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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第一章 五種族の戦士編
51/101

51:秘密の部屋のケイ様

 忘れもしない。

 捜査一課に配属になって、初めてメインで担当になった事件。

 強盗傷害事件だった。盗難目的で侵入した先で家人に発見され、犯人が持っていたサバイバルナイフで目撃者を刺したというものだ。結局何も盗らずに犯人は逃走。死者こそ出なかったものの、刺された被害者は重傷で、殺人未遂となった。

 一緒に担当した藤堂警部は、始め私をその捜査に出すのを躊躇った。状況が私の両親が死んだ事件にあまりにも似ていたためだ。

 幸いなことに目撃情報も指紋も残っており、すぐに犯人を特定する事が出来た。近くに住む無職の若い男が犯人だった。

 自分の大事な物が盗られたと思い込み、取り返すために盗みに入ったと自供した男。この異常な事件は犯人の心神耗弱が認められ、結局不起訴となった。犯行は全て未遂に終わっているので、そもそもの罪が軽かったのもある。勿論、心神耗弱といっても、ドラマなどのように普通にハイじゃあ釈放で社会に普通に戻れるわけではない。厳重な監視の元、観察入院措置がとられる。

 だが、男は観察入院の警察関係の病院から忽然と姿を消したのだ。以後何年も目撃者はおろか足取りさえもつかめなかった。どこかで自殺でもしたか……そんな後味の悪い事件だった。

 その消えた男が目の前にいる。

軽部敬一郎かるべけいいちろうだったな」

 敬一郎のケイか……。

 身長およそ百八十センチ、中肉。伸びすぎた前髪が少々うっとおしい顔は丸顔、やや猫背で撫で肩。近視のため分厚い眼鏡着用。服装はわりときちんとしている。しかし何故かチェックのシャツをスラックスの中にキッチリ入れてベルトをしないと気がすまない。机に置く紙が僅かに斜めになっても気になるほどの神経質さで、始終手を洗うほどの潔癖症。幻覚、幻聴があることから、精神を病んでいると認められたが、非常に知能が高く、受け答えもちゃんと出来ていた。

 ……見た目はほとんど変わっていない。だが、猫を抱いて撫でるなど、極度の潔癖症の彼には考えられなかった。

「おや、名前まで覚えていてくれましたか。東雲麻友花さん。相変わらず表情一つ変えないクールな所が素敵です」

 そういうお前も名前をしっかり覚えているではないか。

「なぜこんな所に?」

「いや、それはおあいこじゃ無いですか? ボクの方も驚きましたよ。女王から猫族の王が女戦士を召還したとは聞き及んでいましたけど、まさか貴女だったとはね」

 私は今、もうどこから何を話していいかわからないほど猛烈に混乱している。だが、多分いつもの無表情のままなのだろう。ちなみに彼を逮捕したときもかなりテンパっていたのだが、藤堂さんにすら気がついてもらえなかった。初の検挙と思えないほど堂々としていたと褒められこそすれ。

「でも嬉しいですよ。久々に生の日本人を見られて。それも知らない人じゃない、殺してやりたいと思ったほど恋しく思っていた人ですから」

 にこやかに笑う男は四年の年月を感じられないほど変っていない。一つ変った事といえば、明らかにおかしかった眼鏡の奥の目つきが普通の穏やかなものになっている事だけだろうか。おどおどした感じもしない。それが余計に『殺してやりたいほど』という言葉を空恐ろしいものにしていた。

「私を恨んでいたか?」

 結局不起訴にはなったが、最後までそれに反対したのは私だった。理由は……酷く個人的なものだった。被害者と家族がダブったから。

「恨むなんてとんでもない。言ったでしょう? 恋しく思っていたって。貴女のおかげで病院で色々と『治療』も受けられましたし、女性に初めて押さえつけられて。嬉しかったんですよ」

 ああ……背中がゾクゾクする。気持ち悪い。ものすごく。嫌な汗が背中を伝うのを感じた。

「マユカ、この男、超気持ち悪い」

 ルピアも猫のままぶるるっと体を震わせている。

「感謝していますよ。ボクはね、日本や世界のおかしな人間を何とかしたいってずっとずっと思ってました。ここは理想的じゃないですか。殺し合いも無く、平和で。中でもヴァファムは理想的な種族だ。規律を守り、清潔で、真面目で、賢くて。そうは思いませんか?」

「思わんな。他の種族に寄生し、その意思を奪う物のどこが理想的だ」

「ふふふ。それが素晴らしいのですよ」

 ケイ様……軽部はノムザに手で合図をした。思わず身構えたが、気の毒に怪我をしている男は無言で部屋の隅にあった椅子を持ってきてくれただけだった。うおっ、折りたたみのパイプ椅子って。

「ノムザさん、血が出てますねぇ。部屋が汚れるのであちらの部屋に行ってなさい。誰かに絆創膏でも貼ってもらって着替えて来なさい」

 ……おい、一応治療を勧める辺りはよいとして、汚れるとは酷いな。

「それにお連れさん? ちょっと東雲さんと二人っきりでお話がしたいので、ノムザさんと一緒に出ていてもらいましょうか。暴れないで下さいね」

 わぉ。なんてフリーダム。コイツ、やっぱおかしいわ。

「仲間に手を出さないでくれ」

「わかっていますよ。ノムザさん、見張っててください」

「はっ」

 ……何か、すっごくやり難いんだけど、確かにコイツとは話をせねばならんしな。

「ミーア、リシュル。大丈夫だ、相手が襲ってくるまではこちらから手を出すな。もしゾンゲ達が来てもそう言っておいてくれないか」

「わ……わかった」

 ミーアとリシュルは頷いて、武器をそれぞれ収めた。

「子猫ちゃんは一緒でもいいだろうか?」

「よろしいですよ。ボクにもベネトさんがいるし。ねー?」

 子供のように声を掛けた軽部に、ベネトが腕の中でにゃーと答えた。

 ……キモイ。こんなキモイ男にあんな綺麗な猫ちゃんが抱っこされているなんて。ううっ、しかも何でそう嬉しそうなんだ、ベネトも。

「邪魔者も消えましたし、お話しましょうか。まあお掛けになって」

 軽部がノムザが持ってきてくれた椅子を勧め、自分はモニターの前の椅子に再び掛けた。

 長丁場になりそうなので座らせてもらう。ぎし、というこのパイプ椅子の硬い感覚は、久々に味わうものだった。会議室にあるやつと同じだな。

「何か色々とご質問がありそうなので、一つづつお答えしますよ」

 余裕の表情の軽部。膝の上でベネトが長閑に欠伸をしているのを撫でる様が、よくテレビで見た悪者のボスみたいに見えた。

「しかし東雲さん、ボクを見てもこの部屋を見ても本当に顔色一つ変えないのですね。流石は鉄仮面」

「内心、非常に混乱しているのだがな」

 自分でも呆れるな。そうか、そんなに変らないのか、私の顔は。

 本人が答えると言っているのだから、ここからは事情聴取よろしく質問させてもらう事にした。

「軽部、いつこの世界に来た?」

「三年半ほど前ですね」

 観察入院から消えてすぐか。それは日本でいくら探しても見つからんな。

「どうやって?」

「さあ? ボクにもそこの所はよくわからないんですけどね。ヴァファムの女王に呼ばれたようですよ。知識を貸せとね」

 笑顔を絶やさず淡々と答える。軽部はこんなに良く笑う男だっただろうか。

「マユカ、この部屋変だ」

 突然、ルピアが言い出した。

「僕も人型に戻れない……まるでマユカの世界にいるみたい。だからベネトルンカスも猫に戻ったのかも」

 それはつまり? えっと、軽部に聞いた方が早いな。

「この部屋だが、何故電気が来ている? この世界に電気は普及していないはずだ。工場の熱を使って発電でもしているのか? それにそのパソコン。どうやって持ち込んだ? お前が作ったのか?」

「発電もしてませんし、パソコンも作ってないですよ。流石にボクにそこまでの知識も腕もありませんし。この部屋に元々あったものです。ああ、ついでの事を言うと、インターネットにも繋がってますよ」

「へ?」

「ボクがここに来たというより、この部屋の中は日本だという事ですね」

 はいいいぃ? 全く持って意味がわからんのだが。

「仕組みはわかりません。ここはボクが最後に身を隠していたとある会社の一室。でも扉の外は別世界。次元の歪みでも生じているのかもしれません。貴女が猫族の魔法で呼ばれたのなら、ボクもそうかもしれない。ヴァファムの大女王は……」

 にゃっ、と軽部の膝の上でベネトが立ち上った。

「ケイ様。それ以上は幾らケイ様でもお話にならないほうがよろしくてよ」

 猫の姿のままだが、ベネトルンカスが警告とも思える言葉を発した。

「そうだね。ベネトさんはいい子だ」

 こいつら……どういった力関係になってるんだろうな。

 だが少しばかり情報は得られたぞ。ここは、もう少し突っ込んで。

「で、異世界の知識をヴァファムに伝え、武器を作らせたのはお前か」

「ええ。ネットで調べれば簡単ですよ。ヴァファムは賢い。一度見たものはすぐに吸収し、発展させるだけの知能があります。ファッションや音楽にさえ興味を示す彼らは知識に貪欲だ。だからボクも教えてあげるのが楽しくて。最終的にボクの望みも叶えてくれると女王は約束してくれた」

 ……ああ、本当に気持ち悪い。

「お前の望みは何だ?」

 軽部はくい、と眼鏡を押し上げながら、さらに笑みを深くした。

「ねえ、東雲さん。貴女も刑事だったら思った事はないですか? 日本はおかしいって。犯罪だらけで、間違ったことがまかり通ってる」

「……まあ……」

「ボクはね、子供の頃から酷く苛められてきた。精神を病んでしまうほど追い詰められて。それでも苛めたほうは何のお咎めも受けずに、のうのうと生きてる。警察の施設でも物のように扱われた。施設を出て行っても再犯を犯す人は多いでしょう? 彼等よりもヴァファムの方が余程まともじゃないですか」

「それは……」

 確かにそうかもしれない。思わなくも無かった。だが……。

「ボクの望みは最終的に全ヴァファムに日本に来てもらう事。今はその方法を探しているところ。ボク達を呼べるのだから、逆もできるんじゃないかな。上手く行けば日本人は規律正しく、清潔な国民に生まれ変われるだろうね。貴女方が集めたヴァファム達の行き場にも困らない。これ以上無いほどいい話だと思いませんか?」

 全身に鳥肌が立った。

 怖い。この男。狂った人間というのは何よりも怖い。


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