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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第一章 五種族の戦士編
12/101

12:町役場の奥で

 重い扉を開くと、ぎいいぃ……と不快な音をたててた。まるで美しい声で鳴くように生まれなかった虫の音のような。

 ルピアの事はとても気になるが、今は先にここを何とかしてからしか戻れない。

 天井の高いエントランスホール、奥の横手にはいかにも役場という風情のカウンター。その向こうには書類の束がびっしり並んだ棚や、無数の引き出しのある壁、職員のためであろう幾つものデスクが並んでいる。異世界だと言われてもピンとこないほど、見覚えのある景色。町役場というのはどこも同じ様なのだなと思ったのが、最初の印象だった。

 だが一人の職員もいない。勿論、用事で来ている市民も。不気味なほど静まり返った役場の中は、高い位置にある窓から差し込む日で陰影濃く浮かんでいた。使い込まれた感じの黒光りする木の床や壁の重々しい造りがノスタルジックな感じだ。一昔前の日本の役場はまさにこんな感じだったのだろうな。

 ヴァファムは綺麗好きだと言ってたのがよくわかる、本当に塵ひとつ落ちていないホールを足音を殺して横切る。後の二人も流石は肉食獣だ。気配を殺すのが上手い。

 どこからか嫌な視線を感じる気がするも、どこにも姿は見当たらない。

 下っ端に寄生された相手一人でも、ここで掛かって来てくれるといっそ有難い。だが誰も出てくる気配も無く、正直この広そうな建物のどこを目指せばよいのかわからない。

「市長の執務室とか?」

 グイルが提案したのに従ってみよう。ハズレでも構いはしない。

「ではとりあえず上に行くか」

 目の前に、草臥れた感のある小豆色の絨毯の敷かれた木の階段が見える。表から見た感じは三階建てだった。そんなに詳しくは無いが外観は日本の明治時代あたりの擬洋風建築といった趣だったし、中もそんな感じだ。石造りの外観に反して内装は木が多用してあり温かみがある。

 こういうの、映画に出てきそうだな。黒猫ちゃんが似合いそう……とかそういう脳内妄想はよい。

 踊り場に大きな肖像画が掛けてあるのが見える。立派な髭をたくわえた垂れ犬耳のオジサマ。この町の市長かな? そんな事を思いながら階段を踊り場まで上がり切った次の瞬間。

 肖像画の目が光った気がした。

「伏せろ!」

 思わず叫んで身を低くした頭の上を、何かがかすめて行った。

 とすっ、と音をたてて床に刺さったのは矢? 太い針の様なもの。

「とんだ仕掛けだな。誰も当ってないな?」

「あ、ああ」

 確認の声を掛けると豹男とワンコ青年は低く返事をした。

 これはやはり監視されているな。カメラでもあるのだろうか。案外肖像画の後ろに隠れていたのかもしれない……ヴァファムは知能も技術も高いと聞いていたが、なかなかのものだ。

 感心ばかりもしていられない。おいでになったぞ、敵が。

「フレイ様ノトコロ、行カセナイ」

 階段を上がり切った所で、軍服の様な格好の奴が四人出てきた。手にはそれぞれ剣、長い槍のようなもの。短刀を両手に持った奴もいる。私の学習能力が確かなら、額の印は見張りクラス。下っ端よりは上のヴァファムに寄生されているのだろう。ってことは少々強いな。

 ほう、偉いさんはフレイ様というのだな。覚えておこう。

 問答無用だ。戦闘開始。事情聴取はその後でもよい。

「行くぞ、グイル、ゾンゲ」

 普通の民家の廊下とは違い、かなりフィールドはあるとはいえ、槍は邪魔そうだな。まずこいつからだ。長物は広い場所で使うものだ。そして接近戦には向かない。懐に入ってしまえば簡単に倒せる。

 突いて来た所を片手で受け止めて奪い取ると、膝で柄を折って見せつけてやった。ぼんやりした目つきなのに驚いたように目を見開いたのが面白い。ちょっと他の奴も……なぜかグイルとゾンゲまで一瞬引いた様に見えたが、きっと気のせいだ。槍男は一本背負いで階段の下まで投げておいた。死んでないな。手加減はしておいたし絨毯があるから大丈夫だろう。

 次に短剣を両手に持った短髪の男にまず蹴りを入れた。すいっとかわす身のこなしが今まで町で遭った奴と違う。

「ほう。少しはやりそうだな」

 やはり相手は多少強くないと物足りない。役付きとやりあう前に種火を点けてもらわないと。

 相手は短剣を胸に交差するように交互に動かすから急所は狙えない。寄生されてるにしても、もともとの身体能力も技量も高かったのだろう。

 だが知ってるか? 二刀流というのは隙が無さそうでわりと不便なのだぞ。

 複数の柄物を使うやつは下半身に隙があることが多い。注意がそれぞれの武器を操作する両の手に分散するので、体の他の部分にまで神経が回りにくいのだ。

 また、自分をも傷つける機会も増えるというもの。

 短剣で斬りかかって来た所をかわすのでは無く、腕の防具で受けてそのまま刃先を本人の方に向けて押してやった。顔を防御するために持ち上げたもう一方の柄物には力が篭っていない。その隙に足を凪ぐと割と簡単に倒れてくれた。倒れた際、気の毒な事に自分の得物で腕を傷をつけてしまったが掠めただけの軽傷だ。大丈夫だろう。

 グイル、ゾンゲもそれぞれ長い剣を振り回す奴と戦っていたが、任せておいて大丈夫だった。二人とも味方の立ち位置を計算に入れたなかなかいい動きをしている。こういう時はちゃんと協力するのだな。少し安心した。

 昏倒はさせていないものの、抵抗をやめた相手。その中で二刀流男を羽交い絞めにしてちょっと話を聞かせてもらおう。

「ボス……フレイ様とやらはどこにいる?」

「教エナイ」

「ほう。寄生されている者には気の毒だがちょっと実験してみたいのだ。憑いている『お前ら』は痛みは感じるのか? 寄生というのはどこまで同化しているのだろうな?」

 薄い皮の履物だけの足を思いきり踵で踏んずけてみた。ぐりぐりって。

「イタイイタイイタイ……」

「痛んだな。そうか、いいコトを聞いた。次はどうして欲しい?」

 いや、これ以上はやらないがな。聴取で暴力を振るう警官は最悪だ。ちょっと脅してみただけだ。寄生されている人、ホントゴメン。

「フレイ様とやらはどこにいる? 弱点はあるのか?」

 こういう時は余裕の笑みとやらを浮かべて訊いてみたほうが良いのかなと思い、微笑んでみたつもりだ。口角を上げて、こうやさしく。

「コ、コノ階ノ執務室……」

 あっ、なぜ白目を剥いて気を失うのだ? 

「マユカ……今のは笑顔のつもりだったのだろうか? 目が全く笑ってないぞ」

「痛めつけるより怖い。ものすごい殺気を感じた……」

 グイルとゾンゲが涙目になっていた。失礼な。

 そうか、私はやっぱり自然な笑顔というのは浮かべられないのだな。


 ほんの少しは強い奴等だったので、そのボスのフレイ様とやらは更に強いだろうと気合を入れなおす。ひょっとしなくても、もうボスには私達が行くことが伝わっていることだろう。まあいい。どうせ行くのだ。

 いざ、二階の奥の執務室へと向かおうとした時だった。

「マユカぁ!」

 思いがけない声が聞こえて、慌てて階段の下を見ると、ぜえぜえ息を切らしたイーアの小さな姿が見えた。イーアはルピア達と最初の場所に置いてきたのに。

「どうした? なぜ持ち場を離れている?」

「それどころじゃ無いもん! 猫王様がっ、ルピア様がっ!」

「ルピアがどうした?」

 イーアは泣きそうな顔で駆け上がってきて私にしがみ付いた。一瞬びりっとくるかと身構えたが、大丈夫だった。

「急に倒れて動かないんだ。生きてはいるけど目を開けない。猫の姉ちゃん達がマユカと離れすぎて魔力を消耗しすぎたからだって……」

「え……」

 自分でも不思議なくらい胸がズキンとした。

「マユカ達が行ったあとすぐ、大勢の下っ端に追われてる子供達を見つけて……僕も頑張ったけど相手の数が多すぎて。猫王様は魔法でバリアを作って子供達を守りぬいたんだけど、途中で意識を失って……」


『あまり離れると後で色々と面倒でな』

『契約の秘術で思いきり力を使ってしまったから、君の体内に蓄積された異界の魔力を補給をしないと、僕はいずれ死んでしまう』


 そういえばそんな事を言ってたような。


『口付けをしてくれれば』


 そういえば一度もしてないな。冗談だと思っていたが、ああ見えて本当は結構弱ってたのかも。なのに頑張って、市民を守って、昨夜は私を慰めてくれた優しい子猫……。

 別れ際の、青ざめて酷く悲しげなルピアの顔が頭を過ぎった。

「……今すぐ戻ってやりたいがそうもいかんようだ。ここまで来てボスを倒さずには状況が悪化する。ゾンゲ、イーアに変わってルピアの所にいってやってくれ。同じ猫族のほうがルピアも安心すると思う。もし距離が問題なのなら、ここに担いででも連れてきてくれ」

「わかった」

 私の指示に、ゾンゲはくるっと向きを変えると階段をすごい勢いで駆け下りて行った。

 ひとまずこれがベストな選択だと私は思う。

 なのに何故こんなに胸が痛いのだ―――。


 立派な扉がある。文字は読めないが執務室とはここの事だろう。

 一応ドアをノックをしてみた。横でグイルとイーアが呆れているが、これから対峙しようという相手であってもこういうのは礼儀だからな。踏み込む礼状も手帳も無いがまあ、仕方が無い。

「どうぞ」

 おお、ノックに返事があった。

「失礼する」

 ドアを開けると、大きなデスクの向こうに窓からの光で逆光になった人影が座っていた。その人影は私達を確かめると椅子から立ち上がる……って、え?

「フレイというのはあなたか?」

「そうです。お待ちしておりました」

 穏やかな声が肯定の返事をする。

 ええと……多分、例によって表情は変わっていないと思う。しかし私は今非常に混乱している。

 目の前の人物には確かに額に印がある。今まで見たどの寄生されていた人物よりも、はっきりとした複雑な図形の。なのに、目つきがぼうっとしてるでも無く、ロボットのように表情が無いわけでも、機械音の様な不愉快な喋り方でも無い。

 女の私から見ても非常に美しいと思える女性だ。年は私よりは上だろう。三十代半ばという所か。身長およそ百七十センチ、肌は白い。目はグレーっぽいブルー。黒に近い茶の艶やかなストレートのワンレングスの髪は胸位までの長さ。スリーサイズは九十・六十・八十五という所だろうか。大変理想的なスタイルだ。私の刑事スキャンはワリと正確だと思う。

 美人さんに穏やかに微笑まれては、戦う気力も無くなるというものだ。

 だが、その美しい微笑とは裏腹に、波の様に襲ってくるのは紛れもない敵意。いや、殺意。

 待ってろルピア。早めにコイツを倒してすぐに行く。それまで頑張れ。


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