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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第一章 五種族の戦士編
36/101

36:仮面はまだ外さない

「マユカ、一緒に寝よう」

「断る」

 即答してみた。

 自分も含めて怪我人続出、敵も味方も無くボロボロだ。

 女性に寄生したまま眠らされた小女王エルドナイアは、キリムの兵が首都まで早馬が引く馬車で運ばれて行った。耳かき部隊と共に来ていた医師も一人添って行ったので、後は任せるしかない。

 念のためルピアが私やミーアにかけていたというまじないの式を、エルドナイアにも忍ばせた。そのため動向はルピアを通じてわかるようになっている。

 ちなみにきのこみたいなゆる可愛い幼虫さんや卵は、丁重にカプセルに保護して、女王と共に首都に先に移送してもらった。

 今日はもう遅いので、私たちはそのまま山間の村で泊まることになった。デザールやキリムの兵士達は、解放した村人の家に別れて泊めてもらったり、外でテントを張っているが、私達は女王のいた屋敷に泊まることになった。この家の主で大地主である村長は、他の村人と共に武器工場のほうへ送られたのか不在だ。

 お屋敷は清潔でなかなか快適である。綺麗好きの虫達がお掃除していたからな。

 いっそ私が本来いるはずのあちらの世界に来てくれないだろうか、ヴァファム。

 平気で殺し合いをし、犯罪を犯し、物欲にまみれた現代人より余程ヴァファムの方が利口だと思う時が最近ある。飽和状態の刑務所を出ても再犯を繰り返す重犯罪者あたりに寄生させて釈放するとかすれば、勤勉で清く正しい人間の出来上がりだ。

 ……などと、過激な事を考えてみたりしたが、勿論本気ではない。誰にでも人格というものがあるのだ。それを否定する寄生という方法は間違っている。

 先にシャワーを浴びさせてもらい、くたくたなのでベッドに横になっていたら、ふろ上がりのルピアが自分のベッドで無く、私のベッドにやって来て冒頭のセリフだ。

「お疲れだろ? マッサージしてあげようか?」

「遠慮しておく。お前もお疲れだろうが」

 残念ながら、技を繰り出せるほどの元気は無い。人型の時は躊躇無く投げ飛ばしてやるのだが、今は私にそんな気力も体力もないのが現実だ。

 何もしなかったら、ルピアは普通に私のベッドに腰掛けてきた。

 くそう。ルピアめ、シャワーを浴びて来てすぐなもんだから、まだしっとり髪が濡れてて、随分と色っぽいでは無いか。男のくせになんだ、そのつるぴかのお肌は。私は最近お気に入りだった化粧品を使ってないので、少し荒れてきたというのに。二十歳のお肌の曲がり角はとおに過ぎてしまっているのだぞ。

「骨は治してもらったが、まだ腕が痛いんだ、ゆっくりさせてくれないか」

「だからそれを後は僕が癒してあげようって言ってるんだよ」

 ふん、治癒魔法は苦手だと言っていたくせに。

 第一に何で部屋割りする時に、私は同じ女のミーアではなく、ルピアとセットでと最初から決まっていたのだ。その辺がおかしいではないか。

「言っただろ? 僕達は離れられないんだよ」

 また私が言葉にする前に、ルピアに頭の中を読まれてしまった。

「……せめて子猫になってくれたら、ベッドに入ってもいいぞ」

 色々と今日は言いたい放題言いやがったからな。じっくり撫で回してくれるわ。もふもふタイムを頂こうではないか。それが私の癒しだ。

「このままでじっくり撫で回してくれてもいいんだよ?」

「変態」

「ひどっ。何でこうも色気が無いんだろうか、マユカは。いい加減、もう少ししっとりした関係になってもいい時期だと思うよ?」

 なんだ、しっとりした関係って。気持ちの悪い事を言うな。毛の生えてないつるんつるんのお肌を撫で回して何が楽しい。

 ……いや、人間の無駄毛はあるほうが気持ち悪いのだが……。

「言っておくが、私は帰れない以上職務は全うするつもりだ。だが、マスターだか知らんが、別にお前のものになったわけではない」

「わかってるよ、そんなこと。僕だってそんな事まで無理強いするつもりはないし、押し倒そうにも反撃が怖いからね」

 お前、押し倒すって……!

「でも……」

「でも何だ?」

 私が返すと、ほんの少しルピアの顔に苛立ちが窺えた。だがすぐに消えた。黙って俯いた綺麗な顔は、寂しそうだった。

 そんな顔をするな。言いたい事はわかってる。私だって一応大人だ。そこまで鈍くは無いと思いたい。

 前にレアの街の橋の上でルピアが倒れた時、感じたあの感じ。

 なんだろう、どきっとする。

 今日も別に人型のままでもキスしてもいいと思えた。でも今、改まってっていうのもなんだかなぁ。

 そんな事を私が考えていると、ふいにルピアが消えた。その直後、ベッドの下でみゃあと小さな声がする。

「傍にいられるなら、僕は猫でもいい」

「……ルピア」

 ああ。

 愛らしい私の金の子猫。

 片手でも充分に抱き上げられる小さな子猫。

 胸に抱き寄せると頬ずりするのがたまらなく可愛い。

「……ごめんな、意地悪言って。でも……」

「でも何?」

 今度は私が尋ねられる番だった。

「もう少し、待ってくれ。私はまだ心の準備が出来ていない」

「うん」

 お前は笑うだろうか、ルピア。私はお前よりも年上だ。付き合った人間だっているし、年相応に一通りそれなりに経験もしてきた。

 でも思い返せば本気で恋をした事が無い。心の底から人を愛おしいと思った事は一度も無いのだ。

 男は皆、自分に微笑みかけもしない私からすぐに去って行った。誰も私の仮面を外す事は出来なかった。

 でもひょっとしたら、ルピア、お前ならそれが出来るんじゃないかとこの頃思うようになって来た。頭の中を読まれてももう腹も立たない。私より弱くても、マッチョじゃ無くてもいい、同じ世界の人間ですら無くても。

 でも怖い。心を開いてしまうのは。

 本当の私は弱くて、未だ過去に囚われて、前に進む勇気も無い小さな人間なのだ。もう失うことが怖いのだ。

 愛おしい、大切だと思う心が大きくなればなるほど、失った時は辛い。

 この感情を表情に映さない鉄の仮面は、弱い自分を守るための私の鎧。だからまだ外せない。

 そんな私に、子猫は微笑むように目を細めて言う。

「猫はポーカーフェイスが得意。マユカの無表情と一緒。でも知ってる? 猫は人の気持ちを読むのが最高に上手な生き物なんだよ」

「ああ。だから猫が好きなんだ」

 捕まえようとしてもぷいとどこかに行ってしまうクセに、こちらの都合を考えすに自分が甘えたいときには擦り寄ってくる。しかし、人が悲しいとき、励ますでも機嫌を取るでもなく、何も言わずに傍にいてくれる。気まぐれで、でも優しい生き物。

「僕はマユカを守る。心だけは守るからね」

「お前は本当にいい猫だ」

 猫が好き。柔らかいこの毛並みも、くるくる変る宝石みたいな瞳も、別の命が宿っているみたいに揺れる尻尾も、ピンクの鼻先も手足も。何もかも。

 こんなに美しく愛すべき生き物を創った神に感謝する。

 眉間を指先で撫でると、目を細めて首を傾げるこの仕草。猫が目を閉じると目尻が上がってるのに笑ってるように見えるから不思議。

 気がつくと私は子猫の腹の薄い毛に顔を擦り付けていた。

「私の、私だけの子猫……」

「マユカ……大好き……」

 小さな尖った牙の覗く口にキスする。

 これがあの形のよい柔らかな唇だったら。

 ベラベラ残念な言葉ばかり飛び出してくるけど、誰よりも優しくて、誰よりも勇気のある、あの金の髪の綺麗な男の唇だったら。

「……今度は人のままでも魔力補給してやるから」

「待ってるね、その時まで」

 今はこのふわふわの毛玉ちゃんでいい。

 癒し、癒される、この不思議な関係。

 離れられないのはむしろ私の方なのかもしれない。

 猫は一度ハマると二度と別れられない、魔性の生き物なのだ。

 子猫を抱きしめたまま、私は眠りについた。

 朝方誰かに抱きしめられて、優しく撫でられている夢を見たが、定かでは無い。



 何だろうか、この妙な空気は。

「おはよう」

 メイドちゃん達が朝食の用意が出来たと呼びに来てくれたので、屋敷のダイニングで皆と一緒にいただく事にしたのは良いが……なぜ皆私の方を見るのだ。

全員機嫌は悪くなさそうだ。だが何故そのように生暖かい視線を送ってくるのだろうか。

「怪我はどうですか?」

 コモナレア改めマナさんが申し訳なさそうに尋ねてきた。

「もう痛くない。そちらは大丈夫か?」

「ええ、もうすっかり」

 それは良かったが……だから何なのだ、ミーア、その何か言いたげな目は。

「なあ、何で皆私を見るのだろうか?」

 尋ねると、にやっとミーアが笑う。

「メイドちゃんの報告によると、ルピア様のベッドは使用された形跡が無かったらしいじゃないのよ。って事はマユカと一緒のベッドで寝てたんでしょ?」

 ……何を報告しとるんだ、メイドちゃん!

「マユカってば昨夜は猫王様と二人っきりでさぞ盛り上がったんだろうな~と」

「ストレートだな、ミーアは。もっとこうソフトに言おう」

 ソフトも何も……グイル?

「やあ、おめでとう、ルピア様」

 何がめでたいんだリシュル?

「やっとか」

 だからやっとって、ゾンゲ?

 あのさあ、皆で盛り上がっている所すまんが。

「……何もしてないぞ。僕は例の如く猫だった」

 私が言う前に、ルピアが頬を膨らませて少し拗ねたように言うと、今度は皆の視線がルピアに集まった。

 ああ、勿論同情を含んだ痛ましげな目で。

 久しぶりに平和な朝だった。


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