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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第二章 新大陸編
56/101

56:船出と如意棒

 ―――緩やかに揺れる視界、頬を撫でる風は心地よい。潮の匂いは何処の世界でも変わらないのだなと私は思った。

 満帆に風を受け舳先が水を切る音、遠くで海鳥の鳴く声が耳をくすぐる。目前に広がる海の色は澄んだ青―――

「うげ~、ぎぼぢわるぅ」

「……」

 ―――振り返り、もうほとんど見えなくなった陸地に心で手を振る。

 知らない土地ではあったが振り返れば様々な事があった。それらの全てが、白い波頭を覗かせる海に浮かぶように思い出される。

 沢山の人と出会い、強い相手とも戦い、そして別れも――――。

「げろげろっ」

「……ルピア、うるさい」

 折角、人が感傷に浸っているというのに。

「だってぇ、気持ち悪いんだよぉ」

 膝立ちになって、船の縁から顔を出しているルピアは真っ青だ。完全に船酔いだな。やつれきった顔をしてる。

「全く、情けない」

 ちょっと可哀想なので私はルピアの背中を撫でてやった。

「デザールは内陸だから船に乗る事なんか無かったから」

「まあ、頑張れ。しばらくしたら慣れる」

 へたっているのはルピアだけでは無かった。船の様子を見渡すと、お魚少年イーアと鳥娘ミーアは全然平気なのか、マストに登ってご機嫌で景色を見ている。それ以外の者達……グイルもゾンゲもリシュルも気分が悪そうだ。デザールとキリムから連れて来た兵士や耳かき部隊も全滅に近い。

 セープのある大陸まではこの帆船で早くても五日はかかるそうだ。大丈夫なのか、こいつら……。


 遡ること三日前。

 リリクレアと軽部の支配下にあった港町と、武器工場は何とか制圧した。

 ビンの中のリリクレアを半ば脅す形で下っ端に命令させ、降伏することを約束させた。そのあたり、ヴァファムは従順に約束を守る。その後は、毎度お馴染み耳かき部隊の元に長蛇の列が出来たのは言うまでも無い。

 寄生されていなかった一般市民は町の中央広場に集め、私達からもうヴァファムに従わなくても良い事などを説明し、最後はケイ様……軽部の弁舌にお願いした。

「いつかこのような歪んだ形でなく、ヴァファムもそして様々な種族の人間も、共に手を取り合い暮せる日が来ることを信じましょう」

 そんな言葉で締められた演説はそう長いものでは無かったが、やはり人心を捉えるのが上手いのだろう。涙しながら聞くものもいた。

 最初に入った倉庫にいた、小さな子供連れの母親やお年寄りなどもそれぞれの家に戻った。自分の意思を取り戻した夫や家族と、これからは一緒に暮すことができる。

「本当にありがとうございました!」

 解放された中に、あの倉庫で抱かせてもらった犬族の赤ん坊と母親もいた。

 赤ん坊は、僅かな時間であったのに私を覚えていたのか、笑顔でこちらに手を伸ばすのでもう一度抱っこさせてもらった。本当に人見知りしない可愛い子だ。

「大きくなったらお父さんとお母さんを手伝うのだぞ」

「だぁ」

 私が語り掛けると、タイミングよく返事のような声を上げたので、母親も父親も顔をあわせて驚いた後、皆で笑った。

「赤ちゃん抱いてるとすごく女らしいよね、マユカ」

 ルピアは何故そんなにニヤニヤしているのだろうか? というか、さり気にいつもは女らしくないと言われていると思う。

「いや、そうでなくて。どう? 僕の子を産んでみない?」

「寝言は寝てから言え」

 ……そりゃな、もういい加減子供の一人や二人いてもいい歳になって来たのは事実だ。しかしもしも今妊娠して、どうやって戦えというのだ。

「むう、酷いな。僕は本気なのに」

「……ま、それはまたいずれ」

 その場は軽く誤魔化しておいてた。子供は欲しいがそれ以前に作る行為をしないと出来無いのだぞ、ルピア。わかってて言ってるんだろうけどな。

 武器工場で働かされていた、山の向こうの鍛冶屋の村の人々、近隣の町や村の人達はキリムの兵数人に付き添われて続々と帰路についた。

 全てが片付くのには丸二日かかった。だが、その間に傷ついた戦士達もゆっくりする事が出来たようで良かったのかもしれない。

 私はすっかり大人しくなってしまった軽部と共に、もう一度だけあの部屋を訪れた。

 やはりここは空気が違う。肌に馴染むというか、懐かしいというか。

 壁の塗料やソファーの合皮の微かな独特のニオイ、蛍光灯のチカチカ。化学物質も排気ガスも少ない外の世界の方がよほど空気は綺麗なのだとは思う。でも百パーセント果汁よりも、薄くてほとんど果汁の入っていない添加物の入った安い清涼飲料水の方が飲みなれているみたいなもので、妙に落ち着くのだ。そんな喩えをすると、軽部は呆れたように笑ってから、自分もなんとなくわかると言った。

 液晶の割れたモニターが痛々しく床に落ちているのを見て、ほんの僅かに心に罪悪感が過った。私が絶ってしまった外界への繋がりの残滓……

「ここって、電気も来ててネットにも繋がっていたという事は、電話は?」

「線は繋がっていますよ。でも電話機が無いので……元々内線も何も無いから、ボクはここを選んで身を隠していたんです」

 本当に殺風景な部屋だからな。

「周波数は違うかもしれないが、こちらの世界でもキリムの都会では一部電話らしきものも有線放送もあったくらいだから、電気も全域に普及していないだけで都市には来てるぞ」

「日本の明治末期から昭和初期並みには進んでいるようですからね。ここの人達はその技術を軍事利用しないのが偉いと思う」

 座り慣れた椅子に掛けた軽部は、もう以前のあの狂気の目はしていない。穏やかな笑みを浮かべ、慈しむようにデスクに手を滑らせている。

 その横顔に私は声を掛ける。

「……ルピアはモロモロ残念な男だが嘘はつかん。いつかきっとお前を日本に帰してくれる」

「信じて、待っています」

 ここは日本。この部屋だけは。だから軽部が去りがたいのは私にもわかる。いつかこの部屋だけでなく、ドアを出ると見慣れた生まれた世界だったらいいな。

 去り際、軽部が私に、この部屋の中にある物を持って行っていいと言ってくれたので、形見では無いが私も何か向こうに繋がりのあるものを身に付けていたいと思い物色した。

 とはいっても、ホント何もないし……うーん、流石にパイプ椅子を持って歩くのも辛いし、草臥れたソファーに、隅っこのちいさな手洗い場の石鹸。他にあるものといえば部屋の隅の掃除道具のロッカーくらい。バケツにモップもなぁ……。

 見渡しているうちに、面白いものを見つけた。配管の通っているっぽい出っ張った柱と壁の間に、ハンガーのかけられた棒が渡してある。

「なあ、軽部。あれ、もらってもいいかな?」

「突っ張り棒? いいですけど、あんな物を何に……」

「如意棒みたいだろう?」

「まさか武器に?」

「ああ。途中で入手した薙刀はベネトに真っ二つにされたからな。工場の方に行けばまだ使える武器があるかもしれないが、私も出来れば故郷に繋がりのある物を持っていたい」

「なるほど。東雲さんも、いつも故郷を思い出せますね」

「ああ」

 こうして私は以後愛用することになる自分の得物を手に入れた。

 突っ張り棒は伸縮も出来、軽い。そこそこの太さもある丈夫そうなものなので使い勝手も良さそうだ。

 来るべき女王の側近との戦いも、これで素手でなくて済む。

 工場の作りかけや完成品の武器は軽部とノムザに委ね、もう一度町の人と炉で溶かし、スプーンやフォークなどの日用品や、本来のこの工場で作られていた船の部品などに再生してもらう事にしておいた。仕事を与えられて、中身はヴァファムのままだがノムザも喜んでいるし、軽部も退屈しなくて済む。

 元々こちらの大陸の出身であるベネトルンカスに寄生されていたチィナは、この町に残すことにした。セープ王国に残されたサーカス団を見つけたらここに帰って来るようにと伝言する事を約束して。マナとリールもここでお別れだ。素でもかなりの使い手である二人には、他の元幹部達と同様、せっかく解放した町が再びヴァファムの手に陥るのを阻止するために、デザールとキリムの合同軍に協力してもらう。そしてリリクレアに寄生されていたニルアは、故郷セープに戻すべく一緒に船で渡ることになった。

 

 そして、私達は船で出発した。

 途中、嵐にもあってやや到着が遅れたものの、七日の航海の後、私達はついに新しい大地に辿り着いたのだ。

 この大陸の中央にある大国セープ王国。

 蛇族の国の首都に大女王はいる。


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