24:野生との遭遇
見渡す限りの草原、遥か彼方に青く霞むのは山脈。
人が住んでいる気配は感じられず、ただ自然の爽やかな風が吹きぬける。
「この先なのか……」
「あの山脈の麓だよ」
既にヴァファムの寄生の手から解放された街や村、役付きのいないところはデザール、キリムの軍をはじめとする各国からの志願兵に任せ、私達は先を急いだ。
先にリアの町で捕獲した第二階級のユングレアの情報によると、この先の山間の小さな村に女王の一人がいるとの事だった。
舟が沈みそうな時は、穴を塞がないと溜まった水をかき出すだけではやがて沈む。湧き出す水を止めなければやがては溢れる。とにかく、これ以上寄生される者を減らすには、元を断つ……卵を産み続ける女王を何とかしないと一向に前に進まない。
そこで私達は早々に女王の元に向かうことにしたのだ。
「綺麗な所だな」
「ああ。この辺りはある希少な野生動物の保護区になっているから、市街化はおろか、観光客も滅多に来ない」
この草原を有するキリムの国民であるグイルが説明してくれる。
「野生動物?」
「運が良ければ出会えるぞ。とても可愛らしいんだ」
おお、可愛い! もふもふだったりするんだろうか?
少し楽しみも出来たので、良い気分で草原の中の道なき道を歩く。
現在、私達の移動は馬で無く徒歩。馬の兵達の部隊は二手に別れ、それぞれ草原の外周を行く遠回りのルートで移動中。イーア、ミーアがそれぞれ部隊についている。残りの野郎組と私、ルピアの五人だけが最短の真ん中を突っ切ってのルートを歩きだ。
別れたのには訳がある。目指す村から女王の産んだ幼虫を運ぶ下っ端がいるはず。しかしこの広い草原の何処を通るかわからないためだ。一番出会う確立が高いのが私達が通る近道。馬の大勢の部隊はもし外れた時のための保険。三ルートを押さえておけば迂闊には見逃すまい。
それに先に言っていたように保護区には馬を入れられない事になっている。キリム政府から許可は下りたのだが、出来うる限り決まりを守らねばと私は思う。現場に急行するパトカーでない限り、普通に信号で止まり法定速度を守らねばならないのと同じだ……その喩えが合ってるかというツッコミはいらん。
今は移動中とはいえ、空気もいいし景色も綺麗でほとんどピクニック状態だ。メイドちゃん達が皆の分のお弁当も入れて持たせてくれたし。
だが、一つだけ非常に心配な事がある。
「何かなぁ……出来れば運び屋には遭いたくない」
「おや、マユカにしては消極的な」
お腹のスリングからぴょこんと顔を出したルピア。おや、起きたのか。自分の足で歩けと言っても降りず、スリングの中で暢気にぐうぐう寝てたくせに。
「だって、只でさえ虫は苦手なのに、幼虫って……」
しかも沢山いるんだろう? ああ、考えただけで鳥肌が立つ。うにょうにょしてたりしたらもう……ぎゃ~嫌だ、想像するな私。
憂鬱な私の前に、ルピアにゃんこがぴょこっと手を出して言う。
「こんなのじゃ無いから安心しろ」
金色のちっちゃな手のピンクの肉球の上。何かが蠢いている。緑色の……芋虫っ!?
「きゃあああああっ! ルピアっ、ポイしろっ! 今すぐっ!」
その前にスリングをひっくり返してルピアをポイしてやったがな。
「肘にくっついてたからとってあげたのに」
「う……!」
今ちょっとくらっとした。
「マユカも女の子らしい所あるんだ。驚いてても顔が変わらないのがちょっと怖いけど、今の悲鳴はかなり可愛かった」
どういう意味だルピア。そしてしれっと私によじ登ってスリングに戻ろうとしない。歩きなさい。足四本もあるんだから。
私とルピアにゃんこがそんなやり取りをしている間、ふと横を見るとグイルとゾンゲ、リシュルが無言で張り合うように肩をぶつけ合っていた。何、ケンカか?
「なあ、お前たち何やってるんだ?」
「こんな景色の良いところでむさ苦しい男と並んで歩くのもなんだし、出来ればマユカの隣を歩きたいと思って」
……と、グイル。
「なにぃ? 俺がっ」
「いやいや。私が」
ゾンゲとリシュルもだ。
……コイツ等アホか……。
そっか、野郎ばかり固めるとこうなるのか。ミーアを置いとけば良かった。華が無い。まあ一応私も女としては見られているのだな。嬉しいのか悲しいのかわからんが。
「ふふん、マユカの横を歩いていいのは僕だけだ。ねー?」
しれっと人間に戻ってルピアが肩に手を掛けて来たが、さっき芋虫を触ってた手、洗ってないじゃないかっ!
「触るなっ!」
うん、久々に綺麗に決まったな、袖釣込腰。
「私と並んで歩くとこうなるぞ?」
以後、男共が大人しくなったのは言うまでも無い。
―――こうやって私は婚期を逃して来たような気がする。
「さて、お弁当でも食べようか」
随分歩いて、少し見える山が大きくなって来た頃。綺麗な小川が見えたので、その傍でお昼にしようというルピアの言葉に意義を唱える者も無く、休憩に入る。
「おおっ、サンドだ」
「ちゃんと手を洗えよ、ルピア」
敷物を広げ、お茶のポットを出し、バスケットを開いて……と、まるっきりピクニック。たまにはいいか、こういうのも。メンバーはどうかとも思うがな。
私が小川の冷たい水で手を洗っていたら、向こう岸からすごい視線を感じた。え? 全員後ろにいるな。
「マ、マユカっ……前、前」
ルピアの声が少し震えている。前?
言われるままそーっと顔を上げると、思いきり何かと目が合った。
「う……」
ひくひく。動くピンクのお鼻。
ぴくぴく。ゆれるひげとお耳。
うるうるっとした真ん丸の黒いおめめ。
「……グイル、野生の保護動物って……コレ?」
「ああ。運がいいな、こんなに近くに来てくれるなんて」
おおおっ、もっふもふだ! 確かにものすっごく可愛い! だが……。
「でかっ!」
それは見上げるほどでっかいウサギさんだった。レアの警察署長位あるぞ。
私の声に驚いたのか、ウサギは向きを変えてぴょんぴょん跳んで行った。
「もふもふが行ってしまった」
「臆病な生き物だから」
ウサギの毛も猫と同じくらい柔らかくていいよなぁ。
もうちょっと見たかったなぁと思いつつ、トマトのサンドに齧りついていたら、またも視線を感じた。
後ろにも前にも、気がつくとかなりの数のウサギが。囲まれてる。それぞれデカイのでものすごい圧迫感。
怖がらせてはいけないので、皆気付かないフリをしてお弁当を食べているが……。
「見てるなぁ」
「何か壁に囲まれてるようで……」
「喉が詰まりそう」
草食動物は見る。思いっきり見る。何もして来ず見る。
何だかんだで、肉食獣ばかりだからな、この一団。
食べ終わり、よっこらしょと立ち上がると、巨大ウサギ達はびくっとしてぴょんぴょん行ってしまう。
「何なんだ」
だが、よく見ると一匹だけ逃げないのがいた。
「どうした? 怖くて動けんのか? どっか怪我でもしてる?」
ルピアが近寄っても、びくっとはするが逃げない。
「どこも怪我してる様子も無いが。可愛いな、お前」
「もふってもいいかな?」
グレーでつやつやした毛は、見ただけで柔らかそうだ。さ、触りたい……!
そーっと近寄ると、目を閉じてふるふるしてるが、逃げないので思い切って撫でてみた。
うおおっ、この手触り! たまらん気持ちよさ。子猫にも劣らんぞ。
撫でていると、すこし気を許してくれたのか、鼻先をすり寄せてきた。ううっ、デカイがすっごい可愛い。理性飛ぶっ!
「うふふふふ~。いい子でちゅね~。もっふもふ。ウサギも良いなぁ」
「マユカ、それ、嬉しいのか?」
野郎共が後ずさりながら訊く。なんだ、何を怯えている。
「すごく嬉しいぞ。超可愛いではないか!」
「顔が全く嬉しそうじゃない……」
放っておけ。もう形状記憶合金の様になっているのだ、私の顔は。
その時、突然頭の中に響くみたいな声が聞こえた。
『お姉さん、お母さん助けて』
え~と、誰? ルピアやグイル達の声じゃない。子供の声?
キョロキョロと辺りを見回してもそれらしき者はみつからない。
『お母さん、虫に捕まった』
まただ。
「お前が喋ってるのか?」
思い切ってウサギに訊いてみたら、頷くように瞬いた。
「虫って……ヴァファムの事かな? この子のお母さんが捕まったから、私達に助けてくれと言っているが」
私がそう言うと、ルピアは首を傾げた。
「人間以外を? ヴァファムが?」
これは何か事件な予感がするぞ。




