4:五つの種族
昔々、世界は離れた四つの大陸に分かれていた。
様々な生き物で溢れる世界は平和で美しかった。
神様はこの世界を気に入って、ここに住まわれた。
時が経ち、遠い世界からやってきた神様は、寂しくなって自分と同等に話が出来る仲間を探された。しかし神様に似た姿の生き物も、言葉を喋るものもいなかった。
そこで神様はそれぞれの大陸と海から一番強い生き物を選び、それらに力の石を与えた。
一つの陸地からは鳥を。
二つ目の陸地からは蛇を。
三つ目の陸地からは猫を。
四つ目の陸地からは犬を。
海からは魚を。
選ばれ、力の石を授かった者は神に近い姿になった。二本足で歩き、言葉を喋り、物を作り出せる知性を身につけたのだ。
それから長い長い時が経ち、四つの大陸はくっつきあって近い二つの陸地と海だけになった。
文明を得たそれぞれの民は、幾つもの国に分かれて暮らしている。民族同士の争いも絶えないが、微妙な均衡で今に至る。
このデザール王国はそんな国の中の一つ。
力の石を授かった始祖猫直系の、由緒正しき王の治める国である。
「……聞いているのか、マユカ」
あーかったるい。何で延々とお伽話を聞かされなきゃいけないんだ。
「お伽話では無い。これは世界の歴史の基礎中の基礎だ」
「無茶苦茶な世界だ。人は皆サルから進化したのだ。鳥や魚がいきなり人になって文明を築くなんぞありえんだろう」
やっぱり残念君だな、この男は。
「それは君の世界の話だろう。ここは違う」
その話が本当だとすれば、神様とやらはきっとマニアックな趣味をお持ちだったのだろうな。ってか、そんな無茶をしたら争うに決まってると気がつけよ。
「まあ何でもいい。それよりだ……」
私には今現在とても気になる事があるのだ。気になりすぎて、もう他の事などどうでもいいと思えるほどに。
「私の横に座っているのは何だ?」
目が覚めた部屋からもう少しこじんまりとした部屋に移動したのは良い。テーブルに座り心地の良い椅子。良い香りのするお茶なども出されている。だが、この部屋には私と残念君七世以外に、もう一人……一人と言っていいのか……いたのだ。
「残念君と呼ぶな。僕の名前はルピア・ヒャルト・デザール・コモイオ七世だと言っているだろう。せめてルピア様とでも呼んでくれ」
勝手に人の頭の中を読んでおいて駄目出しか。しかも様って自分で言うか普通? だから貴様は残念なのだ。
「質問に答えてないぞ、残念ルピア様」
「それは本人に尋ねればいい」
尋ねるって……コレに? さっきから一言も喋るどころか、微動をだにせず腕組みで目をとじているだけだぞ。ぬいぐるみじゃないのかと疑いたくなる。言葉は通じるのだろうか。
一応声を掛けてみる。
「おい」
「何だ、女」
喋った! おおおっ、目が開いたぞ。青い目はサファイアみたい。
「女と言うな。私は東雲麻友花。猫ちゃん、何者?」
そう。私の横に座っているのは猫だ。どう見ても人間では無い。正確に言うと大型猫科の猛獣系。ふさふさした毛並みの斑模様は豹に似てる。真っ白にグレーというアルビノ系の色彩がとてもカッコイイ。そのキリッとしたいかにも肉食の猛獣な顔もいい。でも……なぜか体型は人間だ。服も着てる。しかもマッチョ。
「俺はゾンゲ。お前と同じ戦士だ」
渋くていい声。ちろっと牙も見えた。萌え――――!
……は置いといて。
「戦士という事は戦うのだな。何だ? この国は戦争でもやってるのか?」
「マユカ、やっとマトモに話を聞く気になったのか」
うるさい、残念様。
「犬と猫はケンカするだろう? そんなところか?」
事と次第によってはブチ切れるぞ。そんな小競り合いにこの鉄仮面の修羅を呼んだのなら、契約であろうと何であろうと、実力行使で即強制解除だ。残念君はまだ腰を押さえているが、今度はそんなもんでは済まないぞ。
「民族間の小競り合いなど日常茶飯事だ。そんな事で古文書に書かれている伝説の戦士を召還するワケが無いだろう。このデザール王国だけではない。この世界全体が存亡の危機なのだ」
「ご大層な前置きはいい」
見た目だけ金髪美形様をびしっと睨んでやると、ややビビった顔で目を逸らしやがった。そういう仕草は、猫が悪戯を見つかった時みたいで可愛いのにな。
ビビリながらも残念な王様は説明する。
「神から石を授かった五つの種族以外の第六の種族が現れ、武器を手にして世界を我が物にしようと勢力を拡大しているのだ。すでにこのデザール王国のあるユマナ大陸以外は、ほぼ奴等の手に落ちた。そこで、この際民族の垣根を越えて元の平和な世界に戻すべく協力する事になった」
「どこぞの映画の様な話だが、ご愁傷様としか言いようが無い。民族間が協力するなら良い事だ。それと私がどう関係ある?」
「民族間の協力。そこだよ、マユカ」
あ、何か残念様の笑みが黒い。
「五つの種族は頭では協力する事を望んではいるものの、動物であった頃の本能に逆らえない。そこで、既存のどの種族にも属さない者を代表として立てる事にしたのだ。見た目と考え方が我々と似ていて、異なるもの。それが君の世界の人間」
「はぁ……」
わかったような、わからんような。
「昔々も一度第六の勢力は現れ、その時も異世界の戦士によって救われた。その様子が我デザール王家の古文書に残っており、召還出来るのは我らが始祖猫直径の一族にのみ与えられた力。現在は僕がその力と秘術を引き継いでいる……というわけだ」
多分私は表情は変わっていないが、猛烈に混乱している。
……要は、その侵略者との争いの最前線で戦えと仰るのだな、私に。
「質問してもいいか?」
「どうぞ」
「私一人でか?」
既に一つの大陸と海を支配した相手だろう? 物凄い大群なのではないのか? それに『伝説の戦士』などと言われても、魔法少女でも無いこの何の変哲も無い一介の刑事の私に立ち向かえと?
ふざけんな。
思わず拳を握った私に、またもビビった顔で残念様が補足する。
「いやいやっ、勿論一人では無い。横にいるゾンゲもそうだが、各種族より最強の戦士を選び、マユカの補佐に付けるよう調整済みだ」
補足になっておらん。五つの種族より一人ずつ。私を入れても六人だそ? 一人とそんなに変わらないじゃないか!
「一つだけ言っておこう。第六の種族『ヴァファム』は表からは見えない。実際に表に出てくるのは奴等に心を支配された普通の民達だ。武器を持っている相手でも出来れば殺したくは無い。我々の世界では、神への約束として戦争でも武器で殺しあう事は絶対に無いのだ」
「へ、平和な戦争だな……」
何だか、猫と犬が毛を逆立てて唸り声を上げて対峙している図が浮かんだ。猫パンチに噛み付き。そんな感じなのか?
「マユカは素手で相手を倒せる。さっき体感させてもらったのでその強さは実証済みだ。まさに伝説の戦士にふさわしい」
気が遠くなって来たところで、残念様は他の用事が入り部屋を出て行ってしまった。
全く動かないゾンゲという豹人間と私と二人っきり。
「ゾンゲ……さん」
「何だ?」
怖い。猫は好きだがこう重種になると結構迫力がありすぎて。
しばし向かい合って無言。この間は何だ。
突然、豹が立ち上がった。うおっ、デカイ。私より背が高い。悔しい事に足が長い。豹柄の毛で覆われた逞しい腕もムキムキしてるし、ぴっちりしたズボンの太股のフォルムも鍛えられた感がある。肩幅も広くて逆三角形の上半身……人間の男性としては相当好きなスタイルだ。でも顔が思いきり豹のまんま。尻尾もあるし。
「あの長い名前の頭が残念な王様は人間の顔なのに、ゾンゲさんは違うのだな。どうしてだ?」
「俺のは先祖返りだ。別に珍しい事では無い」
左様でございますか。こういうのは珍しくないのか。
しばらくして、少し照れたようにゾンゲ氏がぼそっと、渋い声で言う。
「この周辺でも……案内しようか?」
多分私は目だけがきら~んとしてたと思う。おお、何だかこのゾンゲ氏はいい奴なのでは無いか? 少なくともキラキラ美形の残念君よりは好きになれそうな気がする。
後姿を見ていると、緩やかに揺れる太い尻尾が私を誘うように揺れていた。
「ゾンゲさん、尻尾、もふもふしてもいい?」
「断る」
ちっ。猫はこのつれない態度が堪らんのだがな。