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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第一章 五種族の戦士編
28/101

28:人の消えた村

 遠いお空のまた遠く

 お日様ぴかぴかさようなら

 明日の朝にまた会いましょう

 かわりにきらきらお月様

 いい子のところにこんばんは


 童謡かな? 随分と可愛らしい歌詞だと思う。メロディは少し赤とんぼに似ている。まさに今から日が沈もうという夕方のこの時間のための歌だな。初めて聴くのに、なぜか懐かしい気がするのは何故だろう。

 どこから聞えてくるのだろうか。遠いが、優しく唄うどこまでも澄んだ声。

「ちっちゃな子供にでも聴かせているのかな?」

 ルピアが言う。この世界では有名で知っている曲なのか、それとも一度聴けば覚えるようなメロディだからか、子猫はスリングの中で鼻歌を唄っている。

「またどこかに子供が集められているのだろうか? だが……」

 これは私が刑事として色々な現場に行ったが故に身についた勘で、大抵小さな子供がいそうな家や場所というのは目で見てわかるものだ。洗濯物であったり、玄関先に置いてある物だったり。それ以外に雰囲気でもわかる。

 この数件しかない村をぱっと見渡した限り、そういう場所が見当たらない。日本とは違うかもしれないが、田舎の村にはそもそも子供自体が少ない。

 ゆっくりと歌の聴こえる方へ村の中を歩く。石畳ですら無い地面が、夕日でオレンジに染まって、長く伸びる自分の影が何とも言えず物寂しい。

 お喋り子猫も、ミーアやイーアですら無言。

 下っ端に寄生されていそうな村人の気配さえない。

 街で見てこちらも学習したところによると、確かヴァファムはとても規則正しい生活をする筈だ。そろそろ夕飯の時間なのでは無いだろうか。だがどの家からも食事を用意する匂いも無く、煙突から煙も上がっていない。第一外がここまで夕刻になっていたら室内は暗いはずだ。なのに窓に灯りの一つも無い。

「ヴァファムのニオイはプンプンするのだが、人間のニオイが無い」

 ワンコ青年グイルが言う。

 歌がふいに止んだ。

 とりあえず歌はこの奥の一際大きい木造の二階建ての洋館方面から聴こえて来たという事はわかった。たぶん村の有力者の家だと思う。そこへ行く前に、ふと村の一軒の家の戸をノックしてみた。

 返事は無い。鍵もかかっていないようだ。

「お邪魔するぞ」

 不法侵入? 私が捜査令状だ!

 ……一度コレ、言ってみたかったが、流石に声には出さず頭の中で言っておいた。

 人の気配の無い家の中。窓から僅かに夕日が差し込んで来る以外は暗い。第一印象は「あれ?」だった。

 やたらと綺麗に整理整頓するヴァファム。しかし、この家の中は雑然としている。

入り口付近に投げ捨てられた篭からはみ出た衣服の山は、洗濯物を取り込んできてその場で落としたような。

 壁際のソファーの上には、本が広げたまま伏せられている。読んでいる途中、後で続きを読もうと置いたような。

 奥のダイニングテーブルにカップが二つ。一つは飲みかけでやめたように中身が少し残っている。

 綺麗好きにはありえない室内。この状況から私が推理するに、この家は二人暮らしで、午後のお茶の時間、一人は飲み終えてソファーで本を読んでいた時に何かの理由で立ち上がった。もう一人はお茶を飲み終える前に、突然の雨か何かで洗濯物を慌てて取り込みに行った。そこで、何かに驚いてドアを入った所で篭を落とした……そんな状況が浮かんでこないだろうか。

 念のため隣の家も覗いてみたが、やはり同じように不自然な点は多かった。

 どの家も、普通の日常生活から突然人だけが消えたように見える。

「この村は余所の寄生された村とは少し違うみたいだな。村人は何処に消えた?」

 私の言葉に、ルピアにゃんこが首を傾げつつ言う。

「上手く逃げてくれているといいな。とにかくあの建物に行く?」

「ああ。勿論だ」

 役付きが待ち構えているかもしれない。もう一度気合を入れなおす。

 大きな木造の建物に近づくと、ここだけ灯りが点いている事に気がついた。誰かいるようだ。

「ものすごく嫌な気配がする」

 グイルとリシュルが同時に言った。

 ルピアはスリングから降ろすと、いつものゴージャスな人間の姿に戻った。その王様とイーアを後ろに下がらせてドアに手を掛ける。

 普通の民家に断り無しに入っておいた後で何だが、一応挨拶くらいしたほうがいいかな? 中に人いるみたいだし。

 コンコン。ノックしてみる。

「……マユカ、変なところで律儀だね」

 皆が呆れているが、やはり礼儀はわきまえないと。

「はーい」

 予想に反して、中から返事があった。わりと長閑な女性の声で。

「どなた?」

 この声は先程唄っていた声ではないだろうか?

 や、どなたと訊かれても、なんと答えたらよいだろう。いつもみたいに「警察だ!」とか言えない今の身分って……。

「えっと、私達は虫退治に来たものだ」

「……マユカ、せめて連合軍と言おう」

 正直に言ったのに後ろからリシュルのツッコミが入った。

 一瞬間を置いて、カチャッと音を立ててドアが薄く開いた。中から顔を覗かせたのは地味な若い女。

 刑事スキャン始動。

 推定年齢二十~二十五。身長百五十七~六十、長めの薄い茶色の髪は後ろで無造作に束ねてある。水色のワンピースに白いエプロン。顔は横を向いたらどんな顔だったか忘れそうなほど印象が薄い。典型的なお手伝いさんタイプ。あれ? 額に印が無い。

 思い切って私はその女性に尋ねてみた。

「こちらに小女王はおいでだろうか」

「はい。いらっしゃいます」

 何だろう、この女の落ち着きっぷりは。気味が悪いほど淡々とした受け答え。

「入らせてもらっていいだろうか?」

「子供達が驚きます。そのような大人数では困りますね」

 子供達? どういう事だろう。やはりここで村の女子供を捕らえていると言うのだろうか?

 後ろを振り向くと、各種族の戦士四人とルピア、それにデザールの兵。皆で十五人ばかりいる。確かに大人数だな。

「では、女だけではどうだろう?」

 思い切って提案してみた。ミーアは頷いたが、他のメンバーからどよっと声が上がる。とりあえずそれは無視しておく。

「それならばよろしいかと思います」

 女は提案を受け入れてくれたようだ。

「せめて僕も一緒に!」

 案の定ルピアが最後まで食い下がった。心配してくれているのはわかるし、距離が開くのが不安なのだろう。だが、ルピアを外に残しておかないと、もし中で何かあった時に連絡がとれない。

 建物の中と外程度なら距離も問題ないはず。それに離れていても私の事はわかるのだろう? ルピア。

「う……ん」

 また頭の中を読んで一先ず納得してくれたようなので、近くで待っていろと指示しておく。万が一外のメンバーの方が不意打ちにあっても、グイルやリシュル、イーアがいる。使えはしないだろうが、一応持ってきた薙刀はルピアに預けておく。

「どうぞ、こちらへ」

 お手伝い風の女はドアを大きく開けて私とミーアを招き入れた。


 建物の中に入るとすぐにサロン風の空間が広がった。全体的にアンティークな雰囲気の内装で、洒落たソファーに猫脚のテーブル、大きな柱時計。小豆色のじゅうたんの敷いてある螺旋になった階段などが目を引く。こういうのってアメリカのホームドラマにでも出てきそうだなというのが私の感想である。

「一応名乗っておこう。私は東雲麻友花という」

「アタシはミーア」

 私達が自己紹介すると、女は慇懃に頭を下げながら自分も名乗った。

「私はこちらにお仕えしているコモナレアと申します」

 ん? レアとつくのか。ではまさか……。

 いや、でも額に印がないぞ?

 混乱する私に、コモナレアは静かに笑って言う。

「あなたが異世界より来たという戦士ですか? 本当に表情一つ変えず冷静でいらっしゃるのですね。ここに女王がいるとわかっていて。それとも余裕ですか?」

「あまり殺気を感じ無いからな」

「女王は自ら戦われる事はございません。また、女王の前で、女王のお産みになった幼生の前で私達も争いは見せたくありませんから」

 一層笑みを深くした女に、私はぞわっとしたものが背中を伝うのを感じた。

「我等はたとえ劣った獣の民であっても殺しはしない。そしてあなた方も仲間を殺さずにいてくれる事は、心より感謝しております。けれど……」

 印象の薄い地味な女が、段々と違う人間になって行くような気がした。

「我等が理想は、秩序ある平等な世界。今の犬や猫が己の欲望のままに競い合う世界は望ましくない、そう女王は仰いました。だからと言って今はびこる種族を根絶やしにする事は出来無いと、深いお慈悲の元、共存という形を取られたことを感謝すべきであるのに、それに歯向かうあなた達は許せないのです」

 ぼう、と女の額に図形が浮かび上がった。くっきりとしたそれは、ユングレアの額にあったのと同じような濃い複雑な模様。第二階級の証。

「ですが、異界から来たとはいえ、あなたは女。女王の献身的なお姿と、生れ出でたばかりの幼子達を見れば、きっと戦わずして理解してくれると信じております。だから招き入れました」

 コモナレア……第二階級の役付きに寄生されている女性は、静かに笑みを浮かべた。

 聖母の様な深い笑顔で。


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