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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第一章 五種族の戦士編
50/101

50:萌えてる場合じゃない

 女王を頂点とする虫ゆえだろうか。ルミノとコモナでもわかるように、今までの相手もヴァファムの役付きは女の方が上位という印象があった。

 同じ第三階級でも先に出て来たノムザより、この小柄なベネトの方が明らかに強そうだ。持っているのが飛び道具というのは少々厄介だが、ここでやっちゃっていいだろうか? ここに二人役付きが揃ったという事は、もう一つの搬入口から来る組には大きな危険は無いかもしれない。

 気がつけばぐっと拳を握っていた。

「あら、私が嫌いと仰いますの?」

「私は味方を傷付けて謝りもしないような奴は大嫌いだ」

 それがたとえ虫でも。変に丁寧な口調も気に食わない。

「ここで戦いますか? ケイ様のご命令はあなた方を丁寧にご案内する事でした。もし戦うのがお好みならお相手いたしますが」

「相手してもらってもいいぞ」

 売り言葉に買い言葉。横でミーアも鞭を構えるのがわかった。

 だが、一向にベネトルンカスが戦意を見せないのが余計に腹が立つ。

「マユカ、落ち着いて。今戦うのは得策ではない」

 ルピアに肩に手を置かれ、少し頭が冷えた。

 そうだな、ケイ様とやらと話をしてからでもいいだろう。工場で働かされている村人やもう一組のメンバーの事もある。最終的に暴れる事になるかもしれないが、今は完全アウェイだ。中にどれだけの人数がいるかも、どれだけの危険な要素があるかもわからない。もう少し状況を把握してからの方がいい。

 相手方が敵意剥き出しでない以上はやりあえんか。

「後でゆっくりお相手してもらおうか。今はとりあえずケイ様とやらにお会いしたいものだ」

「そう言っていただけると助かりますわ」

 きいいいぃ。にこやかに笑うな。女同士だからだろうか。余計に腹が立つ。

「とりあえずノムザも連れて行ってやれ。ここに置いておいて失血死でもされたら中の役付きはともかく、宿主に気の毒だ」

「仕方ありませんわね」

 しぶしぶといった表情で、腰のぶっといベルトの背中側にブーメランを仕舞い、ベネトが膝をついて蹲っているノムザに手を差し出した。

「一人で行ける……」

 その手を取る事なく、ノムザはふらふらと立ち上がった。互いに信頼関係など無いのだな。気の毒に。

 ミーアは不服そうだ。気持ちはわかる。とにかく無言でベネトの後をついて歩く。武器を手にせず、やすやすと背中を見せている相手にこちらも襲い掛かることなど出来無い。

 地下通路の先のガランとした部屋を出ると、また天井はそこそこ高いものの、細い通路が真っ直ぐに伸びていた。先の通路と違うのは、明るいことと、片方の壁に金属の格子の嵌まったすりガラスの窓があることだ。

「少し見辛いですが、窓の向こう側は職人が作業している工場になります」

 ガイドよろしくベネトルンカスが説明してくれる。案内ってそういう案内もしてくれるのだな。

 少しづつ温度が上がって来た気がする。ヴァファムの下っ端ですら金属製の剣などを持っていたし、連れて来られた村人が鍛冶屋だったところをみると、窓の向こうの工場には、金属を精錬する炉があるのかもしれない。地上から見た時も煙突から煙か湯気が上がっているのが見えたしな。

 細い通路の先にドアが見えた時。

 突然、ベネトルンカスが立ち止まった。

「失礼。ここから先、ケイ様の前では私はこの姿では参れませんので」

「はい?」

 ふっ、と赤い髪の小柄な女の姿が消えたと思うと、足元でにゃーと声がした。

 茶色の猫ちゃんが背中にでっかいブーメランを背負ってるしぃ!

「へ、変身したっ!」

 ミーアが慌てている。うん、私も驚いているぞ。

「変身出来るのってルピアだけじゃなかったんだな」

「何人かいるとは知ってたけど……珍しいよ」

 同じ猫族の王様もかなり驚いているご様子。

 しかし……うわ、なんて綺麗な猫ちゃんっ! 赤身を帯びた短めの毛でスマート。手足が長くて、しなやかそうなこのスタイルはアビシニアンっぽい。

 いかん、スイッチが……スイッチが入るっ!

 ひょおおっ、顔洗ったっ! ピンクの舌見えたっ! かっ、かわいいいっ!

「……マユカ、表情変わってないのに鼻息が荒くなってるよ」

 ルピアに呆れられようと構わん。今猛烈に萌えているのだ!

「ふふふ。この姿が気に入っていただけました?」

 首傾げたぁ~~~!

「うんっ、うんっ! 抱っこしたいぃ!」

「これで私の事を嫌いなんて仰いません?」

「うんうん! すきいいぃ!」

「マユカ……」

 はっ。

 そうだ、萌えてる場合じゃなくて。

 この猫にゃんはさっきのムカつくベネトルンカスじゃんか。

 くううっ、猫だよ。猫になれるんだ。反則だっ! この先コイツと戦うのに殴ったり蹴ったりし難いじゃないか!

「こほん」

 一応咳払いで誤魔化しておく。横でミーアとリシュルとついでの事を言うとノムザルンカスも激しく引いているのがわかった。

「猫好きでいらっしゃいますのね」

「ああ、猫は大好きだ」

「仲良くしてくださいませね」

 ……仲良くは、ちょっと困るがな。

 ふと見おろすと、いつの間にこっちも変身したのか、金色のルピア子猫ちゃんが何とも言えない目で見上げていた。何か言いたそうだな。

「呆れてる?」

「うん。浮気しちゃダメ」

 はいはい。お前が一番可愛いから。安心しろルピア。

 気合を入れなおし、猫になってしまったベネトに代わって通路の先のドアを開ける。この先には謎の多いケイ様とやらがいる。

 重いドアはぎいいぃという不快な音を立てて開いた。

 またいきなり空気が変わった。今まで地下らしい重く淀んだ空気だったのが、一変して乾いた空気になった。何故か通路よりも暗い。

 この耳にぴーんとなる感じ。ヴァファムの出す音にも似ているけれど、それとは違う、もっと良く知っている感覚……懐かしい感じ?

 暗く広い室内に踏み込むと、足元をベネトの猫が走って行った。

 先に明るい光が見える。

 あれは……モニター? この音は、そうだ、職場の旧式のデスクトップパソコンの電源が入っている時の微かな電子音に似てるんだ。だから懐かしい気が……って、パソコン? この世界にパソコン? 電気も普及していない、灯りはオイルランプか街灯などはせいぜいガス灯の世界で?

 背筋がぞくっとした。

 何だろう、この体の奥深くから沸きあがってくる恐怖。

「ケイ様、お客様をお連れしました」

 ベネトが猫のまま嬉しげに報告した。

 モニターらしきものの光以外、暗い部屋。かすかに見える椅子がくるりと動くのが見えた。そしてそこに掛けていた人物に向かって、ブーメランを背負った猫が駆け寄るのが。

 椅子の人物が立ち上ったのが見えた。逆光になっているので顔は見えない。だが、背の高さや肩幅からして男である事はわかった。男は少し屈んで猫を抱き上げた。

「ご苦労さま。ベネトさんはいい猫だ」

 低い声。にゃーと嬉しげに答える猫の声。

「ノムザさん、灯りをつけてくれませんか?」

 随分と丁寧な喋り方だな。だが……この声。なぜだか聞いた事がある気がするのだが。

 ぱっ、と部屋が明るくなった。

 ノムザが言われた通り灯りをつけたようだ。

 え? なんだ? 蛍光灯? 電気が来てるのか?

 それよりも……

 明るくなった部屋で、目の前の人物の顔がハッキリと見える様になった。

 男は笑っていた。猫を抱いて。

「やあ、久しぶりですね、鉄仮面の修羅……東雲麻友花さん。その節はお世話になりまして。ボクの事を覚えておいでですか?」

 コイツがケイ様だと?

 現れたのは予想外の人物だった。

「お前は……!」

 ああ、覚えているとも。

 まさかこんな所で再会するとは夢にも思わなかったがな。


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