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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第一章 五種族の戦士編
45/101

45:もやもやの正体

 外は完全に夜が明け、傷だらけの一行は先に負傷して隠してあったイーアと合流した。心配していたおチビさんは意外と元気そうでホッとした。寝込みを襲われたので躱しそびれたナイフが二の腕を掠めただけのそう深い傷でもなく、既に血も止まっていた。

 耳かき部隊がまだ到着していないので、ビンの中のリリクレアに下っ端に抵抗しない様にとルピアに命令させた。命令させるために命令してくれと命令。なんかなぁ……どうでもいいんだけどな。そんな事でも考えていないと、段々と気持ちが沈んでいくのだ。

 とりあえず異国の地に解放されてしまった、リリクレアに寄生されていたニルアという少女も一緒に連れてきたのはいい。

 今いるのは最初に合流した中央広場近くの学校らしき場所。イーアはここで待っていたという。設備の雰囲気からして小学校という風情だ。確かに夜、ここは安全だろう。もう日も完全に昇りよい時間になったのに静まり返っているところをみると、機能していないのかもしれない。最初に入った倉庫にも大勢子供がいたしな。仮に寄生されていなくても、この状況下で子供から目を離したがる親はいないだろう。

 学校といえば保健室があるのではないかと思い少し散策してみると、思った通り傷薬や湿布薬、包帯などがあった。無断だが拝借しておく。ボロボロ傷だらけのゾンゲやグイルも、医師が来るまでに少しくらいは手当してやりたい。

「ほれ」

「うにゃんっ!」

 内出血に湿布を貼ってやるついでに、ルピアの背中をバチンと叩いておく。人間の姿のままなのに猫みたいな声を出すな。なんだか無性に腹が立って仕方が無い。

「もう少し優しくやってくれてもいいのに」

「悪いな。私は看護婦では無いからな。全く、生っ白い体をしやがって。白いから目立つのだ、痣が」

 自分がやっといてなんだが、早く服を着ろルピア。意外と締まってるその体は変に色気があって目に毒だ。いっそグイルくらいムキムキだと恥ずかしくも無いのに。

「どうしよう。ゾンゲさんは……湿布が貼れないわ」

 俄か看護婦になったマナが困っている。うん、全身毛皮だしな。以前、ガムテープと戯れていた猫ちゃんを微笑ましく見ていたら、大変な事になったのを思い出した。禿たからな……。

「どうでもいいが、グイルが大変な事になってるぞ」

 リシュルに言われて、私がやりますと名乗り出てくれたニルアちゃんの方を見ると、絶賛ミイラ男製造中だった。

「……そこまで巻かなくてもいいんじゃない? 息できないみたいだよ?」

 見た目ギャルの真面目少女ニルアちゃんは、ドがつく不器用だった事が判明し、窒息によりトドメを刺されかけていたグイルはイーアに救出された。

 しかし、さっきから気になっているのだが、何だろうな、このルピア以外の皆の距離感。

「なぜ私達から離れる?」

「お邪魔してはいけないなと思って」

 マナ……真顔で何だそれは。お邪魔って。

「ただの魔力の補給とは思えぬほど濃厚なものを見せられましたからね」

「なになに? 僕も見たかったよぉ!」

 リシュル、濃厚なって……良かったイーアがいなくて。お子様に見せるものじゃないよな。

「皆の者、気を使わせて悪いなぁ」

 ルピアもニヤニヤしてるんじゃない。

 そっか、やっぱり皆バッチリ見ていたのだな。

「何より怖かったのが、寄生されてたとはいえ、マユカが普通に声を出して笑っていたことだ。しばらく夢にまで出て来そ……」

 流石に怪我人相手に手は出さなかったが、ぎっと睨んでやるとゾンゲが黙った。

 そうか……私は笑っていたのか。笑えるんだな、この顔も。


 山の向こうからの増援はまだ来そうに無い。ミーアの動向がわかるルピアに言わせると、あと半日くらいで着きそうだという事だ。私達も来るとき山越えの途中で一晩泊りをしたからな。不眠不休で行ったとしても脅威の早さだ。鳥族のミーアとリールに感謝する。

 まだほとんど皆が戦える状況に無い今、武器工場に攻め込むのは危険すぎる。だが、私は気になる事が多すぎて、じっとしているのも気が引けた。

「マナはくわしい場所まではわからないと言ってたが、えっと……ニルア、武器工場の場所は覚えているか?」

「はい。案内できると思います」

 ニルアは言葉使いもとても上品で丁寧な、お嬢様という風情の娘だ。どこにあの身体能力があったのかと思ったら、魔力の強い蛇族らしく魔術学校の生徒だという。治癒魔法と防御魔法の派生として編み出された、自分の筋力を強化する技が使えるのだそうだ。

「超エリートじゃないか。あそこにはなかなか入れない」

 お国の事情に詳しいリシュルが感心している。ほう、ヴァファムの上級幹部に選ばれるというだけあってこのニルアちゃんは素晴らしい素質の持ち主なのだな。リリクレアは残念な趣味の持ち主だったようだが。

「魔導士の卵か。じゃあ治癒魔法を使えるんじゃ?」

 あ、ルピア、いいところに気がついたな。

 だがニルアの返事は微妙だった。

「あの、私は一応特待生ではありましたが……何分、まだ学生の身で……あと私……人に治癒魔法をかけるのが苦手でして。何度かに一度は失敗しますが、それでも宜しければ皆さんを癒して差し上げたいです」

「遠慮しておこうな。うん、人には得意不得意がある。魔法を使うのも疲れるし、無理はしてはいけない」

 逃げたな、ルピア。そういえばコイツも大した魔術使いだが治癒魔法は苦手だと言っていた。向き不向きというのがあるのだろうけど、失敗するとどうなるのだろうな。

「まあいい。医師を待とう。ルピアは猫ちゃんになれば運搬出来るとして、マトモに動けそうなのは私とニルアだけか。戦えるか、お嬢さんは?」

「少しくらいは」

「僕ももう大丈夫だよ」

 イーアも行けそうかな? すばしっこい子だから大丈夫かもしれない。

「マユカ、まさかもう武器工場の方に乗り込むつもりか?」

 グイルとゾンゲが同時に訊いた。勿論私だってそんな無謀な事をしようとは思っていない。

 よく新人の頃は藤堂さんに叱られた。何事も下調べが必要で、闇雲に突っ込んでよい結果は得られない。ヤサにガサ入れする前には、ある程度証拠を掴んでおかないと礼状もとれないのだぞ。

 ……いや、そんな刑事としての話でなくて。

「増援が来る前に、武器工場の位置の確認や下見だけでもして来ようと思ってな。第三階級とはいえ、幹部が二人もいるのだ。戦うには皆の助けが必要だ」

 流石に一人で倒せる自信も無いし、そこまで私は自惚れてはいない。

「下見だけって。それでも危険だ」

 慎重派のリシュルの意見もわかるが……。

「わかっている。だが気になるのだ。私の推測が正しければ、ヴァファムは異界の……私の生まれた世界の知識を得ている。ニルアが言っていた『動く絵』『聴いた事も無い音楽』が気になって仕方が無い。皆はテレビやパソコンなんて知らないだろう? ルピアでもな」

「てれび? ぱこん?」

 ぱこんでは無い。そんなスリッパで頭を叩いた音みたいなものでなく。

「ヴァファムが使う武器がマニアック過ぎるとは思っていたが、もしインターネットでも繋がっているのだとすれば、調べれば簡単にわかるし、マニアなのかもしれない。リリクレアがこの娘にさせていた格好や、デコなんてのも向こうの若者の文化だ。そもそも振り返ってみれば、一番最初に出くわしたフレイルンカスの鞭とボンテージの組み合わせも怪しかった。何を参考にしたらああなるのかは、子供もいるので言わんがな」

 ああ、珍しく長々と喋ったので口が疲れた。私も喋ろうと思えば喋れるんだな……と、少し自己満足して皆の顔を見渡すと、全員きょとんと不思議な顔をしていた。ほら、漫画とかでよくある目が点って感じ。

「まにあ……いんた? ぼんて……」

「マユカ、言葉の半分も理解できなかった……」

 ルピアやリシュルでも無理か。これは説明だけで半日かかりそうだな。

「とにかく、この世界の知識ではないということだ。二つの可能性が考えられる。一つは私と同じように異世界より来た者がいる。もう一つは何らかの仕組みで、一部だけ、例えばネットに繋がってるパソコンの一台でもあるってことだ」

「なんとなく大変なのはわかったけど……」

 まだきょとんな者もいる中、ルピアは思いがけない事を言い出した。

「もしかして、他の者も行き来できるなら、その方法がわかったら、マユカは元の世界に帰れると思ってる? 嬉しい?」

 え?

 そういえばそうか。戻れないと諦めていたから私は皆と一緒に戦っているけど、もし帰れるなら――――?

「ば、馬鹿な事を言うな。私は嬉しくなんか……」

 そうは言っても、どうなんだろう。本心は。自分の本心がわからなくなって来た。このもやもやした気持ちの正体って、ひょっとして嬉しいのか、私は。


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