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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第二章 新大陸編
58/101

58:議事堂の第一階級

 ビンに入れた港の下っ端に詳しい話を聞いていたルピアが私達に報告する。

「情報では、第一階級の役付きは国の議事堂にいるらしい」

 この世界で聞きなれない言葉が出てきたので思わず聞き返してしまった。

「ここは王制ではないのか?」

「このディラの国は小さくても、数十年前に全世界に先駆けて王制を廃止して議会制にした進んだ国だ。中でもこの首都はこの大陸の交通・貿易の要所になっている」

 ふうん。ルピアも結構知ってるんだな。こういう難しい話をしている時はやっぱり若くして国を治める王様なんだと納得できるけど、他の面が残念すぎてなぁ……。

「議事堂か。まあ、この事態で議会は止まっているだろうが国の中枢部だな。たった一人の役付きが全体を治めるにはそうなるか」

 面白くは無いがヴァファムは頭がいい。抑えるところを抑えれば充分に一人でも維持管理できるという事を知っているからなのだろう。そして私が気になっていたのは、その第一階級の役付きが一人の護衛も連れていないと言われたこと。それだけ強いという事だろう。

 だがひっくり返して考えてみれば、一人で済むならラッキーなのかもしれない。その一人を倒して下層部に降伏するよう仕向ければ、この国はわずか一戦で終われるかもしれない。

「では早速向かおう。イーアは議事堂の場所がわかるか?」

「うん。任せて」


 五種族の戦士最年少の、魚族代表イーアはこのディラの国の出身だ。今いる首都の港町イラの生まれでは無くても、隣の町なのでほぼ地元民である。よって今回は道案内はバッチリみたいだ。

 今までの経験を元に、下っ端が家に引っ込む時間である正午をついての移動。それでも区域ごとに見張りが数人ずつは立っていたのは簡単に撃退できた。

 やはりと言うべきか、見張りクラスは警察官が多かったので、速攻虫を取り出して味方につける。船で一緒に来たデザールの兵と共に、どこかで閉じ込められているだろう女子供を解放に行ってもらうためだ。

「段々と手際が良くなって来たな」

「慣れて来たんだな」

 皆が口々に言うが、出来ればこんな事に慣れなくてよければいいのだがな。

 向こうの大陸に比べるとアジア的な佇まいの町は、本当に昔の日本にタイムスリップしたような錯覚すら覚える。海と山に挟まれた地形が日本に似ているからだろうか。

 やや近代的な石造りの建築物の並ぶ表通りから一歩入ると、いかにも庶民が住んでいるという木造平屋の長屋が続く裏路地。郷愁をそそられるような眺めだ。しかし綺麗に塵一つ無く掃除され、遊ぶ子供も表で立ち話しているお年よりもいない、洗濯物の一つも見えないのが気持ち悪い。まるで昔行った事のある明治時代の街並を模したテーマパークの閉館後のようだ。

「えっとね、こっち」

 イーアがそれこそ水を得た魚という感じで、すいすいと路地を先導する。

 他にもっと強い者もいただろうに、なぜまだ子供のイーアが選ばれたかは、リシュル、ミーアもそうなように、こちらの大陸がほぼヴァファムの監視下に置かれている中、自力で逃れられるだけの実力があったからだ。それだけでも大したものな上、魚族の中でも電撃を使える者はほぼいない。身も軽く頭もいいイーアは、生まれながらに選ばれた戦士なのだ。

 気が付けば私は、いつも一緒にいる仲間なのに、ルピアも含め誰も詳しい生い立ちやプライベートな部分を知らない。聞こうとも思わなかった。だが、こうして故郷に限りなく近い所に来ると気にはなる。

「イーア、両親や家族はいるのか?」

 歩きながら尋ねると、明るい口調でイーアは答える。

「父ちゃんも母ちゃんも僕が小さいときに死んだからいない。でも兄ちゃんがいるよ。脚が悪くて病弱だからヴァファムには憑かれてないと思うけど」

 ……結構苦労して育ってきてるようだな、イーアって。

「お兄さんは捕まってるのか?」

「どうなんだろう。病院に入ったまんまだったからね。たぶん病院は一番安全だから僕も安心して任せてるけど」

 どうしてそう無邪気に笑っていられるのだろうか。しっかりした子だとは思っていたがここまでだったとは。内心はきっと心配で仕方ないだろう。なのに一人で海を越えて来たのだ。考えると胸がぎゅっとなった。

「寂しくは……無いのか?」

 私の声は少しかすれたかもしれない。別に憐れんでいるのではない。

「僕は強くなったよ。兄ちゃんを守ってあげないといけないから。それにはマユカ達と一緒に大女王を倒さなきゃいけない。だから寂しくないし頑張れるよ」

 腹のスリングの中で、ルピアがぐすんと鼻を鳴らしている。結構涙もろかったりするんだな、猫のくせに。気持ちはわかるけど。感動したんならちょっとはイーアを見習え、ルピア。

 イーアが来るっと私の方を見た。

「あ、そうだ。兄ちゃんをマユカに会わせてあげたい。きっと生きる勇気が湧いて元気になると思うんだ!」

 そんなご利益は無いと思うが、私も会ってみたいな。

「早くこの国を取り戻そうな。そして一緒にお兄さんに会いに行こう」

「うん!」

 よし。気合が入ったぞ。一つ目的が出来たからな。まずはこの国を解放する。そしてイーアを兄に会わせてやろう。

 そのためには、第一階級の役付きを倒さなければならない。


 港から何組か見張りを開放しつつ移動すること一時間あまり。

 思ったよりあっさり近づけ、目指す議事堂はすぐ目の前だが……。

「デカっ!」

 刑事デカではなくて大きい方の。なんじゃこりゃ~! 日本の国会議事堂みたいなのを想像していたが……まああれも大きいけどな、それどころじゃない。

「まるでお城じゃん」

「まるでじゃなくて本物のお城だよ。だって昔、この国が王国だった頃はここに王様が住んでたんだもん」

 ……イーア、そういうのは先に言っておこうか。

 城といっても、某夢の国にあるガラスの靴を落としたお姫様の城のような塔のある西洋風の建物ではない。かといって日本の城とも違う。どちらかというと中国や韓国の王宮みたいな感じだ。

「門は開いてるな」

 どこまで続いているのかわからない朱塗りの壁に囲まれた敷地の前には大きな門が見え、その向こうには何万人も入れそうな広場が見える。そのまた奥には、何段かの階段の上にどどーんと壁のように重厚で豪華な建物。

「お邪魔しまーす」

 門に向って思わず声を掛ける。

 一応挨拶くらいはしておかないとな。誰に? そんなツッコミはいらん。礼儀というものだ。後ろでグイルやミーアが呆れているっぽいのも気にしてはいけない。

「何者!?」

 おお、門番立ってたんだな。って、もうゾンゲとリシュルに手刀喰らってるし。

 へたり込んだ門番に尋ねる。

「マキアイアに用があるのだ。何処にいる?」

「奥……」

 門をくぐり、石畳の王宮前の広場に出る。

 ここは……そう、こういうのカンフー映画で見た! ここで沢山の兵が皇帝に跪いてたり、御前試合をやったりするような。だが今はがらーんと人の気配は無く、閑散としている。

「耳かき部隊、合同軍は合図をするまでここで待機。私達だけで奥に行く」

「はっ!」

 こういう所で命令なんかした日には、女帝になったような気さえするぞ。

 こうして私、ルピア、五種族の戦士のみで城の中に入ったのだが……

 強いから護衛などいらない―――港の下っ端も言っていたように、本当に守りが手薄だ。正面から堂々と乗り込んだにも関わらず、ほとんど襲って来る者もいない。要所要所に見張りは立っていたものの、こちらは無傷で倒してきた。

 だが何と言うか……広すぎる! これ、どんだけ廊下を歩かないといけないんだ。というか、同じところをグルグル回っている気もしなくはない。

「迷子になってない?」

「そんな気もする……」

 よし、次に見張りを見つけたら道を聞こう。そう思っていたら、ホールのようなかなり広い場所に出た。

「お、かなりの数いるぞ」

 そう少し嬉しそうに言ったのはグイルか、リシュルか。暴れたいんだな。

 槍、剣を持って待ち構えているのは、数十人のスーツを着た身なりの良い男達だ。ひょっとして議員さん達? むう、こんな時だが、この建物の見張りって、顔で選んでるんだろうかと思うような結構な男前揃いだ。その中でもここの面々は最上級のイケメン揃い。

「マキア様ノトコロニハ行カセナイ!」

 イケメン集団が私達に向って一気にかかってきた。

 どか。ばき。ごき。

 うーん……弱かったな。五人と私で、ものの数秒で倒してしまった。

 足元に倒れたイケメンを一人捕まえて、揺すってみたら目を開けた。

「マキアイアというのは何処にいる?」

「シャベラナイ」

 頑なに首を振り、口を割ろうとしない男。イラっと来たので、私は思わず目の前に拳を翳して見た。一応穏やかに見えるように笑ってみたつもりだ。

「マ、マキア様ハ……」

 効果テキメンすぎて、微妙に心が痛い。ホントに殴るつもりなどないのに。それより笑顔が怖かったのだろうか? 怯えた様に男が素直に喋り始めた時。

 キーンと響いたのはヴァファムの幹部の『声』か?

 突然伸びていた見張り達が、しゃきっと立ち上ったので、一瞬身構えたところ、見張り達は綺麗に揃って一斉にお辞儀をした。な、何事?

「案内シロトノ御命令ダ。ツイテコイ」

「……はぁ」

 予想外の事にあっけに取られたものの、これは歓迎すべき事なのだろうか。

 だが、このタイミングをみれば、どこかから監視されているという事か。私達の動向は役付きにお見通しらしい。


 通されたのは案外近代的な西洋風の部屋だった。ふかふかと毛足の長い豪華な絨毯を除いては、ゴテゴテした装飾も無いシンプルな部屋は広いが、中央に小さな応接セットがあるだけだ。そして白を基調にした壁に、大きな海の風景画が掛けられていて、その手前にデスクと革張りの椅子。恐らくこの国の首相あたりの執務室かと思われる。

 デスクの椅子は私達に背を向けるように、壁の方を向いている。壁の絵を眺めているように。その椅子に誰か座っていた。

「お招きありがとう、とまずは言っておこう」

「……」

「お前がマキアイアか?」

「……」

 返事は無い。僅かに金の髪が見えるだけの人物は、大きな背もたれの革張りの椅子に掛けたまま、壁に掛けてある絵の方を見ている。

「返事も無しか? せめてこちらを向くくらいはよいと思うのだが?」

 それでも動こうとしない相手に、私は少しイラッと来た。

「聞えないのか?」

 私が少し声を荒げると、相手方にやっと動きがあった。

「聞えてるわよぉん。ギャーギャーうるさいコ達ねぇ」

 面倒臭そうに椅子から立ち上がり、くるりとこちらを向いたその人物。

 ううっ!

 ゾゾゾッと背中に冷たい物が這った如き不快感。「よぉん」とか言ったが毛の生えていそうなものすっごい野太い声なのだが?

「そーよぉ。アタシがマキア。南方第一司令第一階級のマキアイアよ」

「……」

 け、刑事スキャン……したくないのだが始動。

 身長およそ百九十センチ、推定年齢二十代後半。性別は……男。無駄な贅肉は一切無さそうだが、ボディービルダーのようなムキムキ筋肉質なので推定体重は九十五~百以上はあるだろう。分厚い胸板と割れた腹筋がわかるピッチリしたピンクの短めシャツに、これまたぴっちりした裾の開いた白のパンツは臍が見えるほど股上浅めで、でっかいバックルのベルト。何故か足元のピンヒールのミュールには飾りに花がついている。アーミーカットに短く刈りこまれた髪は金髪。決して不細工な顔では無いのだが顎割れでイカツイ。そのイカツイ顔に細く整えられた眉、バッサバサのつけマツゲにラメラメアイシャドーは紫。そしてグロスでツヤツヤ光る薔薇色の唇。

 そのツケマにラメラメアイシャドーの目がルピアを捉えた。

「あらぁん、なんて可愛い子猫ちゃん」

「ま、マユカっ、怖いいいいぃ!」

 ルピアが全身の毛を逆立てて私にくっついている。

 うん。怖いな。私も色んな意味で怖いぞ。

 ……ヴァファム最高位幹部マキアイアは、豪奢な王宮に相応しく無い、きっついオネェだった―――


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