3:伝説の戦士
「起きろ」
そんな声で意識が浮上した。誰だ。乙女の眠りを邪魔する奴は。掌底打ちでアバラ折るぞ?
「……乙女は寝起きにアバラを折るなどと思わないだろう」
呆れたように言うのは、どこぞの声優の様ないい声ではないか。しかし、何故男の声が?
恐る恐る目を開ける。
「目が覚めた?」
私は目を開けたな? だが何故、超至近距離に男の顔がある? しかも見たことも無い様な男前だ。まだ夢を見ているのだろうか。よし、もう一度起きるところからやり直しだ。そう思って目を閉じると、すかさずまた声がした。
「おい、夢では無いぞ」
チョイ待て。この男、私が考えている事まで読んでいないか?
慌てて飛び起きると、金髪の男前はぶつからないようにすっと後ずさった。その身のこなし、なかなかのものだな。
ざっと見渡したところ、私の部屋では無い。天井も床も眩しいほど白く、どこぞの宮殿の様な彫刻のある柱が見える。やたらと広くて豪華。その真ん中に私が寝ていた石の台がある感じだ。なんだここ。新手のラブホ?
「……ここは何処だ?」
「僕の城だけど?」
城? ここのオーナーか何かか?
「……貴様、何者だ?」
刑事スキャン始動。身長百八十センチ強、股下はムカつくほど長い。中肉よりやや痩せ型、推定年齢二十~二十五。性別男性。肩ほどの髪は見事な金髪でゆるいウエーブ、目は深い緑。彫りの深い顔立ちや色白から明らかにアジア系民族ではない。服装は白のドレスシャツに細身のグレーのパンツとシンプルだが上品。
最近、外国人の犯罪者も多いからな。こんな優男風なのにどこかの組の用心棒だろうか。この私を拉致るとはいい度胸ではないか。
「僕の名前はルピア・ヒャルト・デザール・コモイオ七世。君をこのデザール王国へ召還したマスターにして王」
金髪美形はそう名乗った。
「ご大層な名前だな。七世と呼べばいいか?」
「……いや、出来ればルピアと呼んで欲しい」
そうか。外国の者は苗字と名前が反対なのだな。そういう問題では無いというツッコミはいらん。
王国へ召還とか言ったか? えらく規模の大きい事を言ってるな。私に挙げられた犯罪関係者や窃盗犯の縁故で無くて、国際テロ組織とか? いやいや一介の県警の刑事なんぞを幾らなんでもそんなはず……
「おい。酷く冷静にまるっきり見当違いな事を考えてるね」
「貴様、人の頭の中を読めるのか?」
「ああ。僕は君のマスターだから」
……マスターだと? SとかMとかそういうご趣味の方? イッちゃってる? 王子様みたいな見た目なのに残念な……。
「残念なのは君だよマユカ。僕と契約の口付けを交わしたのを忘れた? 自分の口で名を教え、自ら口付けをした地点で契約完了だ」
「口付けだと? 貴様とか? 私が?」
こんな外国人の男前とキスなどした覚えは無いぞ? キスしたのは子猫ちゃん。
ハッ! そういえばあの可愛らしい子猫ちゃんはどうした?
「思い出したか?」
「私がキスしたのは金ぴか子猫ちゃんだ」
「あれは僕だ」
はいいいぃ? やっぱりコイツ、頭の可哀想な残念君か?
残念君はちょっとムッとした顔をしたと思ったら、突然しゃがみこんだ。次の瞬間には残念君が消えて、みゃ~と声がした。
ぱふぱふ。私の足に爪を立ずに猫パンチしてるのはあの金ぴか子猫。
「これなら信じてくれる?」
多分、混乱した私は無表情のまま口をパクパクしてただろう。そんな私を他所に、また子猫が消えて、残念君が立ち上がった。
「子猫にゃんはっ?!」
「だから僕だっつーの。さっきのも僕」
「な……」
子猫にゃんが……。
「現実を受け止めたまえ、マユカ。第一、君は自分の姿を見て何とも思わないのか?」
自分のって。鏡あるわけでなし……ん? 私はパンツスーツを着てたよな? なんで足がこんなに露に? 腕もだ。肘や膝に皮の防具みたいなものが。それに若い子が履くような毛皮のブーツなんぞ持ってないぞ?
「鏡を見てみる? こちらへどうぞ」
言われるがままに立ち上がってついて行くと、白い壁の一部が巨大な鏡になっていた。そこに映る自分の姿は――――。
「……何だ、これは」
顔はいつもの無表情な私だ。限りなく水着のような覆う所も少ない、皮の服というより鎧に、丸出しの太もも。二の腕には片方腕輪。肩、膝、肘から先には防具っぽい板、脛は毛皮で覆われている。そしてあまり趣味のよろしくない額の飾輪。白いマントってどうよ?
……一言で言うと映画のアマゾネス。我ながら本当に無愛想で無表情な顔の横で、満足げに笑う残念君七世の姿。
「勇ましい女戦士ではないか。なかなか似合う」
さて、問題です。
誰がこの鉄仮面の修羅を脱がせ、このような悪趣味なコスプレをさせたのでしょうか?
ソイツ殺ス!
「いやいやいや、待て。脱がしてないし。王国に召還した際に伝説の戦士の姿に勝手に変わったんだし」
ちっ。また人の考えを読んだな。超能力でもあるのかコイツ。
「伝説の戦士って何だ? 召還? 帰せ、今すぐ私を家に!」
「それは無理だ。僕との契約を果たさないと君は帰れない」
契約だぁ? 契約書も書いておらんし約款も何も読んでおらんぞ。契約前説明は必須ではないのか? クーリングオフは? 消費者センターに連絡だ!
「落ち着け。これから長い説明をしなければならない。でも君が選ばれた事は間違いでは無い。数々の戦士の条件に全て適応出来たのは人間界で君だけだった。故に僕は君を選んだんだ」
数々の条件をって……勧誘詐欺のお兄さんみたいな甘い言葉を、潤んだ瞳で男前に言われてもな。
「条件その一、女である。二、独身である。三、捨てるものが無い。四、表情で相手に気持ちを悟られない。五、素手で自分より大きな相手でも倒せる。六、黒髪である。七、冷静である。八、人に恐れられる存在である。九、身長が百六十七センチである。十、何よりも猫が好き……この全ての条件を満たすのが、まさに君。完璧だ」
おい、その他はまあよいとして……いや、良くないが……最後の方の身長って何だ。何故そう細かい。まさに私は百六十七だが。
「あー、それはその戦士の鎧の都合上だな」
「……縦に伸縮しないんだな」
どんな条件だ。後から取ってつけたように私にぴったりでは無いか。だが世界中探せば何人もいる気もするぞ?
「後から考えたのでは無いぞ。古文書にちゃんと書かれている」
私は現実主義者だ。例え目の前で金髪美形が子猫に変わろうと、人の考えを勝手に読もうと、自分がとんでもない格好をしてようと、こんなの――――。
「これが現実なんだよ、マユカ」
「むっ……」
認めざるを得ないってか?
「……わかった。契約の内容を聞こうではないか」
「物分りいいじゃないか」
優雅に笑うな、残念七世。
「その前に一つだけ」
「何でもどうぞ」
私は無言でクソ長い名前の残念君七世を一本背負いで沈め、崩袈裟固で押さえ込んだ。
子猫の姿だったらやらなかったのにな。本当に残念だ。