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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第一章 五種族の戦士編
43/101

43:私の中のリリク

 押さえ込んでいたリリク……いや、リリクだった少女から離れ、真っ直ぐ自分の方に飛んでくる虫。

 私はその虫を払いのけようと手を振ったが、虫はすいとかわして私の鼻のてっぺんに止まった。

 ひいいいいっ!

 虫っ! 虫があああああ―――っ!!

 あまりのことに気が遠くなりかけた。動くなんて出来無い。

「このっ」

 ルピアの声がしたと思ったら、次の瞬間に鼻先にちくりと痛みが走った。

「痛っ」

「ゴメン!」

 痛かったのはちっちゃな猫ちゃんの爪で引っ掻かれたからだった。ルピアが虫を捕まえようとしたこと、ルピアは今弱っていて、いつもより動きが鈍くなっているから逃げられたのだと理解出来た時には、耳にがさごそいう違和感を覚えた。

「や……やだ。耳に……」

 プールで耳に水が入った時みたいに振ってみても、離れる気配は無い。かといって指をつっこむ勇気も無かった。

 ぎゅうぎゅうと何かを詰め込まれる圧迫感。時折感じるちくっとした感じは、足が引っかかっているのだろうか。嫌だ、気持ち悪い!

 思わず耳を押さえて座り込んだ。怖い、怖いよ……

『怖がるな。受け入れなさい』

 声が聞こえる。これはリリクレアの声か?

 誰が受け入れるか。さっさと出て行け!

 ふいに耳の圧迫感を感じなくなり、じんわりと体が温かくなった気がする。少し心地良いかも。それに体中に力が漲ってくるような気さえする。だが、手も足も自分の意思で動かせない。

 なんだこれは……? こんな感覚は初めてだ。

自分の意志とは関係なく、勝手に私の体は背筋を伸ばして立ち上がる。

「マユカ、マユカっ!」

 立ち上がった私の足首にまとわりつく子猫の感触。ルピアが後ろ足で立ち上がって私の脛にしがみついているのだ。

「邪魔だ、どけ」

 遠くで自分の声が聞こえる。私の意志で発した声では無いのに。そのまま私の体は脚を蹴り上げる。しかし子猫は飛ばされまいと必死にぶら下がる。

 なんて事を……! ルピアを、子猫を蹴ろうとするなんて! 自分がやっているのでは無いのに、何だこの罪悪感は。自分の体なのに勝手に動かされる。何と言っていいのだろうか、透明の箱にでも入れられてしまって、自分の事を遠くで見ている様な。まだ私にも感覚はちゃんとある、見えるし聞える。なのにどうしようもなくて。

 これが寄生というものなのか。

 急に足が重くなったと思ったら、人型に戻ったルピアが私の足を抱きしめるようにに掴っていた。青ざめて、泣きそうな顔で。

 お前……姿を変えるのにも魔力を使うと言ってたじゃないか。これ以上無いくらいに弱ってるのにそんなに無理をして……。

「どけと言っている」

 躊躇無く私の足はルピアを蹴り飛ばす。

 一度だけでない、何度も何度も。綺麗な顔の顎に私のつま先が当り、唇の端から血が滲んでも。それでもルピアは離れようとしない。

 やめろ、もうやめてくれ。こんなの……嫌だ。

 ゴメン、ルピア。お前を傷付けたくなんかないのに。私はこんな事をしたくなどないのに。痛いだろ? 辛いだろ? だからもう離れてくれ。頼むから。

 いっそすぐに何も感じなくなれば良かったのにと、まだ自分の感覚が残っている事にすら腹が立つ。

『すぐにアタシと完全に同化してあんたの意思は無くなる。そうすれば無駄な罪悪感など抱く事も無い。さあ、アタシに任せて少し眠っていなさい』

 頭の中にリリクレアの声が響く。

『流石は異界の人間。今までとは全然勝手が違う。なかなか同化出来無いけど時間をかければ』

 私は自分の中の見えない檻に閉じ込められて、なすすべもなく呆然とするしかない。ついにルピアが力尽きて気を失ったように手を放すのが見えた。その体を私の足が思い切り最後に蹴り飛ばして、ぐったりしたルピアが転げて行くのも……

 多分私は今泣いている。でもそれは体でなく、心の中でだけで。

 ごめん、ごめん……

『眠りなさい。あんたが抵抗しなければもう誰も傷付けないから』

 リリクの声が優しくすら思える。

 言われるように眠ってしまおうか。任せてしまおうか。確かに見なければこんなに辛くは無いかもしれない……

 そう思ったとき、リリクとは違う声が響いた。

『マユカ、駄目だ。諦めるな。僕は大丈夫だから、自分の意思を捨てないで。もっと抵抗して!』

 この声は……ルピア。

 そうだな、眠ってはいけない。諦めちゃいけない。

 精神の世界で私を捕らえている透明の檻は、柔らかく優しい何かに守られているよう。これはルピアの力なのか? ルピアが防御魔法で最後の一線を越えないよう私を守ってくれているのか?

『まだ邪魔をするか』

 私の目がルピアを捉えたのがわかる。

「フフフフ」

 私の体が笑っている。声を上げて。

 ゆっくりと歩きはじめる。壁際で倒れているルピアの方に。

 その足を誰かが掴んだのがわかった。まだ僅かだが私にも感覚が残っている。

「マユカ……」

 ゾンゲだ。倒れたまま私の方を見て首を振っている。リシュルも身を起こして立ち塞がった。マナも覚悟を決めたようにコッチに来る。グイルまでもフラフラと立ち上がって、まっすぐにこちらを見て言う。

「手荒な事はしたくないが、マユカの体は返してもらう」

 そうだ、皆で私を倒してくれ! 痛くてもいい、ボコボコにしてくれてもいいから。そしてこのリリクを取り出してくれ。

 動く気も無いのに勝手に体が動く。まず、掛かって来たゾンゲに正拳突きを入れ、蹴りに来たマナを反対に回し蹴りで倒し、パンチに来たグイルにマナを蹴った勢いのまま飛び蹴りを入れ、突きに来たリシュルの腕を捕らえて投げた。

 おい、私の体っ! こんな時に身についた技を披露して仲間を瞬殺しなくていいから! しかも寄生されているからかいつもよりスピード上がってるし!

『この体、素手でも使い勝手がいいじゃない』

 リリクレア、貴様……!

 皆が何とか立ち上がって、もう一度かかってきたものの、マナを除く三人は最初から怪我人だ。もう一度倒すのに時間は数秒もかからなかった。

「つ、強すぎ、マユカ……」

 ゴメン、皆! この体を無駄に鍛えていてホントにスマン!

『マユカ、もっと内側から抵抗して!』

 ルピアの声。

 外からが無理なら私がなんとかしないといけないということか。

 だがどうすれば……

 そこで、ふと何故か頭に浮かんだのが、ゴのつく虫を捕る粘着式のやつ。無駄に可愛いお家の形をしたアレ。まさに今って自分がホイホイなんじゃ……?

 そんなのどかな事を考えている時じゃないだろうというツッコミを自分で入れようとしたら、予想外ところで反応があった。

『なっ、何て恐ろしい事を考えるのよ!』

 あ、ちょっとリリクがビビッているのがダイレクトに伝わってきた。やっぱ虫なんだな、幾ら知能が発達してるといっても虫は虫ってか?。

 同化しているがゆえに、私の考えている事がイメージとして伝わるのだな。

 じゃあ、もっと想像してみよう。虫嫌い、キモイ、最悪、出て行け! 思いっきり色々考えてみた。考えるだけで自分でも気持ち悪いのだが、向こうの世界の虫事情を色々とイメージしてぶつけてみる。

 殺虫剤にハエ叩き、夏に子供に追い回されて捕虫網で捕まるセミやカブトムシとか、店の外に吊るしてある紫色の電気に集まってきた虫がバチッってなるやつとか、博物館に並べられたピンで縫いつけられた昆虫標本だとか……トドメはイナゴの佃煮だ。どうだ、私が生まれ育った世界では、虫はこうなるのだぞ。

『やめてえぇ! あんたの世界はなんて恐ろしい所なのよっ!』

 ふいにまた耳に違和感を覚えた。遠ざかって行くのはリリクの意思。

 急にぱっと目が覚め直した気がした。耳に手をやって、自分の意思で体が動くことに気が付いた。

 ブーンと羽根の音がする。

 目の前に飛んでいるのは、ひょっとしてリリクレア?

「あ、ヴァファムがマユカから出たぞ!」

 誰の声だろうか。リシュルかな。ってか、今まで見た第二階級どころでない大きさなんだけど! かなり大き目の頭にゴのつく虫くらい……ううっ、そんなの考えるだけでも無理なので、角の無い小さめのカブトムシくらいと思おう。

 こんなのがほんの僅かな間とはいえ、私の中に――――。

 ああ、駄目だ。もう一度気が遠くなって来た。気持ち悪いいいいいぃ! 今すぐ耳の中まで全部ゴシゴシ洗いたい!

 もう一度最初の体に戻ろうとしたのか、倒れたままだった蛇族の少女の顔にとまって、リリクがその鼻の穴にもぐりこもうとしている。耳は諦めたんだな。

 ……あの、少女の顔がとんでもない事になってますけど……人の鼻の穴って、結構伸びるんだねぇ。

「なかなか入れないみたいだな」

「外に出たはいいけど、女王に進化が始まってしまったんじゃないかしら?」

 リシュルとマナがその様子を分析している。

 ほうほう、なるほど。じゃあ耳からじゃなく鼻か口から入らないと肺には行けないって……じゃなくってっ!

「おい、長閑に見ている場合でなくて、捕まえないとマズくない?」

 私が言うと、リシュルとマナが顔を合わせた。急いでくれると有難い。私、虫は触れないから。誰かよろしく頼むな。

「わ、私も虫は苦手で……」

 マナも女らしくデカイ虫を掴むのに躊躇した。マナ、あんたにも同じようなのが長いこと入ってたんだよ? 

 結局、リシュルがひょいと手を伸ばして虫を握って捕まえた。流石は男だな、王子。

 そんなに宿主を傷つけもせず、耳かき作業も必要無く、最大の第二階級の役付きリリクレア本体を直接ゲット。

 全員が相当痛い目にはあったが、何だかんだで最後は最も楽だったんじゃない?

「……笑っていいだろうか、マユカ」

 うん、気持ちはわかるけど、余りに周りは悲惨な事になってるんで笑うのは今はまだ我慢しようかリシュル。ゾンゲとグイル、気を失ってるし。

 やっと片付いたと安堵した瞬間、頭の中に弱々しい声が響いた。

『……マユカ……』

 そうだ。ルピア!



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