒で挟み撃ちにしてゾンゲを行かせたい。ミーア、イーアは切り札として置いておく。

 リシュルが一番端を持った三節昆を、マキアの足を薙ぐように放つと、思った通り飛んでかわしたので、そこを狙って私が背中を棒で突きに行く。これでバランスを崩してくれれば、モーニングスターを持ったゾンゲが懐に入れ……。

「え?」

 だがプラスチックキャップのついた棒の先は背中にめり込むでもなく、まるで鉄板でも突いたような固い感触。まるでダメージは無いようだ。

 驚いている暇は無い。すかざす仕掛けたゾンゲの一撃はこれまたあっさりとかわされ、リシュル、私、グイルの連続攻撃もひらひらとかわされた。

 筋肉の塊のくせに、ムカつくほど優雅に、まるでバレエでも踊るように。

「荒っぽいコ達ねぇ。連携はなかなかいいけど基本的な所がなっちゃいないわ」

 しゅっと音がした気がした。風を感じた気も。

 何が起きたのか、一瞬理解出来なかった私の目の前からマキアが消えた。

「あ……」

 次の瞬間、リシュルが小さく声を上げたと思うと、がくりと石畳に膝をついた。

 一見どこにも攻撃を受けたようにも見えなかったし、傷も無いように見える。たが、リシュルは腹を押さえている。蹴りか拳を受けたようだ。からんと音を立てて手から離れた三節昆が転げた。

 つ、とリシュルの唇の端から零れ落ちた赤い糸。

「リシュル!」

「うふふぅ。この中で一番好みのタイプの男だから手加減しといたわよぉ」

 手加減してこれか? いや、好みのタイプって言葉が一番怖いのは置いといて!

「このっ!」

 仲間が一人やられたのに火が付いたのか、ゾンゲとグイルが一斉にかかって行く。そんなゾンゲのモーニングスターも、グイルの蹴りも空を切った。マキアはわずかに顔を動かしたようにしか見えなかったのに。

 早いなんてもんじゃない。

 すかさず私も上段から袈裟に突っ張り棒を振り下ろしたが、後拳で止められた。私はかなり力を籠めていたのに。しかもまたあの硬い感触だ。

 私の棒を止めている手に、ばしっと音を立てて打ちつけたものがあった。ミーアの鞭だ。よし、上手いぞ!

「いやぁん!」

 ううっ、全身から力の抜けるようなその声。だが少しは効いたのかな?

 マキアは微かに赤いミミズ腫れになった手首を振って、ぎっ、とミーアの方を睨みつけた。夜の町のお水のママみたいな顔で。

 だが、ミーアの鞭のおかげで漠然とだが道が見えた気もする。

「ちょっとぉ、痛かったわよぉ、今のは。女王様が女の子にはぁ、優しくしないといけないって言ったけどさぁ……」

 ミーアが鞭を振り回しながら後ずさるが、マキアは止まらない。しかも一気に行くのでなく、じりじり近づいていくのが怖い。

 そのマキアの背後ががら空きだ。今がチャンス!

「はっ!」

 私は思いきり蹴りを入れたが、まるで効いていないようだ。逆にコッチの足の方がじーんと痛かった。コイツの体は本当に生身の人間なのか? 鋼鉄製のロボットか。

「アタシ、女は嫌いなのよぉ! 特におっぱい大きいコはっ!」

 なんとも理不尽な事を言いつつ、ミーアに攻撃を仕掛けたマキアを私は止めることができなかった。

一番素早いミーアですら避け切れないほど早い拳は、思いきりミーアの腹に入って、ただでさえ軽い細い体は飛んで行った。

「ミーア!」

 何メートルも先まで飛ばされ、地面に叩きつけられたミーアは身動きもしない。完全に気を失っているようだ。女には容赦無いと言うことか。

「救護班!」

 声を掛けると、隅の方で待機していた兵と医師が走って来る。

「よくもミーアを!」

 グイルが思いきり刺叉を振り回したが、あっさりと重く長い刺叉はぶっとい片手で受け止められた。それでも諦めずにキックを入れたグイルの足を、もう片方の手で受けるマキア。

「今だ!」

 グイルには悪いが、動きを止めた隙を突かねば。すかさずゾンゲと私で飛び掛る。ゾンゲのモーニングスターは掠っただけでそうダメージは与えられなかったものの、ピンクのシャツがほころび、脇腹に決まった私の正拳突きも少しばかりはめり込んだ。

「……ったく……」

 グイルの足を離し、取り上げた刺叉を地面に叩き付けたマキアから、ゆらりと殺気が立ち昇った気がした。

 次の瞬間に目の前で血が飛沫いた。

「なっ?」

 ゾンゲの二の腕にすぱりと切り傷。かなり深い。それでもゾンゲは顔をしかめただけで踏みとどまった。

「ちょっとはやるようだから、こっちも武器を使わせてもらうわねぇ」

 いつの間に!

 ぱたぱたと顔の前で扇いでいるもの。メタリックな鈍い光を放つその扇は鉄扇か? しかも私が知っている護身用の骨だけが金属製のものじゃない。細い短冊状の金属板を要で留めた全体が金属で出来たもの。

「舞でも舞ってみましょうか? うふふぅ、このニャンコちゃんとワンちゃんはお仕置きして、ちゃんと躾してあ・げ・る」

 ぞぞぞっとゾンゲとグイルの尻尾の毛が逆立つのが見えた。

 扇を持ち、手を胸前でクロスさせて、膝をやや落としたそのマキアの姿は舞の構えにも似ている。

 本当に隙の無い構え。人の形の不気味な要塞のようだ。

「くっ……」

 どこから攻めていいかわからない。ゾンゲもグイルも攻めあぐねているようだ。なんだ、この絶望にも似た焦り。

「来ないのぉ? じゃあ……」

 ひらりと扇子が翻った。一見がら空きのようになった懐。二戦士が動いた。

「待てっ!」

 私が止める間も無かった。思いきり突きに行ったグイルの刺叉が派手な音を立てて地面に落ちるまで二秒もなかったろう。

 そしてグイルが脇腹から血を流して地面に伏すまで。

 同時に動いていたゾンゲも自分の動きを止められず、モーニングスターを諦め、自分の爪を最大に伸ばして薙ぎに行ったが、かすりもさせてもらえないまま扇の餌食になった。

「グイル! ゾンゲ!」

 倒れた二人の周りの石畳が赤く染まる。

「次はアンタ達ねぇ」

 バサバサとつけまつ毛をバタつかせた目が、私とイーアを捉える。

「……くっ」

 やるしか無い。

「まだ……いける……」

 ゾンゲとグイルが起き上がろうとしている。やめろ、もう立つな。もう一撃受けたら確実に殺される。

 ヤバイ。これはマジでヤバイ。

 強いなんてもんじゃない。もう人間の域を超えてる。

 これがヴァファムの最上位幹部に寄生された者の実力。

 わずか数分の間に、もう私とイーアしか残っていない。女子供にも容赦ないから、イーアだってミーアのように……。

『兄ちゃんを守ってあげないといけないから』

 イーアが笑顔で言っていた言葉が蘇った。

「イーア、お前の電撃は最後までとっておきたい。私がやる。下がってろ」

「でもっ!」

「お願いだ、イーア。これは命令だ。最後のとどめには絶対にお前が必要だ」

 イーアも立派な戦士だ。わかっているが、出来ればこの子だけでも痛い目に遭わせたくない。

「……わかった」

 しょぼんとした様子で、ルピア達の方に下がったイーア。よし、これでいい。

「じゃあ、伝説の戦士さんとやらと一騎打ちねぇ~」

 マキアが動いた。扇は閉じている。それでも、いつでも開けるように指が要を押さえているのがわかる。

 大きな相手だ。私が懐に入り込めれば投げ技も可能だが……。

 すごい勢いで蹴りが来たのは、何とか躱せた。きっとマキアにしてみれば様子見くらいのつもりだったのだろう。こちらも仕掛けないと。

 一番短くした棒の真ん中を両手で持ち、斜めに構えて踏み出す。防御の姿勢だ。

 マキアがふふんと鼻で笑いながら一旦離れた。その動きに全神経を集中する。見えるはずだ、幾ら最高位のヴァファムに寄生されていて、通常の何倍にも身体能力が上がっていようと、宿主は生身の体なのだ。

 拳が来る。その軌道が読めた!

 躱しながら棒で腹を突くと見せかけて、マキアがその動きに反応したところを、私は棒をくるんと回して顎の下を打つ。ここはどんな大きな相手でも弱いところだ。

 マキアが二・三歩よろめいて下がった。

「ふん、やってくれるじゃないのよ!」

 また本気になったのか、マキアが鉄扇を開いた。来る! だがそのあまりの速さに私は完全には避け損ねたのだが……衝撃も痛みも無かった。

「ぐあっ!」

 まるで見当違いの方向から声が上がった。その声はルピア? え?

 まさか防御魔法でまた身代わりに攻撃を受けたのか?

 横目で見ると、石畳に膝を付いて肩を押さえながらも、ルピアは微笑んだ。

「……マユカ、僕もいる。僕は君を守るから、思いきり戦って」

 もう一人、戦士はいた。


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