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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第一章 五種族の戦士編
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1:鉄仮面の修羅

 最初に言っておく。誰に? そんなツッコミはいらない。

 私は猫が嫌いだ。

 あのいかにも触り心地のよさそうな毛並み。もふもふ長毛種なんか尚。

 くるくるした宝石のような目。くにゃんと柔らかでしなやかな体。

 誘うように揺れる尻尾。蕩ける様な肉球の手触り。

 自分が構って欲しい時だけ擦り寄って来る気まぐれな態度。

 ……嫌いだ。大嫌いだ。

 この鉄仮面、冷静沈着、切れ者と噂される私のイメージを崩すモノ。

 ……たまらない。理性が吹き飛んでしまう。

「あ~っ! 猫のためなら死んでもいいぃ!」

 今日も密かに心の中で叫ぶのだ。

 そうですとも。隠れ猫フェチですけど何か?


 私、東雲麻友花しののめまゆかは県警本部の警察官だ。所属は捜査一課、刑事部。階級は警部補。

 性別は生物学上は一応女だ。あくまで、一応。

 キッチリした印象を与えるべく、身だしなみには常に気を配ってはいる。それでも最近は忙しくて美容院に行く暇も無い。何かと精神的にも疲れるので休日はほぼ外出もせず寝ている。

 色気が無いと自分でもわかっている。もう数年で三十路の声を聞くというのに、浮いた噂の一つも無い私を、周囲も最近は諦めているもよう。

 これでもそれなりにモテ期というのもあった。しかし根っから負けず嫌いな性格から、男と対等、いやそれ以上であろうと意識するあまり、自分の手でチャンスを叩き潰して来た気がする。

 子供の頃からピアノを習うとかよりも、剣道、柔道、空手そういった事の方に一生懸命だった。更に、私は表情に感情を映さないせいか、本人にそのつもりは無くとも、周りは皆『愛想笑いもしない、クールな女』との認識を持っているのだとか。

 私は自分で言うのも何だが結構仕事は出来るほうだと思う。実は男に見下されるのが嫌で必死になっているのだが、無表情なのでやすやすとこなしているように見えるらしいのだ。この県にはそこそこの繁華街もあるので、強面の殿方が多数おいでの現場に出る事もある。でも一度抵抗して来た組長さんを背負い投げして以来、皆私の顔を見ると大人しくしてくれる。

 ついたあだ名が『鉄仮面の修羅』

 別に私は仮面を被っているわけでは無い。仮面のように表情が変わらないということだそうだ。

 ……もういい。私は仕事に生きるのだ。折角根付いたこの印象を守ろうではないか。どうとでも言ってくれ。

 そう覚悟を決めていたのに。

 冗談じゃない。

 何なのだ、これは。

 この目の前に広がる悪夢のような光景は。

「あ、東雲さん。おはようございます!」

 朝、署に出勤して一課のドアを開けたらこの前入って来たばかりの上杉巡査が笑っていた。

「おはよう上杉君。それは……何だ?」

「子猫ちゃんです」

「ああ、それはわかっている。私の目は飾りではなく両目裸眼2.0で良く見えているからな」

「じゃあ何故訊くんですか?」

 いかにも柔道やってました、といわんばかりの大きな体に似合わぬ子供っぽい顔で首を傾げるな馬鹿者。大型ワンコの様でちょっと可愛いではないか。

 ちなみにワンコも結構好きだ。もふもふしているからな。

「……なぜ、ここにいるのかを尋ねている。しかも大量に。私のデスクの書類の上で寝ている子もいるのだが?」

 そう。

 決して広くも無い部屋の中は子猫で埋め尽くされていた。

 しかも皆……可愛い子猫特有の声で、みーみーみゅーみゅーいっているでは無いか!

「とにかくドアを閉めてください、東雲さん。子猫ちゃんが逃げてしまいます」

「私の質問に答えろ、上杉」

 たぶん、私はいつも以上に顔が怖いだろう。必死に表情を崩すまいと頬がぷるぷるしているのが自分でもわかる。

「ひっ……! しゅ……修羅っ……」

 上杉巡査は涙目で子猫を両手に持てるだけ掻き集めて、奥に逃げた。

「いやねぇ、今朝来たら東雲さんのデスクにでっかい箱が置いてあって。さっき上杉君と開けたら……この通り」

 この科のベテランの藤堂刑事が頭と肩に子猫を乗せたまま、お茶を啜って穏やかに言った。

「藤堂さん。怪しげな箱をいきなり開けて、危険物だったらどうするおつもりだったのでしょう?」

「んー、動いてたし、箱。声もしてたし。捨て猫なら生活科にでも持っていこうと思ったんだけど、先に全部飛び出しちゃったから」

 長閑過ぎるだろう、おやっさん!

「まさかこんなにいっぱい入ってると思っていなかったしねぇ」

「くっ……」

 私は無表情のまま拳を握っていた。

「東雲さん宛ての荷物を開けて申し訳ありませんっ!」

 上杉巡査は土下座モードだ。いや、私が怒っているのは君に対してでは無いのだよ。

 何のつもりだ、これを仕掛けた犯人は。

 そして、足首にすりすりと頭を擦り付ける子猫の感触に、もはや限界が近い自分が憎い。

「……ふわふわ……もふもふ……」

 遠くで自分の声が聞こえる。

 駄目だ。もう限界だ。


 私、イッちゃってる人になってしまう――――!


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