21:豹男、豹変
三節昆は振り回す、殴るという原始的な武器である。
三本の棒を合体させれば一本の棒になるという可変性もあるものの、強度の問題から言うとあまり現実的な使い方ではない。注意すべきは振り回される勢いと、真ん中を持った時と端を持った時で攻撃範囲が変わると言う柔軟性である。それに使う者のリーチを考えると、かなり広範囲の攻撃が可能となる。
二メートルを優に超える大男だ、なかなか近寄らせてもらえそうに無い。いっそ普通の長物だと懐に飛び込めば楽なのだがな。
「うりゃあ! かかってこぉおおおいっ!」
ユングの暑っ苦しい声と共に、左端の棒が振り回されている。
考えても仕方が無い。
私は思いきり良く飛び出したが、ユングは足を動かす気配すら無い。一枚岩の様な体は攻撃を受けてもビクともしないという自信か。
ふん、面白く無い。私はこれで負けず嫌いなのだ。先のグレアのように華奢な相手よりも、いっそこのくらい大きくて丈夫そうな相手の方が思い切りやれていっそ良いかもと思いなおした。師匠も言っていたではないか、柔よく剛を制すと。
まずは様子を見るために回し蹴りを二・三回繰り出してみた。やはり左右の端の棒に弾かれる形になったが、鎧のおかげでダメージは少ない。
一度だけ向う脛にかすった。弁慶の泣き所というやつだ。ほんのかすめただけだったので効きはしなかった様で、ビクともしなかったが精神的には効いたみたいだ。追って来ないので、一旦離れる。
「ほおお、当てて来るとは。顔色一つ変えんな」
どうでもいいが私しか見てないな、ユング様。視野が狭いのかな? そろーっとゾンゲとミーアが後ろに回ったのに気がついて無いみたいだ。
ミーアの鞭にちらっと視線を送ると、彼女は頷いた。身の軽さは五人のうちでも最高だし、頭の回転も早い。
ぶんぶんと今度は二本の棒を振り回してユングが動いた。
「うおおおおおっ!」
濃いなぁ。掛け声がいちいち濃いよ。
横から来たのを紙一重でかわすと、ユングが今度は棒を振り上げた。
そこっ、と思った瞬間に、ミーアが上手く鞭で三節昆を絡めとった。
「よっしゃ」
ミーアの嬉しそうな声が響いた瞬間、開いた脇に喰らいつき懐に入れた。反対側からはゾンゲが刺叉で後ろ膝を思いきり突いてる。大きな体が僅かにバランスを崩したので、大外刈りに入った。
この間、僅か数秒。
「三人がかりも大した事無いかぁ」
げっ、こいつビクともしない! ってか重っ!
仕方ないので脇の最も脆そうな所に正拳を数発お見舞いしておいたが、石のような固い体にこっちの拳がジンジンした。だが全く効かないわけではあるまい?
次の瞬間、ミーアに止められていたはずの三節昆が振り回された。鞭を持ってるミーア共々。
「きゃーっ!」
コイツどんな力だ! 確かにミーアは軽い。先のグレアもミーアを片手で吊り上げていたとはいえ、思い切り振り回してる!
すんでのところで手を離したミーアは床に叩きつけられる事は無かったものの思いきり振り回されて遠くまで飛んで行ってしまった。身が軽いミーアは壁に足を着いて上手く着地したようでホッとした。
しかし、ミーアを投げ飛ばした三節棍の巻き添えを食らったのがゾンゲだった。いままさに飛びかかろうとしていたところだったゾンゲは躱しそびれてモロに三節棍を食らった。
「ゾンゲ!」
数メートル飛ばされて壁に当たったゾンゲは直ぐには立てないようだ。
密着していたため私は被害を免れたが、もう一撃食らわして一旦離れて仕切り直しだ。
「女、今のパンチは少しだけ効いたぞ。面白くなってきた」
全く暑っ苦しい表情を変えないまま、楽しそうにユングが笑った。
くう、少しだけか。わりと渾身の力を籠めて突いたのだがな。
中身虫でもこんなに『熱血』という言葉が似合う奴がいるのだな。他の役付きはもっとクールな感じだったんだが。表情も豊かだし、額の印が無ければ全くわからない。
ミーアはすぐに体勢を立て直したみたいだ。しかしゾンゲはまだ起きない。グレア戦に次いで二回目の離脱か。ああ、ゾンゲだって決して弱いわけじゃない。運が悪いんだな。
早くも選手交代か、次は誰に来てもらおう。そう思った時、ゆらっとゾンゲが立ち上がった。お、無事だったのか。でもなんか―――。
ぐるる……低い唸り声が聞える。
持っていた刺叉を床に叩きつける様に投げ捨てて、ゾンゲがこちらに歩いてくる。
「マユカ、ちょっと離れてたほうがいいかも」
小さくルピアの呟きが聞えた。
他の戦士達に比べて、見た目以外は割と地味な猫族の最強の戦士の最強たる所以が、その後明らかになった。
「ほお、何だぁ? やるのか下っ端のくせに」
真正面に立ったゾンゲを、やっと私から視線を外したユングが見下ろす。ゾンゲだって百八十以上はある長身だし決して華奢ではないガッシリしたマッチョさんだが、馬鹿でかいユングレアの前では子猫の様に見える。
「フッ、武器を持たないと戦えん様な虫けら風情に、下っ端などと言われたくはない」
おおっ、真面目なゾンゲが不敵に言い返したぞ! しかも鼻で笑った。何か雰囲気が全く違うぞ?
豹が豹変……そういうボケはいらんな。
「ゾンゲがキレるとヤバいぞ。酷くなったら僕が魔法で止めるけど」
ルピアもなんとなく怯えているみたいな顔だ。
うん、まさに『キレてる』状態みたいだ。きっと先の戦闘で早々にやられ、今回もそうだったのが余程ショックだったのだろう。
もう人型である事など忘れてしまうほど、その気迫は猛獣そのもの。唸ってるし、鼻の上に皺寄ってるし、牙も見えてるし。ルピアがそうなように、本気を出すと猫族は思いきり爪が伸びるみたいだ。なんか……手が枯葉集める熊手みたいになってますけど?
虫けらと言われたユングもキレたみたいだ。
「おのれえええぇ! 猫風情が偉そうな事をぬかしおってぇええ!」
武器を持たないと戦えないと言われたからか、なぜかユングは私に向き直り、私に手にしていたものを渡す。
「これを持ってろ、女」
「へ……?」
手渡されたのは三節棍。あのぉ、ユング様? 笑っても……いいか?
図らずも三節昆苦労せずにゲット。
「マユカ、こっちこっち」
渡された三節昆を持って、私が隅っこの方にいるルピアの元へ走っても、ユングにはもうゾンゲしか見えていない様だ。うむ、本当に視野の狭い男だ。ってか虫? 熱血の虫ってヘン。
「あの役付き、アホだな」
残念な男に言われてるよ、ユングレア。
「ああ……アホだ。だが、素手でも充分強そうだぞ?」
「大丈夫だ。ゾンゲが我に返るまで見ててごらん」
猫の王様は暢気に笑っているものの、ちょっと困った顔。
そういうわけで、この世界に召還されて初めて、戦闘を眺める側になってみる。デザールの兵は知っているのか、こそこそっと建物から出て行った者もいた。ミーアも呼んで、キレた豹男にお任せしてみることにする。
素手のユングは、腰を落として腕を顔の前でクロスさせるという、謎の構えをした。なんか目から破壊光線でも出しそうだな。
一体その構えからどんな攻撃を……そうドキドキしていたのに、ユングはそのままドスドスと走ってパンチに行く。いや、それ構えの意味が無いし。まあ破壊力はありそうだけど。
避ける気配の無いゾンゲにヒヤッとして、私は飛び出しそうになった。しかしルピアに肩を押さえて止められた。
当たるという瞬間、がぁっと猛獣の声がしたと思うと、急にゾンゲの姿が消える。
「え?」
それはとんでもない高さまでジャンプしてかわしたのだと、半瞬後に理解できた。ゾンゲは空中から爪を立てて降りて来る。ざくざくっと嫌な音が聞えたのに、咄嗟に何が起きたのかわからないほどその手の動きは早かった。
「ごぉおおっ!」
悲鳴も暑っ苦しいユング。更に蹴りに行ってまたしてもしゅしゅしゅっと乱れ引っ搔きにあっている。みるみる腕や頬に赤い筋が走った。
細切れになったユングのただでさえ体を覆う部分の少ないシャツが飛び散る。ちょびっと耳の毛も禿た。
「おお、丈夫な男だなぁ。服だけで済んでるよ」
ルピア、そういう問題じゃない。あれ、普通の人だったら肉まで細切れになりそうだぞ!
良かった、グレアの時に早々にキレてくれなくて。危うく殺人を犯すところだったな。
「いやん、上半身裸になっちゃったわぁ! ズボンはやめてねぇ」
もしもし~ミーア? 何で嬉しそうなのだ?
組みに行ったユングの背中にぴょんと身軽に飛び乗ったゾンゲが、本当に野生の獣そのままに牙を立てようとしたのは、さすがにユングに振り払われた。だが、いかにも猫科というしなやかな動きで、手をついて着地して威嚇の声を上げている。
「こ、こいつぅ、武器を使うなと言うワリに引っ搔くとは!」
あ、ユングがちょっとビビッてるよ。
「ハッ! これは俺の爪だ!」
なんかゾンゲ生き生きしてる。恐るべし、キレた豹男。
でもこういうある意味特殊な状態は長くは続かないようだ。某宇宙の彼方から来たヒーローが三分しか活動できぬように。
急に我に返った様に、ゾンゲが棒立ちになった。
勿論、それを見逃してくれるほど、ユングも優しくは無かった。




