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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第一章 五種族の戦士編
22/101

22:第二階級捕獲

 いつもの状態に戻ったゾンゲ。私がユングレアでもチャンスと思っただろう隙ありの状態だ。確実に危ない。

 慌てて私は飛び出したが間に合わない。

「うおりゃああああっ!」

 気迫満点の声が響いた。ユングの拳がゾンゲに迫っている。一秒にも満たない間であったろうが、まるでスローモーションの様に長く感じた。

 ゾンゲ、君を忘れない。

 ……いや、そんな事は思ってないけどな! 私は思わず目を閉じた。

 ばしぃ! と大きな音が響いた。クリティカルだろう。

「ぐあっ!」

 声が聞こえて目を開けると、なぜかゾンゲはそのままピンシャンして立っていた。代りにユングのほうが床にひっくり返っている。

 え? ゾンゲ、やり返したのか? 無敵タイムはまだ続いていたのだろうか。

「あれ?」

 そのわりに何故ゾンゲは不思議そうに首を傾げてるんだ?

「ごほっ……き、効いた……」

 そんな声は意外な方から聞こえてきた。

 後ろで片手を前に突き出したルピアがもう一方の手で腹を抑えて咳き込んで俯いてる。

「ひょっとして、お前が受けたのか?」

「咄嗟に防御魔法で跳ね返したが……思ったより強かったから」

 すごい。コイツひょっとして凄い事をやった?

「ルピア様っ!」

 ゾンゲがルピアに走り寄った。豹の顔でも泣きそうな顔なのがわかる。

「何て無茶を!」

「国民を守るのは僕の責任だから。僕にはこのくらいしか出来無いし」

 偉いぞルピア。そんな事が出来るんならもっと早くやれよとかは思わん。後でいっぱい褒めてやらないと。

 驚いてひっくり返ってたユングがむくっと起き上がった。

「猫、オマエすごいなっ! 俺様を床に倒すとはぁあ!」

 何か知らんがユングは猛烈に感動しているご様子。どっちかというと凄いのはルピアなのだが、相変わらずゾンゲしか目に入ってないようだ。

 そう思っていたら、ユングの暑苦しい顔がくるっと私の方を向いた。

 お、やるか? そう身構えた私にユングは当たり前のように言う。

「おい女。預けた俺の武器を返せ」

「か……」


 返 す わ け な い だ ろ !


 アホだ……やっぱりコイツすごいアホだ。

 ただでさえ強い敵に、危ない武器を「はいどうぞ」と返す奴がおるか!

 もうここまで来たらいっそ潔いと思えるくらいのお馬鹿っぷりに、ちょっと感動すら覚える。虫、好きになりそうな気持ちにすらなる。

「悪いが返せんな。今度は私と勝負しろ。素手でな」

 ゾンゲが散々傷だらけにしてくれた後で悪いが、もうこのお馬鹿さんと付き合うのもそろそろお終いにしたい。

 やっと私を真っ直ぐに見たな。というか、今度は全く他は目に入らないのだろうな。

「勝負とな! はははっ、面白いっ、受けて立とう!」

 あ、何か今背後にメラメラって炎が見えた気がした。冬は一家に一人いると暖房に困らないとか、そういうボケはいらんな。困る、こんなのが大勢いたら。非常に怖い想像をしてしまったので慌てて消去。

 さて、仕切りなおしだ。

 上半身ほとんど裸、しかもあちこち引っ搔き傷だらけなのに、その気迫が弱まる気配は無い。こういう熱血バカはきっと追い詰められるほど燃えるタイプなんだろうな。虫にその常識が通用するとしてだ。

 素手なので間合いを計りやすい。じりじりっと摺り足で横にずれるとちゃんと追って来る。あー、でも上着が無いから柔道技がかけ難いな。掴むところが……うっ。

 胸毛っ! こいつ胸毛が濃いいぃ!

 この東雲麻友花、虫と並んで苦手なものは体毛の濃い男だ。もふもふの動物の毛は大好物だ。猫は勿論ワンちゃんの毛なんかもたまらん。だが人間の体毛はどうも……脛毛とかも嫌だが胸毛なんかもう最悪。生理的に無理。

 まだ私がいたいけな中学生であった頃、真夏に初めて電車で痴漢にあった。一応犯人はその場で投げ飛ばして駅員さんに突き出したものの、その時の犯人が非常に体毛が濃かったというわりとどうでもいい理由なのだが……軽くトラウマになった。

「マユカ、僕は胸毛生えてないぞ。ついでに脛毛も薄いから安心して!」

 聞いてないぞ、ルピア。勝手に人の頭を読むな。

「俺は全身に生えててすまん」

 ゾンゲお前まで何だ。いいんだよ豹はむしろ全身に毛が生えてて!

 ううっ、意識すると近づくのも嫌になった。

「おりゃああ!」

 そんな私の事情などお構い無しに、ユングが掛け声と共にやってくる。重そうな拳をかわし、蹴りを入れてみたが効かなかった。

 その後数分に渡り徒手を繰り返すが埒があかない。

「ちょこまかとぉ!」

 ユングは思うように攻撃が当たらずイライラしているみたいだ。

 それでも流石は第二階級。パンチが来ると思った瞬間、私は足を払われた。フェイントとは、お馬鹿のわりにやるな! って、そんな余裕無いし!

 倒れる寸前、がしっとユングに抱きしめられる形になった。げ、捕まった!

「捕まえたぞぉ」

 嬉しそうに言いつつぎゅうっと締め上げられ、すごく苦しい……いやそれよりも!

 頬にっ、頬に胸毛が当たってるうううっ!

「いやぁああああ!」

 思わず女の子のような悲鳴を上げてしまった……女なんだけどな。

 その時、ユングと私の間に何かが滑り込んで来た。見えない何かがぐいっと膨らむように押す。これは……ルピアの魔法障壁?

「マユカに……くっつくなぁ!」

 やはりそうみたいだ。動機はどうであれ感謝するぞルピア!

 卑怯でも構わん。痛いのが効かない相手にはこうだ。

 出来た隙間で脇をくすぐり、腕が緩んだ拍子にくるっと体を後ろ向け、腕を掴み上げて思いきり投げる。

「どぉりやあああっ!」

 いかん、ユングがうつったのか、思わず暑苦しい声を上げてしまったぞ。

 よし、背負い投げが思いきり綺麗に決まった。

ずしーん。

 建物が揺れるほどの地響きをたてて、ユングが床に沈んだ。

 ちなみに襟の代りに胸毛を掴んでやった。今すぐ手を洗い消毒したい。

 こんなもので倒せる相手でない事は承知なので、ずかさず飛び上がり、腹に思いきり両足で飛び乗ってやった。

「うごっ!」

 伸びたか? うん、今度こそ伸びたな。

 わらわら~っと周りから待機していた味方が集まって来て、すかさず頑丈そうなロープでユングレアの巨体を拘束。

 だが、さすがは役付きでも上位というべきか、すぐに意識を取り戻して芋虫の様にもがいている。

「はなせえええええっ! 解けええっ!」

 ユング、デカイんだよ、体だけじゃなくて声が。それにこんな巨大な物に転げ回られては耳かき部隊も近寄れない。

 困ったな、これでは虫を取り出す事が出来無い。

「よし、ここは僕の出番だな。トドメ刺しちゃおう」

 何だか張り切ってるルピアが、転げ回るユングにぴょんと飛び乗った。

「あ、マユカは見ない方がいいよ。大丈夫、殺さないから」

「ルピア……?」

 うふふーと悪戯っ子のように笑って、猫王様が何かしている。見るなと言われたので、大人しく後ろを向いたが……。

「うぎゃーっ!」

 ユングの悲鳴が聞えるんですけども。ルピアは何をやっているんだ? 拷問でもやってるんじゃないだろうな?

 しばらく不気味な悲鳴は聞えていたが、ふいに静かになった。

 周りを見渡すと男達は何やら難しい顔で、少し青ざめているようだ。

 ミーアはお腹を抱えて笑い転げてるし。

「いい子だね、もう暴れない? ついでに下っ端達に大人しく投降するように伝えてくれるか?」

 ルピアの言葉に涙目でコクコク頷くユング。

「何をしたんだルピア?」

「ん? マユカの嫌いな胸毛と脛毛をブチブチ抜いてあげただけ」

 ……何やってんだよルピア! ってかどんなとどめだよ、それ。新手の拷問だな。

 かくして、第二階級ユングレア司令を捕獲する事に成功した。

 瓶に入れたユングレア本体をルピアが説得し、町中の下っ端に降伏するよう命令を出させ、大国キリムの第二の都市リアは解放された。

 その後、降伏した下っ端に寄生された市民が放送局の前に長蛇の列を作り、その対応に耳かき部隊がヘロヘロになったのは言うまでも無い。


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