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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第一章 五種族の戦士編
27/101

27:突入前の小休止

 そこは谷あいの静かな村、そういう趣の場所だった。

 ひんやりした空気が肌に心地よく、石垣で段々に作られた農地は、どこか日本の棚田を思い出させて、懐かしい景色に郷愁を覚える。

 ここに来る前に居たのが結構な都会であっただけに、違いがとてもよくわかる。

 こんな閑静な所に女王がいるのか。

 まだ村には入っていない。少し離れて見ているだけだ。しかし遠目にも人の気配は無いように思える。

 女王とはどんなものなのだろう。卵を産むと言うが、どのようにして産んでいるのだろう。限りなく怖い絵面しか想像しか出来無いのだが。

 女王自身は強いのだろうか。周りには上位の役付きが複数いるかもしれないと聞くし、相当覚悟は決めなければいけないと思う。

「マユカ、緊張してる?」

 お腹のスリングの中でもぞもぞと子猫が動く。

「まあな。わからない事だらけで……こんなに緊張したのは、警官になって初めて現場に出て犯人の居る部屋に踏み込んだ時以来だ」

「顔には出てないけど」

 そうだろうな。新人の時でさえ落ち着きすぎだと言われたからな。実際は胃が痛くて吐きそうだった。今だって鳥肌が立っている。

「でもこういう時はその無表情は役に立つな。堂々としている様に見えるから、他の者に緊張が広がらない。皆、マユカを信じて動いているから」

「……それは褒めているのか?」

「勿論」

 スリングからぴょんと飛び降りたルピアが人型になった。

 相変わらず無駄にゴージャスな見た目ではあるが……慣れた。

 ふかふかのウサギの背中でここまで運んでもらい、思いの外早く目的地近くに辿り着けたが、他の部隊はまだ来ない。

 ゾンゲはどうも大腿骨にヒビが入っているらしい。折れてはいないがマトモには歩けない。あれだけの距離を飛ばされる程の蹴りを受けて、この程度で済んでいるのは受身が上手かったからだ。猫でよかったな、ゾンゲ。一応痛み止めの薬をグイルが持っていたのを飲ませたものの、しばらく戦うのは無理だろう。本人が一番悔しがってはいるが、無理はさせたくないので戦力外通知だ。

「幼虫を確保するのに一人で頑張ったのだから、しばらく休め」

「……すまない」

 村に連れて入るのもな。ルピアはそちらの分野は苦手だそうだが、他の部隊にいる医者の中には治癒系の魔法を使う魔導士が何人かいるとの事だ。合流して治療を受けさせてから、ミーアかイーアと交代させよう。

 これから下手したら一度に複数人の役付きとやりあう事になる。味方が一人欠けるのは正直キツイ。それでも無理はさせられない。

 最終目的は違う大陸の方の大女王なのだから。

「マユカ、大丈夫。僕も頑張るからな。いっぱい引っ搔くぞ」

 ゾンゲが落ち込んでいる一方、ルピアが妙に張り切っている。そうだな、こう見えてこいつも結構強い。なにより守りの魔法が使えるのは大きい。アテにしてもいいのかも。

「というわけで、今のうちに魔力の補給を」

 ……すごく頼りにしたのに、そのタコちゅー顔で一気に醒めたわっ。地が男前なだけに残念さが増すな。

「ではまた猫になれ」

「ええ~? たまにはこのままでいいじゃないか。この唇でじっくり感じてみたいのにぃ……わ、わかりましたっ」

 何も言って無いぞ。睨んだだけだぞ。ちょっと拳も握ってみたけど。

 みゅーと文句を言いながら可愛い猫ちゃんが足元に擦り寄る。

「ホント、この格好だと超可愛いのに」

 すりすり。抱き上げて柔らかい毛の感触を頬にすりつける。魔力の補給をする前に私だって萌えを補給せねばな。

「はい、ちゅーですよ」

 小さな口にちゅっとしてやれば、目を細めてごろごろと喉を鳴らす可愛い子猫。もうずーっとこのままだったらいいのにな。

「あの、どっちかと言うと人型の方が本当の姿なんだけど?」

「私はこの方が何百倍も好きだ」

「好きと言ってくれるのはいいけど……物凄い複雑な心境なのだが」

 私とルピアがそんな事をしている横で、残りの男達がなにやらブツブツ言っていた。

「イチャイチャしちやって」

「こうも見せ付けられると……ねぇ」

 ちょっと待て。グイル、リシュル聞き捨てならんぞ。

「別にイチャついてるわけじゃないぞ」

 だって別に恋人同士ってワケじゃ無いし。イチャイチャというのは好き合った者同士がくっついている場合を形容する言葉だろう? 子猫と人間ってそういう間柄に見えんだろう、普通は。

「はは~ん、さては妬いてるんだな」

 ルピア、なんでそうなるのだ?

「ふ、ふん!」

「わかりやすいな、犬は」

 む? グイルは何故赤くなっているんだろう。そして何故、子猫の格好でふんぞり返っているのだろうか、ルピアは。

 イマイチ状況はよくわからないのだが、要は、もう少し他の者も構ってほしいのだな。きっとそうだろう。

 というわけでワンコ青年の頭をナデナデしてみた。うむ、犬耳もいい。

「マユカ、何やってるんだ?」

「構ってみようと」

「……おい」

 次はリシュルもナデナデしてやろうとしたら逃げられた。

「マユカって相当鈍い?」

 蛇の王子様は何故かご立腹の様子だ。

 横で、ゾンゲが少し笑って、怪我に響いたのかすぐに丸くなった。

「マユカに男心がわかるようなら、僕だって苦労してないぞ」

 ルピアにゃんこが溜息をついた。

「……そ、そういえばそうだな」

 何故か皆に気の毒な者を見る目で見られて、撫で回されている金色子猫ちゃんだった。

 よくわからないまま、これから乗り込むという緊張感は何処へやら、わりとマッタリした時間が過ぎた。遠くから馬の蹄の音が聞えるとグイルが言い出してからしばらくして、草原を迂回して来た二つの部隊が見え始めた。

「合流したら、ゾンゲはミーア、イーアと交代だ。ルピアは下っ端がいる事を想定して、デザールの兵から何人かを選んでくれ」

 はい、偉そうに仕切らせていただく。

「マーユカっ!」

 ニコニコとイーアが駆け寄ってきた。何かちょこっと久しぶりな気がする。普通にピトッとくっついて来るのはこの子だけだ。

「イーア、そっちはどうだった? 何事も無かったか?」

「うん。退屈だったよぉ。早く暴れたいよ」

 お魚少年は元気いっぱいだな。

 ミーアの方は例の魔法がまだ解かれていないので、動向はわかっていた。こちらも退屈だったという顔をしている。

「ねえ、マユカ。猫ちゃん含め野郎共のものすごい視線がイーアに集中してんだけど……何かあった?」

「よくわからんが、私は鈍いと先程言われた」

「……へえ、成程」

 鳥娘にはそれだけでわかったらしい。後で女同士じっくり話を聞かせてもらう事にしよう。

 さて、揃った所で早々に乗り込まねば日が暮れるな。

 こちらのルートで、運ばれていた幼虫を確保した事、ゾンゲが怪我をした事を説明し、簡単に段取りを伝える。


 まず乗り込むのはゾンゲを除く戦士四人と、ルピア、私。そしてデザールの兵が十人程度。耳かき部隊は様子を見つつ最後に来てもらう。

 今回は武器を持っているであろう役付きが複数いる事が予想されるため、簡単な武器を持っていく。今までのヴァファムの幹部から入手した武器。

 ミーアにフレイの鞭、リシュルはユングの三節昆、グイルは重いグレイの刺叉。電撃の使えるイーアにはあえて何も持たせてはいない。そして私は得意な薙刀。以前下っ端から入手したものの刃に、布を巻いて切れなくしてある。兵達は木の棒を持たせてある。全員殺傷能力は無いものばかり。

「僕のは?」

 ルピアにゃんこがスリングの中で小さな手を何かくれとぴこぴこさせている。

「お前には立派な爪があるだろう?」

「あ、そうか」

 まあ、実戦に出て来てもらうのは、余程の時か、それこそ猫の手も借りたい時だけにしたいと思う。魔法での後方支援を期待したい。それだってあまり無理はしないでほしいものだ。

 夕闇迫るオレンジ色に染まる静まり返った山間の村。ついに私達は踏み込んだ。

 ここに小女王がいる―――

 緊張する私の耳に、最初に聞えて来たのはどこかで唄う女の声だった。


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