54:ノムザの反乱
とにかく他の戦士達と合流し、村人を解放することが先決だ。
そして武器工場を止め、これ以上この世界に武器を広めないようにしないと。
下っ端であっても武器を持っていれば危険だし、すでに向こうの大陸では寄生を逃れた人々も武器を手にレジスタンス運動を始めたというではないか。どちらも同じ普通の市民同士、ご近所さん同士が殺しあうなどあってはならんのだ。
「ルピア、ミーア達のほうはどうなっているかわかるか?」
「大丈夫だよ。ゾンゲ達と無事合流出来たみたいだ」
それは良かった。だがミーア達と一緒に、もう一人の第三階級のノムザルンカスがいたはずだ。
「ノムザは?」
「抵抗はしないみたい。味方にやられて傷心なんじゃないか?」
……確かにな。幾ら虫でもヴァファムは知能が高い。心だってあるだろう。
ロボットの様な下っ端達は気味が悪いが、小女王のエルドナイアをはじめ、今まで見たヴァファムの役付き達はみな個性豊かだった。宿主とまるで違う性格に喋り方。ひょっとしたら軽部より余程人間らしいとさえ思える。
あれだけ酷い扱いを受ければ、ノムザもショックを受けただろうな。
「というわけだ、軽部。もうノムザルンカスもお前の味方はしてくれんだろう。他にも役付きはいるのか?」
「いない。最下層のヴァファムだけだ」
小さく呟いた軽部。もう抵抗する様子は見せない。だが念のため拘束はしておいたほうがいいかもしれない。
「悪いな、手を縛らせてもらうぞ」
手元にロープが無いので、軽部のシャツを脱がせて袖で後ろ手に縛る。
「この子はどうしようか?」
いつの間にかルピアがベネトルンカスだった猫ちゃんを抱っこしていた。人型に戻るでもなく、何故か嬉しげにルピアに頭を擦り付けている赤毛の猫を見て、ワケも無く悔しかった。貴様、本当は人のくせに馴れ馴れしい……。
ん? 悔しい? どっちにそう思った?
……ルピアにだな、うんきっとそうだ。子猫ちゃんのクセに猫を抱っこなど。
そんなわけで猫ちゃんに言ってみる。
「私が抱っこしてやろうか」
むしろお願いしたい。抱かせて、抱っこさせろぉ。
「イヤ~。怖そうなお姉さんよりカッコいい男の人の方がいい~」
猫撫で声だな。もう虫が入ってないのになんかムカつく。こんなに可愛い猫ちゃんなのに。
「人型に戻れ。そして自分で歩け」
「はぁい……助けていただいてありがとうございました」
渋々というていで、猫ちゃんは小柄だが美人の赤毛の女に変った。まあ、ちゃんと礼を言えるのだからよい娘ではあるな。
拘束した軽部を連れ、戦っていた倉庫らしいところを四人で抜けると、恐らくベネトとノムザがケイ様……軽部の護衛のために控えていた部屋だろう小部屋に出た。
簡単なソファーとテーブルのあるだけの質素な部屋。無人だったが、薬箱が出たままになっているところを見ると、ミーア達がノムザをここで手当てしてやったのだろう。そのまま横手のもう一つのドアから出ると、またも通路だった。
ベネトとはもう呼べんので、赤毛の女に本名を訊くとチィナと名乗った。二十歳の彼女もマナ達と同じく、向こうの大陸で寄生されたサーカス団員だということだ。やはりサーカスの人間は子供の時から訓練しているからか、普通の人間よりは身体能力が優れているゆえに役付きに選ばれる確率が高かったのだろう。
「ではマナやキールを知っているか?」
「うん。アタシはまだ見習いだったけど、マナ姉さんやキール兄さんは空中ブランコや綱渡りの花形でした。アタシはショーの合間にブーメランをお客に見せてたの」
二人を先に第二階級の役付きから解放したことを告げると、チィナは胸を撫で下ろしたみたいだ。嬉しそうに笑った。
軽部は何も言わずに俯いて黙って一番前を歩いている。
通路を抜けると、突き当たりに階段があった。通路の窓の様子から見て、工場部分は更にワンフロア下だとは思っていた。その通り下りの階段。
踊り場に出ると、むわっと熱気が上がってきた。
そして手すりの向こうに広がる眺め。これは……。
「……まさかここまでの規模とは」
軽く五・六十メートルは奥行きがあるだろうか。もっとあるかもしれない。幅も三十メートルはあるだろう広大な工場。奥に微かに見えるのは金属を溶かすための巨大な炉。それ以外にも数箇所に小さな竈のようなものが見え、カンカンと響く音はその前で鍛冶の槌を振るう音。人もかなりの数いる。あの村の人達だけじゃない、余所からも相当数の人手が集められたのだろう。
私とルピアがその様子に圧倒されていると、軽部が説明を始めた。
「元々、ここは船の錨や漁に使う銛などのを作る工場だったようです。設備は充分でしたから、剣や槍を作るのに転用するのも楽でしたよ」
なぜか得意げに笑う軽部。私よりも三年も早くにこちらに来ていたのだ。その間にここまでの生産ラインを作りあげたという自負があるのだろう。
あ、工場の端で手を振ってるのはイーアとミーアだ。リシュル、ゾンゲにグイルもいる。無事に彼等が合流できたのはいいとして、工場で黙々と作業している人々は侵入者に見向きもしない。
まるで見えていないかのように。ひょっとして全員が下っ端に寄生されているとでもいうのか?
「皆さん、お仕事ご苦労様です」
工場を上から一望出来るこの踊り場。その突端に立って軽部が大きな声で皆に挨拶をした。
一斉に作業の手が止まり、視線が集まる。その統一ぶりが恐ろしかった。
私はなぜ止めなかったのだろう。
「ケイ様」
「ケイ様!」
……怖い。すでに動きを封じ、もう何も出来無いはずの男なのに、軽部が酷く恐ろしく思えた。何だ催眠術でも使っているのか? この反応は異常だ。
「お客様がおいでです。皆さん、よいですか?」
軽部、何を……
「殺しても構いません。手柄をあげた者はヴァファムは役付きに昇進、他の方は無事家族の待つ家に帰して差し上げます……かかれ!」
軽部の声に、作業員の人々がそれぞれ、槌、作りかけの剣、槍の棒などを手に取った。わーっと一斉にミーア達の方に流れる人の群れは百人ではきかない。
「軽部、貴様!」
「ボクの最大の武器である口を塞がなかった貴女の責任ですよ。彼らは半分は下っ端ですが、それ以外は街の人と同じ寄生されていない人間。一人一人は弱くとも、数が集まれば役付きと同等以上の働きは……」
カッとなって、私は皆まで言わせずに軽部の鳩尾に一撃拳を入れた。鍛えていない柔らかい腹部は簡単に拳を飲み込み、そして軽部は膝をついた。
「チィナ、軽部が逃げないよう見ててくれ!」
気を失った軽部を赤毛の猫娘に任せ、私は手すりを越えて高さも気にせずに飛び降りた。
「待ってマユカっ!」
流石に猫だけあって高い所から飛び降りるのは平気なようだったルピアもすぐについてくる。
下の工場は既に混戦状態。ゾンゲ、グイル、ミーア、イーア、リシュルそれぞれが別れて暴れ回っている。素人だけあって武器を持っていても一人ずつは簡単に倒せるが如何せん数が多い。次から次へと波の様に襲ってくるので私達はなかなか仲間のところに行き着けない。
しかもここは暑い。それぞれの通路は広くとも、気をつけないと火傷しそうな焼けた鉄が至る所に見える。蹴り飛ばした作業員がもし炉に突っ込みでもしたら、確実に死人が出る。
炉や、武器を製造するラインから外れた広い部分に皆が移動し、やっと五人と合流できた時には、ぐるりと周りを作業員に囲まれていた。
ルピアが魔法障壁を展開しているので攻撃は受けないが、これもそう長くは持たないだろう。次から次へと現れる作業員に少しづつ対応する。予想以上に長期戦になりそうだなと思ったとき。
キーンと耳を押さえたくなるような音が響き、作業員の動きが止まった。
この音は……ヴァファムの役付きの声? だがもう誰もいないはず。
「もうやめろ。その人達を攻撃するな。彼らを倒したとて使い捨てにされるだけだ。この俺のように」
ふらふらと現れたのはノムザルンカスだった。服の上からベネトのブーメランに斬られた腹には包帯が巻いてある。あの乱暴な巻き方はミーアかな。
ノムザは更に訴える。
「下級に生まれたものはどうあがいても役付きにはなれない。そして人間も解放などされない。いい加減ケイ様の呪縛から目を覚ませ。あれは女王様でも何でもない、ただの異界の人間なのだぞ」
もう一度キーンという音をノムザが発すると、額に印のある者……下っ端に寄生されている者達が頭を抱えて膝をついた。
「ソウダ……」
「幹部であるノムザ様でも使い捨てに? じゃあ私達など……」
他の普通の人々もやっと目が覚めたように、武器を捨てた。
「彼らについて行け。無事、元の家に帰してくれるはずだ」
胸が熱くなった。
ノムザ、お前……虫なのになんという精神的男前なのだ! 軽部より余程まともじゃないか!
「虫の恩返し?」
「いや、違うだろミーア」
そんな隅っこのツッコミは置いておいて。
とにかく、助かった。これ以上必要の無い戦いをしなくて済む。
ヴァファムにも、個人の意思も誇りもあるのだという事がよくわかった。




