55:とりあえず終結
百二十八人。
これは工場で使役されていた人の数である。種族も様々で、うち三分の一ほどが下っ端に寄生されている。マナを介して小学校に待機していた残りを呼び寄せ、総動員で恒例の耳かき作業が行われることになった。
「並んでくださーい」
「順番ですよぉ」
ノムザのおかげでほぼ無血で工場を制圧し、これ以上の武器の拡散を防げ、無事村人達を取り戻すことには成功した。
ベネトルンカスに寄生されていたチィナは、同じサーカス団のマナやリールと再会を果たして嬉しそうだったが……以後の扱いに困る者が二人ばかりいる。
「ノムザをどうする? 悪い奴ではないが宿主に気の毒だから出すか?」
「あー、それなんだけどね……」
既にビンに入ったベネトとノムザ本人……本虫……の話を聞いたルピアが難しい顔をした。確かに体は魚族の男性なのだが、寄生を解くと死んでしまうかもしれないとの事だ。私は俄かに信じられず、思わずルピアに詰め寄った。
「どういうことだ? まさか女王ほどデカくて取り出せないほど奥にいるというわけでも無かろう? 第三階級だぞ?」
「いや、宿主のほうの問題だ。あれは身体能力は高いが事故で頭に損傷をうけた青年の体なんだそうだ。ほとんど自分の意思というのも記憶も無い。たとえ無事にノムザを取り出せたとしても人形のようなものだよ。一人では生きて行けないし、どこの誰かもわからないから家族に返しようも無い」
それは……う~ん。そうか、本来ならもっと強い宿主も選べた立場であるのに、わざわざそんな体を。ひよろひょろだとは思ってたが、ひょっとしなくても、ノムザがもっと違う体を選んで、あの鎖鎌を使って来てたらたらかなり手強かったかも……?
ふと横にいる人物を見て、ノムザがこうなった訳が閃いてしまった。
「ひょっとしてお前の仕業か?」
しっかり縄で縛り直されて跪いている軽部が得意そうに答える。
「はい。これは先程も申し上げましたが、私がヴァファムを日本に連れて行きたいと言った理由の一つです。植物状態の人間でも、ヴァファムが寄生することによって活動もできるかの実験です。ノムザさんはその輝かしい成功例ですよ。多くの人の命を救う事だって出来るのですよ」
……案の定だ。
ふむ。確かに普通に喋れて動けるのはヴァファムのおかげかもしれない。犯罪者や一般人に寄生させるというよりは真っ当に聞えるとはいえ、それだって間違ってる。ヴァファムにだって個性も高い知性もあると納得したばかりなのに、それで実験だと? 第一動けたとしてもそれは「別人」だ。その人を救った事にはならないのではないだろうか。
あー、もう何かやっぱり軽部は色々理解出来無いな。
「で、ノムザは後で考えるとしてだ。コイツどうしようか、マユカ」
ルピアがつんつん後頭部を突くのを、非常に嫌そうな顔で我慢している軽部。前の軽部なら発狂していたところだろうな。色々と腹が立っていたので、私は少し意地悪を言ってみた。
「ルピア、その軽部を触ってる手、手すりやら虫やら持って洗って無いよな? しかも猫ちゃんのときは四本足で地べた歩いてたわけだし」
「ああ。だって手を洗う場所も時間も無かったから。大丈夫、ご飯食べる前にはちゃんと洗うから」
「……くっ」
わあ、潔癖症が面白いほど怖い顔になったぞ。キーってなってるのがわかる。だが残念ながら縄ほどいてはやらんから、洗いにもいけまい? 軽部。
「そういやベネトさんの猫も地べた歩いてたなぁ」
「……」
ま、この位にしておこうかな。
「で、お前はどうする軽部?」
「どうするとは?」
「今後のことだ。大女王からこの世界を解放するため、私達は向こうの大陸に渡る。もう向こうの世界との繋がりを絶った今、ここに留まる必要も無いと思うが?」
ぶっちゃけコイツなんか味方にもしたくは無い。だがコイツは放っておけば何をやらかすかわからんしな。もう昔のように完全に精神を病んではいないとはいえ、言葉一つで人心を惑わす口達者だ。
見た目は地味な男だ。背はそこそこ高い。そう太っているわけでもなく決して不細工でもないのに、猫背で前髪が鬱陶しくて、眼鏡で撫で肩で、人を上目使いで見て……そう、よくオタクとか言われてるタイプにこんなのが多いなという印象を受ける外見。そして神経質。
だが、観察入院中に身なりをきっちり整えてもらい、取り調べをした時に藤堂さんが身震いとともに私に言った。軽部は昔のドイツの総統みたいな奴だと。
軽部が背筋を伸ばしてハキハキと喋ると、異常に人を惹きつける喋り方をする。秩序正しく清潔にとの訴えは間違いでは無いとはいえ、言っている事は極端で、一つ間違えれば危険思考ともとれる発言ばかりなのに思わず引き込まれたと言っていた。苛められ、虐げられて病んだ精神の奥には、強烈なカリスマ性があるのかもしれない。
入院先でも、他の患者からも医師達からも軽部はかなり慕われていたし、聞き込みに行った近所の年配の人達の印象も悪く無かったどころか、誉め言葉しか出なかった。
そしてさっき工場内で、階段の上から声を上げた時の作業員の反応。
寄生されているでもない者の人心までも飴と鞭を使い分けて操る才能。
それ故に、私はこの男に言いようの無い気味の悪さと恐怖を感じるのかもしれない。それは無意識に気圧されていると言う事なのだろうか。
呼ばれたと軽部は言った。彼が召還されたわけが何となくわかる。ヴァファムの女王がただ知識を得るためだけでなく彼を選んだのが。
「ボクは……」
「こう言っては何だが、同じ日本人として、お前にこれ以上手荒な真似をしたくない。もしもうヴァファムに加担しないなら一緒に……」
行こうと続けかけた私の言葉を遮るように、軽部は首を振った。
「あの部屋は……日本だ。ボクはあそこからは離れたくない」
一瞬の沈黙の後、微笑んでぽつりと漏らした言葉に少し私も心が揺らいだ。
三年間ずっとここに留まり続けたのはそのためか? たとえ外に出られなくとも、あの部屋の中は空気が違った。確かにあそこだけは違うと私にもわかった。
小さな画面の中だけだとしても、情報は入手出来、今日どこで何があったかもわかる。人々の言葉が、向こうの世界の今が見えていた。完全に放り出されたわけでなく、あの部屋にいれば、異世界のど真ん中であろうと、軽部は日本で引きこもり生活をしていたのと変らなかったのかもしれない。
私はそれを壊してしまった。
「ボクは……ここは嫌いではない。日本よりも余程ボクの理想に近いこの世界は嫌いじゃない。向こうにはイジメる人もいる。それでも……帰りたい」
正直な気持ちなんだろうな。そしてそれは私にも痛いほどわかる。
私もあの世界では相容れるものは少ないかもしれない。喜びも悲しみも怒りも浮かべない私の顔。その原因を作ったのもあの世界。
それでも帰りたい。いつかは。
だがそれは今すぐじゃない。まだ私にはやるべきことがある。
「マユカ、コイツはここに置いておいても大丈夫じゃないかな?」
突然ルピアが言い出した。
「置いておくって、お前、軽部は……下手したら役付きのヴァファムより余程危険なんだぞ?」
「あの部屋の近くにいさせてあげなよ。もうお前には何も出来無いもんな?」
ルピアが軽部に語り掛ける。
「ああ、もう向こうの情報も得られないボクなど女王もいらないだろう」
「どういう契約かわからないが、召還された以上、一定の条件を満たすか不可能になった場合は戻れるはずなんだ。でも彼は消えない。つまりは、使い捨てって事だよ。自分が使い捨てにしたノムザと同じようにね」
わかるようなわからんような説明だったが、私を呼び出したマスターであるルピアの言葉は説得力があった。
「じゃあ、ボクはもう戻れないのか?」
「もう何もしないで大人しくしていてくれれば、マユカと一緒に戻れるように僕が方法を考えるよ。でも手放しで解放はしてやれないから……そうだ」
大袈裟な仕草でルピアが手招きをしたのは、ミーア達と一緒にいたノムザだった。
「彼に見張りをしていてもらえばいい」
おーい! 猫王様、残念な奴だとは思っていたが本当にお馬鹿か? さっき寄生を解くことが出来無いと言ったばっかりで、中身は幾らいい奴でもヴァファムの幹部のままだぞ?
「俺が? ケイ様を?」
ノムザ自身も呆れているのだが……。
「マユカ、僕はちゃんと計算して喋ってるんだから残念扱いはやめてくれないか?」
勝手に頭の中を読んでルピアは怒っているけども。
「いや、駄目だろ、それはどう考えても」
私には駄目出ししかされないと踏んだのか、ルピアは今度はノムザに言う。
「ノムザルンカス、君はヴァファムが最終的にこの世界を掌握出来ると思ってる? 女王の思い描く規律正しい世界こそ正しいと思ってる? 寄生し、他の人の意思を奪う事は正しい?」
「女王様の命令は絶対だが……」
「ほら、即答出来無いじゃないか。ヴァファムは賢い。君はその中でもかなり僕達他の種族の考えに近いよね。何故かわかる? ケイ様の近くに居すぎたからだよ。すっかり感化されてしまってるんだ」
ほう。言われてみればそうかも。それ故の最後の反抗があったのかも?
「君はある意味希望なんだよ、ノムザルンカス。ひょっとしたらヴァファムと僕達はわかりあえるかもしれないっていう希望。だから君を信じてケイ様を任せる。どう?」
ノムザは感極まったような表情で何度も頷いた。
ああ、ここにも人心を操るのが上手い奴がいた。そういや連合軍司令だった。上手な言い方だ。希望とまで言われて無茶できるほど、ノムザはお馬鹿ではないのはわかっているしな。
「ノムザさん、ボクを許してくれるのですか?」
「ケイ様、一緒にここで大人しく待っていましょう。帰れる日まで」
うん、まあ下手な奴に任せるよりはいいか……
なんか後味は良くないが、何とかこちらの大陸は片付いたようだ。
次は早々に向こうの大陸に渡らなければ。
そして大女王とやらにお目にかからねばなるまいな。




